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高校卒業後、都内でひとり暮らしをしていた響だったが、一ヶ月前実家に戻ってきた。
これまでのバイトも辞め引っ越してきたため、日中にすることがない。
ということで、近所のカフェ『リリィ・マドンナ』で働きはじめたのが三週間前。
この店をバイト先に選んだのは、身だしなみの規則に対する甘さもあったけれど、いちばんは実家から近かったから。
家から近くて雇ってくれれば、べつになんのバイトでもよかった。そんな軽い気持ちではじめたのに、店は予想外に居心地がよく、響はすっかりなじんでしまった。
また、実家に帰ってきたというよりは新生活という感覚のほうが強い。
響を女手一つで育ててくれた母親は最近になって再婚した。
義父にはひとり息子がいて、彼らとの人間関係ははじまったばかり。
(親父さんとは、うまくやっていけそうなのになぁ)
陽が暮れた帰り道、自転車をこぎながら響は思う。
再婚相手は母が選んだだけあって、気さくでなかなか頼りがいもあるいい男性だ。
おとうさん、とはまだ呼びづらいものの、義父と話していると楽しい。
(でも、あいつはなあ……)
街燈に照らされる交差点、赤信号に遮られブレーキを踏む。
白い吐息を零し、行き交う車を眺めた。
(もっと可愛げのある弟ならよかったんだけど)
響の三つ年下、高校二年生の『弟』
名前は蜜美。
男にしては少女めいた名前だが外見もその通り。小柄で、可愛らしい顔形をしていた。
地毛から明るい栗色というのは、十代から派手髪が常の響には羨ましいことこのうえない。けれど蜜美は気に入っていないらしい。
真面目な子なのだ。
学校の成績も優秀、父子生活が長いため家事も完璧。
高校を卒業できたのが奇跡的であり、ひとり暮らしをしていたにもかかわらず炊飯器の使い方さえ怪しい響とは正反対である。
(親父さんも、真面目といっちゃ真面目だけど蜜美ほど堅物じゃねーしなぁ)
蜜美は勉強ばかりしているようで、ゲームにも漫画にもまったく興味がない。
あんな十七歳もいるんだなあ、と首をかしげつつも、響は青になった横断歩道を走りぬけた。