第十一話 危 険 な 脳 力測 定
「―――優斗クン、一緒にお風呂に入りましょう。さあ、服を脱いで……」
「駄目だよ! モモ! やめてってば!」
「そんなに恥ずかしがらないで……優斗クンは私の弟だヨ? 弟だったら言うこと聞きなさい! ……ほら、大丈夫だから、ネ?」
積極的なモモは、スルスルと服を脱ぎ始め白い肌をさらけ出す。
僕は逃げようとするけど、身体が動かない。……動かない。……なんで!
「さあ……一緒に入りましょうネ?」
丁度良い湯加減のお風呂に、僕はモモと一緒に入ってしまった。
湯気があるとはいえ、モモの艶やかな肌に視線が泳ぐ。
「姉さんと洗いっこしようヨ! ほら、優斗クン、背中流してあげるネ」
ザバッとモモは立ち上がり、しなやかな裸体が目の前に……!
「わかったから! モモ! とりあえず隠して! 隠してよ! お願い!」
「そう……じゃ、洗ってあげるから座ってネ」
モモの言う通りに風呂椅子に座ると、モモが僕の背中を洗い出した。
「優斗…私も洗ってくれると嬉しいナ……」
「ちょ! まってまって! 背中に、当たってるから!」
柔らかく、生々しい感触が背中に伝わる。
「駄目だよ! モモ! 駄目だって!」
「……駄目だってばあぁあああぁ! ふうっあっ!」
―――なんて、事だ……どうなって……。
「なんて夢見るんだよぉおおおおぉ!!」
なんとも言えない感覚に優斗はベットの上で悶え、苦しむ。すると、
〈お……はお……う…ガガー…優斗……ピー〉
隣に寝ていた、ミドリの途切れ途切れの言葉に……僕は罪悪感を覚える。
「おはよう、ミドリ! 僕はミドリ一筋だよっ! だから……」
〈だ……いガガー……じょ……ぶ……ガガー〉
ミドリはふわりと僕を優しく抱きしめてくれた。
結局、ミドリの修理は部品の欠品で先送りされた。
僕は、ミドリが危ない目に遭うならこのままでいいと思う。
謎の敵が襲ってきてから一週間、何事もなく平和な日々を送っている。
今日は日曜日。せっかくの日曜なのに、クロ曰く、国際公務員は365日働かないといけないらしい。休みを取るには有給を申請せよ、と馬鹿げた制度だ。僕たちは学生だ。意味が解らない。
「ミドリ、ご飯一緒に食べよう。そうだ、その前にブラッシングしてあげるよ。さあ、ミドリ、横向いて」
シャッシャッとヘアブラシで毛並みを整えていく。ミドリは目を閉じたまま、気持ち良さそうにじっとしている。カーテンを開けると、朝日の眩い光に顔をしかめた。深呼吸をし、グッと背伸びをする。
クロたちはもう学校へ行ったらしい。窓の外に意味の分からないSOLD OUTの看板が掛けてある。
リビングへ行くと、母さんと由美ちゃんが朝食の用意をしていた。僕は家族とアニメや特撮を見ながら、朝食を食べ家を後にする。
日曜だというのに、またダークマター軍の司令室へと足を運ばなくてはいけない。
……日曜くらいミドリとゆっくり休みたいよ。
通学途中、よぼよぼと南川が壊れかけのロボットのように歩いて来るのが見えた。
「南川、おはよう。どうしたの?」
「どうしたもこうしたもあるかよっ! 体中筋肉痛で痛てぇんだよ! マジで、キイ先生の指導厳しいんだぜ? あー痛てぇ!痛てぇよ……」
……うるさいので僕は無視する事にした。となりでキャンキャン吠える南川をよそに、今日のモモの夢を思い出して、情緒不安定になる。
「バカ二人とミドリたん、おっはよ!」
藤宮があっけらかんと挨拶してくる。片手を大きく挙げ、堂々たる姿だ。
「おい、藤宮。筋肉痛で痛くねぇの?俺、全身湿布だらけだぜ?」
「あたし陸戦部隊じゃないもん。作戦部隊だし。バカは体張って働きなよ!」
藤宮はケラケラと南川をあざ笑い、容赦無い言葉を吐く。
「くそっ!いつか見返してやるからな!」
「言ってればぁ? ……ミドリたん! ミドリたん!」
パッと藤宮はミドリに飛びつき抱擁をする。
「あったかーい! なんか幸せって感じ? 片山もそう思うでしょ?」
「う、うん、そうだね……」
