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「俺なんか塾行ったことねーや。行っとけばよかったのかなあ」
「ばかねえ、今更なにいってんの」
母親に笑われてしまう。
確かにそうなのだが、社会に出てから「もうすこし勉強しておけばよかったな」と時々思う機会があるのだった。
響はフリーターのかたわらのバンドマンとして生きてきたので、ばりばり働く正社員よりは気楽な身分かもしれない。
それでも、学歴だとか、勉強不足だとかを実感させられるときはある。
「……今日は塾じゃないし」
母親に頼まれずとも食器を並べた蜜美は、ぼそぼそと小声を漏らす。
「え、なに、遊んできたのか!」
蜜美にもそんな日があるのかと、驚いた響は問いかけた。
「違う。図書館で勉強してた」
「図書館って夜までやってんだ?」
「十九時に閉まるよ。それからは、ファミレスで勉強してた」
図書館の閉館時間を把握していない響は、感心し頷く。
そんなことも知らないのかと言わんばかりに、蜜美は響を軽蔑したような顔で見た。
険悪な目にはわざと気づかないふりをして響はあくびを零す。
そうこうしているうちに、目の前には母親の手料理が盛りつけられ、食欲をくすぐる美味しいにおいがダイニングに広がっている。
「蜜美ちゃん。根つめるのもいいけど、ときどきは息抜きも必要よ」
配膳の傍ら、母親は心配そうな顔をした。
血のつながりはないが、母は蜜美のことも本当の息子のように気遣い大事にしている。
その想いは伝わったのか、蜜美は無表情のままだったけれど、小さく頷いた。
タイミング良く父親も帰ってきて、家族で囲むことになった夕食。
食事はすでに済ませたという母親も、席に座りお茶を飲む。
仲睦まじい新婚夫婦を見ていると、響は幸せな心地になった。楽しく会話する彼らにつられて、自分も嬉しい気持ちになる。
『新しい父親』というものに対し、はじめは多少は複雑に感じたりもした。
やっぱり、響のなかには幼いころに接した本当の父親の姿が強く刻まれているからだ。
だが、いまは。それはそれで大切な思い出として抱き、新しい父親という存在を得たことも、とても嬉しい。
(家族団欒っていいなあ)
しみじみと思う響。
だが、蜜美はというと。和やかなこの場でひとり、やっぱりこわばった無表情だ。
小さな口ですこしずつ、もそもそとご飯を食べている。
響は——あの夜には蜜美の感情や、心の裡を覗けたような気がしたのに。
やっぱり、まだ、蜜美がわからない。
カフェに来るようになった高校生同様、最近の若者は難しいのだろうか。
(四つしかかわらねーのにな、俺)
たった四才でも感じる、ジェネレーションギャップ。
掴めそうで掴めない義弟。
もっと蜜美を知りたいのに、いっこうに距離を埋められない。
(つーか……なんで、蜜美は家で勉強しねえんだ?)
自分の部屋があるのに、わざわざ外で勉強をする理由はなんだろう。
塾が休みの日も。
勉強をしたことのない響が知らないだけで学生とはそういうものなのだろうか?
だがなぜか、ひっかかりを覚えた。
疑惑を深めていると、蜜美は手をあわせてさっさと席を立ってしまう。
ダイニングを出ていく後ろ姿を、じっと見送る響だった。




