第九話 逃 げ た 司 令 官
―――しばしの暗闇が訪れる……。
僕は頭痛と耳鳴りで状況がわからない。かろうじて霞む目が情景を捉える。
「う……クロ、オペ子、大丈夫?」
……ヌルッとしたものが、顔をつたう。どうやら何かで切ったみたいだ。
「優斗!おまえ、怪我しとるじゃないか!オペ子、救護班を回せ!」
「クロ、大丈夫だよ。大した怪我じゃないから」
「クロ司令、救護班に連絡しましたが、動けないそうです」
「そうか……代用じゃが、ワシのハンカチを頭に巻け。あとで必ず治療せえよ?オペ子、現在の状況はどうな!」
「学校、右校舎半壊。街は壊滅状態です……」
クロは眉をひそめ、何かを決心したようだ。
「ようし! 反撃じゃ! イカロスを発進させよ!」
「了解しました。第一隔壁から順に開放! ハッチオープンします!」
―――体育館の天井が割れ、下から巨大なロボットが現れる。
白と黒に色分けをされ、刺々しく威圧感のある人型ロボットが学校の隣にそびえ立つ。
僕はアニメの様な、巨大ロボットを目の当たりにし、感動を覚えた。
「クロっ! これ、カッコいいよ! すごく、カッコいい!」
「そうじゃろう、そうじゃろう。このDM-21、人型戦闘兵器イカロスは、デザインをカトキチバージョンにしておる!しかも!バンダイの設計のもと、スーパー合金を使っておるけえの! そこらの兵器とは格が違うんじゃ! バンダイの技術力は世界一じゃけえの!」
「……でもさ、アニメに出てくるロボットに少し似てない?」
「そこはパクりパクられ! 振り振られじゃ! よいか? パクりパクられ! 振り振られじゃ! と言うわけじゃけ。それ以上言うと、闇へ葬ってくれようぞ!」
「……意味わかんないよ!」
クロはオペ子の前へ行くと、通信画面を凝視する。
「モモ! アオ! 調子はどうじゃ!」
「大丈夫でース!いつでもいけますヨー!」
小さく可愛く、モモはガッツポーズをする。その後ろでアオが両手を挙げる。
「ふわぁああぁ~……」
「アオ! はよ起きいや! ……オペ子!」
「イカロス、発進します!」
「よし! オペ子、テーマソングじゃ! テーマソング! はよう流せ!」
クロは腕組みをし、オペ子へ催促をする。
「クロ司令…そんなのありませんよ…」
「バカ者、出撃場面ではテーマソングが流れるのが鉄板じゃろうが! OPとEDも作っとけ。しゃあっ! イカロス! 大地に立てい!」
グググー、チュィィンとエンジン音が鳴り響き、イカロスは第一歩を踏み出す。
「ほれ、みてみい! イカロスが歩く! イカロスが歩くぞ!」
クロは興奮し、優斗の背中に飛びつくと足をばたつかせた。
「あ……クロ司令!大変です!イカロスが崩れ落ちていきます!」
「なんじゃとぉおおおおおおぉ!!どういうことか!」
ズズズズッー! ドズン! ピキピキと、鉄のすり合わされた音と共に煙を巻き上げ、イカロスは大地に沈んだ。
「どういうことじゃあ! なんでじゃあ! はあ!なるほど! 最初の兵器は失敗するというフラグなのじゃな! ……なわけあるかぁああああぁ!! オペ子! はよう原因を調べえ!」
「……判明しました。クロ司令、装甲をスーパー合金に決めたのは司令ですね?」
「む…そうじゃが……なにか問題あるかの?」
「バンダイさんに黙って…無理やり材質を決めたそうですね」
「うむ……やはり、スーパー合金は強いからのう!夢、そう、夢があるんじゃ!!」
「材質の重さと強度不足で崩れ落ちたようです。あの材質では重力に勝てません」
「なんと! そうなんか! グハハハハ! 予定通りじゃ!」
……通信画面から悲痛な声が聞こえる。
「たすけてくださーい!予定通りじゃないですヨー!」
「疲れた……寝たい……」
モモとアオが仰向けにひっくり返った格好で、助けを求めている。
「……救助班回復。手配をしました。クロ司令、これからどうします?」
「むう、コマが足りんの……」
「司令、何も考えてませんね?」
「何を言うか! ちゃんと考えておるわ! ちゃんと考えておるわ!」
クロは腕を突き上げ、地団駄を踏み暴れ回る。
―――突如、窓からキイが現れた。
「クロ様、遅くなりました」
「おお! キイ! 待っておったぞ! これでコマは揃ったのう!」
ニヤニヤとオペ子の方を見て、ドヤ顔で声を張り上げる。
「……次の衝撃波まで五分らしいです」
クロを無視して、オペ子は投げやりに言葉を吐き頬杖を付く。
「ライフル型新兵器アルジャドルクを運んで来た。この新兵器はオペ子のナビゲーションが必要だ。司令室からの誘導操作と照準位置のナビを頼む。それと通信ケーブルをくれ」
「あ、はい。キイさん、通信ケーブルです。ナビは任せて下さい」
「了解した……任務遂行をする」
キイは屋上へとケーブルを引っぱり上げ、兵器にケーブルを接続する。