……毎日一緒に寝てるなんて、口が裂けても言えない。
「あーあ、俺も抱きつきてぇなぁ~優斗が許してくんねぇし」
「あんたが抱きついたら、ミドリたんが汚れるでしょ?そこを分かんなさいよ!」
「チッ……」
足元の小石を軽く蹴ると、不満そうに南川は舌打ちをした。
僕たちはくだらない話をしながら、通学路をのんびりと歩いて行く。
……学校が、謎の敵に襲われたなんて嘘のようだ。でも本当に敵が来たし、街はめちゃくちゃになるし、この世界はどうなっているんだろう。
空を見上げると、飛行機雲がカーブ線を描いている。
―――何もない今がとても楽しい。この今を大切にしたい。
「ほよよ~ん、ドンペリ? チャイナドレスでペリー来航! よう来たのう、優斗よ!」
ドアを開けると、クロはまた意味の分からない挨拶をし出迎えてくれた。
「おはよう、クロ。……あれ?今日はみんな勢ぞろい?」
司令室を眺めるとダークマター軍のメンバーが揃っていた。
「うむ!今日は脳力テストを行うでの! みな、集めたんじゃ」
「脳力テスト? 知力、IQとか?」
クロはニヤリと笑みを浮かべ、腕を組んで玉座から席を立つ。
「ま、そんな所じゃの! 準備まで時間がかかるけえ、遊びよけ!」
いきなり……遊べって言われてもな。
「優斗さんおはようございます。早速ですが、ミドリを技術開発へ送ります」
「オペ子おはよう。ミドリをよろしく頼むね」
「ええ、それは大丈夫なのですが……その、脳内テストは…」
「オペ子!いらん事は言わんでええ!はよう作業に取り掛かれや!」
「分かってますよ!……正直、私は気は進みませんけどね!」
苛立ちを隠せないオペ子は、カタカタとキーボードを打つ。
僕はアオの居るソファへと避難した。キイがギラリと鋭い目つきで僕を睨みつけているからだ。アオと一緒にいる事で、キイから僕を守ってくれる。
「優斗クン、おはヨ~お茶がいい? それともジュース?」
「……あ、あ、うん。つ、冷たいお茶がいい……かな?」
今朝の夢が大胆すぎて、モモの顔が直視出来ない。顔がカッと赤くなる。
「優斗……おかき」
ボソッと隣で寝転んでいるアオがつぶやく。
「アオ、おかきだけでいいの?」
「あと……えびせん……」
僕は立ち上がると戸棚から、おかきとえびせんを持ってくる。
「えびせん……あーん」
アオにお菓子を食べさせ終え、僕はソファに深々と座り、身体を大の字にしてもたれ掛けるとある事に気づく。
……脳力テスト?そういえば……僕、勉強してないじゃん!
「クロ! クロ!」
「なんや! うるさいのう! ブンドド中じゃけえ、後にせえ!」
この自堕落な生活に慣れすぎて、自分が勉強をしてない事をすっかりと忘れていた。
「ねえ、クロ。僕、勉強しないと! 高校受験もあるし!」
「そんなもん、せんでええ! おまえは国際公務員なんで? もう、将来の事は考えんでええんじゃ! 勉強なんぞ、机上の空論でしかないけえの!」
「難しい言葉使っても駄目だ! 勉強する! 教科書はどこだ!」
「そんなもんはキャンプファイヤーと共に燃やしてくれたわ!」
……何を言ってるんだ!キャンプファイヤーっていつやったんだよ!
すると、キイが僕の側まで来る。
「片山優斗、教科書をやろう。勉強したいとは関心な事だな」
優しい感じのキイの言葉に、僕は戸惑い困惑する。
キイは戸棚から紙袋を取り出すと、ザザッと机の上に教科書をぶち撒けた。
……どう見てもアレだ。嫌な予感しかしない表紙だ……。
「あのさ……これなに?」
「戦域内での生存方、銃の扱い方、砲台操作基礎、などなど、だ」
「戦争なんてやんないし!普通の教科書出してよ!」
「なんだとっ! これは、我が黒子軍が学んでいる教科書だぞ! キサマ……ここで殺されたいらしいな」
スッと銃を向けられ、冷徹な目が僕を襲う。
「キイ、そこまでじゃ。脳力テストの調整が終わったけえ。優斗よ、ワシの玉座に座れ」
「あれ……脳力テストじゃないの?」
「うん?テストじゃが?」
……脳力テストだよね?クロの玉座に座ってテスト……?
