第十二話 一 縷 の 望 み
―――望遠鏡の警告音が鳴り響く。
……あれ? 壊れたかな? こんな警告音は聞いたことないぞ?
ピピピピと、ブレフォンが緊急警報のメールが入る。
……この地区に隕石落下? ん……? 宇宙軍が隕石を破壊か。
【隕石の破片が落ちる可能性があるので避難してください。避難地区は……】
ふと見ると、裏山の方で微かな光が灯る。
「もしかして……あれかな?」
胸がドキドキする。僕の探求心が止まらない。
ブレフォンのケーブルを望遠鏡と繋げると、落下地点を調べる。
「……早く検索してよ! こんなの滅多に見れないんだから!」
ピッと小さな音がし、落下地点の地図が映し出された。
僕は階段を走り下り、ドンドンと激しく父さん達の部屋のドアを叩く。
「母さん! 父さん! 避難勧告出たよ! 早くシェルターに逃げなきゃ!」
「……なあに? ゆうくん。こんな夜中に……」
寝ぼけ眼の母さんが不思議そうに聞く。
「ブレフォンのデータ転送するよ! ね? 政府からだよ!」
「あらま! お父さんー!」
「それじゃ! 僕、先に言ってるから!」
「ゆうくん、駄目よ!待ちなさい―――」
僕は玄関を飛び出すと、暗闇を避難する人たちをかき分け、落下地点へと目指した。
―――うるさいな……なんだよ……。
「……せい…DM海軍に連絡せえ!」
「司令! 謎の敵、海底を80ノットで進行中! あ……いえ、速度がランダムで正確には計測できません!」
「ぬう……海底から現れるとはのう! DM戦闘機を爆撃装備に変更! 後にスクランブルじゃ! 黒子軍はキイにまかせえ! モモ、アオはイカロスで待機じゃ!」
僕はゆっくりと目を開けるも視界がぼやけ、意識が朦朧としている。
「優斗クン!優斗ぉ~!よかった!よかったヨー!」
誰かに抱きしめられ、ふわりと甘い香りがした。
くらりと目眩が起こり、少しすると視界の焦点が合う。この髪の色はモモだ。
「……モモ……あ…僕、寝てた?」
「優斗……大丈夫か……」
「アオ……うん、なんとか大丈夫だよ…ありがとう。モモ、そんなに抱きしめられたら立てないよ」
少しおどけた感じで笑った。モモを安心させないと、離してもらえそうにない。
……僕はあの実験で気絶していたそうだ。
「こりゃ! 謎の敵が迫って来とるけえ!アオ、モモ!はようイカロスに搭乗せえ!」
クロは慌てながら、甲高い声でモモとアオに迫る。
「クロ司令、イカロスに乗っても意味ありませんヨ?」
「はあー? モモ、なんでじゃ!?」
「イカロスは開発率50%にも達していません。それに、実験器具の開発やクロ司令のイカロス開発案、合体変形を採用したので開発が大幅に遅れているんですヨ~」
「……ほいじゃ、動かんのか?」
「そうでース!」
「なんと……なんと言う事じゃ……」
プルプル全身を震わし、クロはソファに手をつく。
「クロ司令、実験器具と合体変形案がなければ、こんな事態にはならなかったのでは?」
氷点下マイナス5℃の発声がクロを襲う。
「オペ子よ! うるさいけえ! む……こうなったら…オモチャで遊んで……」
「クロ! そんな事より、謎の敵が来てるんでしょ?早く対処しなきゃ!」
僕はモニター前に立ち、現実逃避しそうなクロを激励する。
「そうじゃ、そうじゃな。優斗よ。うむ! オペ子、敵影の確認はまだか! それとDM海軍の準備はどうなっとる!」
「DM海軍、約20分後にスクランブル予定です。現在、敵影は海中のため、衛星では確認できません。ソナーと熱量で探知しています」
「ふむ……今回は戦闘機に任すしかないのう。とある駆逐艦のレールガンも海中では無力か……そうじゃ…キイに回線を繋げえ」