DM-22、アルジャドルクは長距離レーザー砲を搭載しており、スナイパー射撃を主に設計されたライフル型兵器である。全長五メートルと大きく、使用者は大量の暗黒エネルギーを使う為、照射の際は危険が伴う。
キイは黒子部隊へ戦線を下がるよう指示を出し、準備は整った。
「目標、依然海上を進行中! 次の衝撃波まであと二分!」
『オペ子、聞こえるか。……準備は整った。いつでもいけるぞ』
「キイさん、了解しました。誘導操作、照準位置を一秒ごとに修正します」
『いいか、オペ子。あの口を狙え。衝撃波を出す瞬間を…だ。敵は今だ移動している。難しいと思うが頼む』
「キイさん、難しいなんて私の辞書には載ってませよ?」
『いい答えだ……』
ガキンと撃鉄を手動で起こし、キイは発射に備える。
「一秒単位で誤差修正。発射までカウントダウン入ります!」
「……うむ、こりゃ勝ったの。さすが、バンダイの新兵器じゃ!」
「司令!黙っててください!カウントダウン……五、四、三、二、一、照射!」
―――ガチッとキイはトリガーを引く。
一直線に照射される高出力レーザーは粉塵をを巻き上げ、一直線に†デス◇ヒヨコ†へと放たれた。
「レーザー、目標口部内に命中!モニター、回復します」
†デス◇ヒヨコ†は口から煙を吐きながら、今だ倒れない。
「作戦…失敗の模様。第四次衝撃波は……防げましたが、目標依然進行中です……」
クロは頭を抱え、プルプルと震えながらうずくまる。
「なんたる事!なんたる事じゃ……もう終わりじゃ…地球は滅びる……」
クロは中央のエレベーターまで、ゼンマイ仕掛けのロボットのように歩いて行き、
「オペ子、優斗……ワシは、やらんといけん事がある。あとは任せるけえ、指揮権は優斗、おまえに任せる。じゃあの」
「は?」
「「ええええぇえええぇええ!!」」
クロはいなくなり、僕とオペ子は驚きの声を上げ、静寂の部屋に取り残された。
「逃げた!?」
「優斗司令、どうしましょう……?」
「え……あ、オペ子、どうしましょうって言われても……」
―――学校屋上。
「この! ポンコツライフルが! 役立たずめ!!」
ガンッと、アルジャドルクをキイは蹴り上げる。すると、ライフルは分解されカランカランと辺りへ散らばる。
「なんだ?このパーツは……取説があったと思うが……こ、これは……!?」
―――一方その頃、優斗とオペ子は司令室で錯乱状態であった。
「クロおぉおお!現場を丸投げしてぇえっ!」
「優斗司令!どうしましょう!目標がああぁああ!来ちゃぅううう!」
その時、ノイズと共に無線連絡が入った。
『……オペ子、聞こえるか?ワタシだ。キイだ。これより武装兵器パクチュエルを装備し、目標を駆逐する。クロ様は居るか?』
「クロ司令は逃げちゃいましたよ!現在、優斗さんが司令です!……パクチュエル?」
『片山…優斗…だと!? ……まあいい。アルジャドルクから派生した兵器だ。これならまだ戦える。三分後に発進。片山優斗、それでいいな?』
「うん!キイ、お願い。頼むね!」
……装着完了。バンダイめ!やってくれたな!
近接攻撃型兵器DM-23、武装兵器パクチュエル。キイを母体とし各部位にアーマーを取り付ける事によって、空をも駆ける兵器である。近接戦闘用兵器の為、装甲は軽量化されており、物理的衝撃に弱い。
元はDM-22、アルジャドルクからの変型兵器であった。
「よし! オペ子、パクチュエル、出撃準備完了だ! ……なるほど、両腕にレーザーソードが備わっているのか。オペ子! 黒子部隊に連絡、対空ミサイルを目標にばらまけ!」
『それでは……キイさんに当たってしまいます!』
「かまわん、早くしろ! 片山優斗! いいな!」
『わかったよ……キイ。必ず帰ってきて』
「当たり前だ!ワタシは片山優斗を倒す、殺し屋だからな!」
キイはと空高く舞い上がり、†デス◇ヒヨコ†へと突進していく。
対空砲火が始まり、目の前が煙に包まれ、再び学校は戦場となった―――
―――稜徳中学校、地下77階。
闇の中……クロは椅子に座るとモニターに光が灯る。
画面がぼんやりと映し出される。不敵な笑みを浮かべる男が、高貴な衣服を纏い、悠然と佇んでいた。
「久しぶりだね。クロ。この間の事件以来かな?」
「ふんっ! 白々しいのう! ……あのヒヨコは…どういう事じゃ。現代の科学では勝てん!本気で地球を滅ぼすつもりかいの!!」
「はははは、クロ、キミがそんな事を言うとはね。思ってもみなかったよ。もう大罪は償ったのかい?」
「だまれや! 質問に答えや!!」
「私ではないよ。ヒヨコはシロが送り込んだ怪物だ。地球を滅ぼせ、とね。クロが望むのならこちら側に来て、地球が滅びるのを見物しようじゃないか」
「黙っとれや! ワシらは一歩も引かん!!」
「頑固なところは昔からだね。私はこれから滅びる地球を見ながらワインでも飲むとしよう。ははははは!」
画面の光が消え、暗室はふたたび暗闇に包まれる。
「……シロかっ! あの女狐め! 邪魔をしおってからに!」