僕は疑心暗鬼に囚われながら、小心翼翼と玉座に座る。
「はっ! グハハハハハハ、オペ子!スイッチオンじゃ!」
「脳内テスト、スタンバイ!」
カシャン、カシャンと手足を鉄の輪で固定された。
……なんだ、これ!
「拘束具成功。……クロ司令、本当にやるんですか?」
「うむ、やらんといけん。これも地球のためじゃけえの」
「クロっ!なにするんだ!離せ!何をするつもりだ!」
「うるさいヤツじゃのう。キイよ! 優斗にBMIヘルメットを装着させい!」
「御意」
キイは奇妙なヘルメットを被せ、タオルで僕の口を封じた。
「むむー!むむむむー!」
ひょこっと僕の方にモモが近寄り、
「優斗クン、ごめんネ?その脳内テスト装置、私が作ったの。多分……大丈夫!」
肘を引き両手を揃えて、可愛くガッツポーズする。モモ、大丈夫じゃないよ……。
「よし!これより脳内テストを行う!」
脳内?……テスト?のう……ない……?
「優斗よ、BMIとはブレイン・マシン・インターフェイスの略称じゃ。本来は脳波を用いて機械を作動する為の装置じゃが、改良し脳内の思考を映像化する事が実現した。その実験テストをさせてもらうけえの!」
つまり……人体実験じゃないか!ふざけるなよ!
「優斗よ。心配せんでええ。大丈夫じゃけ。オペ子、開始せよ!」
「BMI脳内接続開始します。微量電波送信、受信確認。モニターに出します」
な、な、な……なんだよ! うああああぁー! 今日、見た夢が!
「フゴー!フガァアアアァー!!」
「やれやれ、このエロガキが。モモ、今日は優斗と風呂入っちゃれ。世界を救う戦士がやれやれじゃのう」
「私は大丈夫ですよ?優斗クンがお望みなら、一緒に入りたいでス」
頬を赤らめながらモモは答える。
「司令! 優斗さんが危険領域へ達しました! これ以上は!」
「もうええぞ。実験は中止じゃ。十分データは取れたかの?」
「え、ええ。それでは拘束具解放します。微量電波解除……優斗さん、優斗さん! 大丈夫ですか!?」
オペ子の呼びかけに返答はない。玉座で微動だに動かない優斗をキイは抱き上げる。
「ふんっ、この程度で気絶か。根性が足らんな。黒子部隊で鍛え直してやろうか」
優斗をドサッとソファーに荒々しく投げ込んだ。
「キイちゃん!ダメだヨ!もっと優しくしてあげて!」
「……キイ! ……私の部下に……何をする!」
強烈な敵意を表したアオが、バタフライナイフを素早く身構える。
「フッ……お前たちがこの装置を作ったのだろう?責任はお前たちにある。ナイフで銃に勝てると思うか?」
キイも銃口をアオに向け構えていた。
「キイ……殺してやる……!」
一触即発となり、司令室の空気が張り詰める中、明るい声が発せられる。
「ほいほい! そこで終わりじゃ! アオとモモは優斗の看病じゃ。キイは黒子の指導行くが良い。まったく、ほんまに仲のいいヤツらじゃのう!」
クロはパンパンと一定のリズムで手を叩き、にんまりと笑みを浮かべた。
「運のいいヤツだな。アオよ、キサマとの決着はまた今度だ」
そう言うとキイは闇へと消え去り、張り詰めた空気が静寂と共に緩む。モモとアオは救護班を呼び、優斗を手厚く看病している。その中―――
「オペ子よ。数値は出たかの?」
「はい……暗黒エネルギーの数値は、ミドリ臨界時の五倍を差しています。通常の数値ですよ?信じられません……」
「ふむ、この事はZ機密とする。わかったの?」
「了解。実験の隠蔽、データ、記録をすべて抹消します」