「了解。キイさんに繋ぎます」
『……クロ様、いかがなされましたか』
「この間の戦闘で使用した、バンダイ製武装兵器じゃったかの? あれはどうしたんな?」
『バンダイ工場で修理中です。もっと強力になるよう要望を出しております』
「今回、使用できんかのう?」
『ロールアウトは一週間後ですが……バンダイ工場に連絡して、脅してでも持って来させます』
「いや、ええ。使えんもんは戦力にならん。引き続き黒子の面倒を見よ」
『御意』
通信を切り、クロの顔は蒼白に満ちてその場に座り込む。
「ヤバいのう…ヤバいのう……ミドリの修理は終わらんし……こりゃ地球は……」
クロはぶつぶつと呟き、四肢で絨毯をのそのそと這い、オモチャを持ち出す。
「ひゅーん! ドドドドー、よっしゃ! 行くぞー! 当たらなければたいしたことないわ!」
「クロ司令! なにやってるんですか! 本気で怒りますよ!!」
「オペ子……地球はおしまいなんじゃ! ラストは……ブンドドで遊ばしてくれんかの!?」
あまりに酷いクロの態度に僕も我慢できない。
「クロ! ブンドドは後にしなよ! 僕たちが……」
すると、コンコン…コンコン……とドアの外からノック音が聞こえる。
モモがドアに近づき「はい~どなたでしょうか?」と答えた。
「こんちゃー!白熊急便です!ダークマター軍さんはこちらですか?」
ドアを開けると、荷物を持った爽やかな青年が立っている。
「こんにちは!こちらにサイン頂けますか?荷物はこちらに置かせてもらいますね」
……モモがサインを済ますと、
「ありがとうございました! 戦闘がんばってください!」
深々と頭を下げると青年は行ってしまった。
「これは……もしや! ……モモ! 荷物を見せえ!」
「クロ司令! DM戦闘機スクランブル用意で出来ました! 出来ましたって言ってます!!」
オペ子はヒステリックに叫び、バンバンっと管制装置を叩く。
「ええよ? 出してええぞ?……モモ! カッターじゃ!」
「はい~」
クロは適当に指令を出すと、段ボールを楽しそうに解体していく。
「……DM戦闘機スクランブル! 発進して下さい! ……優斗さん、お願いがあります」
オペ子の真剣な声が、僕に向けられる。
「どうしたの?」
「優斗さんが司令官になって下さい。このままでは話になりません。今、優斗さんしかいないんです!」
「そう言われてもな…この間は緊急時だったし……」
「今も緊急時ではないでしょうか? お願いします!」
緊迫の空気の中、キャッホーとクロの大歓喜がこだまする。
「やったでー! バンダイ製、DM-24、ミラクル変身リコーダーDX仕様じゃあ! 素晴らしい…素晴らしいのう! この光沢……メッキ塗装か!」
何を言って…………。
「……オペ子、僕、やるよ!戦闘機の編隊を三つに分けて!」
「優斗司令、了解しました。DM1、DM2、DM3、三機編隊としました」
「じゃ、DM1から敵に爆撃して。様子を見るから。他の編隊は上空で待機させて」
「了解です。DM1、目標に爆撃開始します」
監視モニターから見て、戦闘機が爆撃を開始し、海上に大量の水しぶきが上がる。
―――その瞬間、画像が乱れ、途切れた。
「司令、少し待ってください……監視モニター応答不能。解析急ぎます」
カタカタとオペ子はキーボードを叩く。僕はそれを眺めてる事しかできない。
「解析出ました!目標より高圧の電磁波が発生!その事により、戦闘機のエンジン停止。海上へ着水した模様です」
「乗ってる人は?」
「搭乗員は無事です。再度攻撃しても同等の結果になる確率82%です」
「全機撤退させて!救出もお願い。電磁波か……オペ子はどう思う?」
「司令、的確な判断です。電磁波の事は……私もよくわかりません」
しばらく二人で途方に暮れていると、
「お困りですカー?」
僕の隣からモモが指でVサインをしながら顔を出す。
「モモ! 敵が電磁波攻撃してくるんだ。どうにかならない?」
「はい~結論から言わせて貰うと、電磁波は防げません。強力な電磁波では尚更ですヨ。そこで、敵が街へ侵入したと仮定します。高圧電磁波が流れると同時に、電気を使うすべての製品がショート、または使用出来なくなりまス。無論、兵器も沈黙しますネ」
「……人体への影響は?」
「もちろん、アリアリですヨー!」
「優斗……モモの言う通り」
モモの後ろからひょいとアオが顔を覗かせる。
「まず……電磁波を出させない事が……重要」
アオはそう言うと再びソファに寝転び、お菓子を食べ始めた。
「電磁波が出ないように……か。敵が海上へ顔を出すと同時に一撃で倒せばいけるかも。たしか……駆逐艦のレールガンだっけ?あれで倒せないかな?」
「レールガンは電磁兵器です。効くかわかりませんね。モモさんいかがですか?」
「現時点ではその兵器が一番強力でス。やってみる価値はありますヨ」
「街の湾岸3キロ地点に駆逐艦を配備して、そこから敵を狙い撃つ……どうかな?」
「解析します…………命中確率が出ました。5%です。電磁兵器の実験には成功してますが、照準にブレが発生する為、照準精度に難がありますね」
僕はため息をつくと、少し考える。
「……たしか、DM軍の支部があるんだよね? 応援要請出来ないかな?」
「優斗司令、もう間に合いません」
「やるしかない…か。駆逐艦を湾岸へ配備して。黒子軍はシェルターへ避難させて」
「了解。黒子軍撤退。駆逐艦は目標出現位置から、湾岸3キロ地点へ移動!」
警報と共に学校の周りが騒ぎだす。
僕は自問自答していた。この判断は良かったのだろうか……確率はたったの5%。この街の……学校の運命が決まる。よく映画やアニメだと確率はゼロじゃないって言うけど、みんなの命も懸かっている。5%は低すぎるよ……。
「優斗司令、駆逐艦配置完了!目標、約10分で海上へ出ます!」
オペ子の発言の後、DM海軍から通信が入った。
『……聞こえるか?片山優斗』
「司令! キイさんです!」
『ワタシは今、駆逐艦に搭乗している。聞いていれば命中確率5%だと? 笑える冗談だな。ワタシが照準を合わせる事により、確率を99%まで上げてやろう。感謝するがいい』
ブツッと通信は切れ、僕は安堵感に浸る。
そう……強力な味方であり敵、キイの言葉に胸を撫で下ろす。
「司令! 予測より早く目標が海上へ出てきます!」
「えっ? 早くキイに伝えて!」
「……問題ない、との事です! 目標、海上へ出ます!」
ザバーっと透明で巨大な半月のような形をした物体が現れる。
海上は波打ち波紋が広がる。その姿はまるで……
「なんとっ!イカちゃんではないか!侵略しに来たとな!? イヤッハー!」
子供のように、はしゃぎ回るクロを僕は無視した。
「オペ子! キイにすべてを任せて!」
「了解! みなさん!伏せてください!」
ビシューンと駆逐艦のレールガンから放たれた粒子が、巨大生物に命中し、雲を突き抜ける。その直後、パリパリっと空中で雷のような電波が飛び交う。
「……優斗司令! 半径6キロ範囲内停電! 駆逐艦完全に沈黙! 敵は白く、大きなクラゲです! 目標、ゆっくりと上昇していきます!」
「……当たったのに!なんで倒せないんだ!」
レールガンでも駄目……!? このままじゃ……!
ババッと黒い物体が僕の前に立ち、手を突き上げる。……クロだ。




