貰ってきた赤ん坊
書状を陛下に渡して、「了承した」の一言と共に書状がろうそくの火に焼かれた瞬間、やっとほっと一息ついた。
帰る前に、もう二度と入ることがないだろう城をじっくり見てみようと思い、案内の兵士に聞くと、 城内を歩きまわるのは許可できないが、庭園くらいならいいだろうと言うことだった。
まあ、どちらかと言うと城内のほうに興味があったのだが、庭でもまあ、妻への話しの種になるだろう。
女が俺にぶつかってきた。
「助けてください!」
反射的に生じた不快感を何とかやり過ごす。
さすがに城内で殺生沙汰を起こす気はない。
これが父や弟なら喜んで女に手を差し伸べるんだろうが……
「いきなり会った女を助けてやる義理はない。さっさと離れろ」
「この子を、母親と兄に殺されそうなんです!」
侍女らしき女が手の中に抱いた赤ん坊を押し付ける。
母親と兄?
王城をしばし見上げた。
「この子は男の子か?」
すやすやと眠る赤ん坊に視線を落とし、太陽の光を受けてやわやわと光る髪を撫でてやる。
「はい」
その答えでようやく俺は押し付けられた赤ん坊を抱く。
「俺のところの子供になるか?」
赤ん坊は目を薄く開け、あくびをするとまた眠りに付いた。
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「それ、なんですか?」
アレスさんの奥さん-イリーナさんのおとなしそうな顔が引きつる。
「貰ってきた」
「物じゃないんですから!」
アレスさんは甲高い声をあげた奥さんをうるさそうに睨み、「乳はまだ出るな?」と最低限必要なことを一方的に確認するのみであった。
乳って牛じゃないんだから、せめて「お」を付けるとか、「母乳」と言うとか。
「そんなことより、ちゃんと説明することの方が大事ではないでしょうか?」
「これ以上説明する必要がどこにある」
いや、山のようにあると思うけれど……
奥さんは、目の端にためた涙を零さないように必死にこらえている。
「夜中のうちに荷物まとめて出て行かれるんじゃ?」
「女嫌いの兄さんがよく持ったわね」
長女と次女がしっかり聞こえる小声でひそひそ言い合っている。
「いいじゃないか。名前は?」
さきほどやっと起き上がったトリスさんがのんびりした口調で聞いてくる。
いいんかい!?
「聞き忘れた」
「男の子?女の子?」
「男」
アレスほんの少し、奥さんを気にするようなそぶりをするが、それでも妻の機嫌を取るよりも、父の質問に答えるほう優先してしまった。
「アイトってのはどう?」
「こっそり、自分の一字まぎれさせているんじゃないわよ。イレザの方がいいわ」
「それって、女の子ぽくないか?」
アレスさん家の危機とは裏腹に、トリス夫妻は仲良くじゃれ合っている。
さっきの大喧嘩はなんだったんだ。
「勝手に決めないで下さい!」
イリーナさんはそう言って、出て行ってしまった。
「何を怒っているんだ?」
本気で首傾げてるよ。この男。
「いや、浮気を疑っているんだろ」
「無理だろ。物理的に」
確かに無理だよなぁ。長女さんにうっかり触られた時は、アレスさん体中が紫色になって、鳥肌が立ってたもの。
「とりあえず、アレスと話があるから、君達は出なさい」
あれー? トリスさん、アレスさんに奥さんを追うように言わないのか?
トリスさんとアレスさん、アレスさんが抱いたままの赤ちゃんを部屋の中に残し、私たちは廊下に追い出された。
「あんなに女嫌いで、どうやって子供できたんだ」
「兄さんの職業、薬師」
あー、そう言えばトリスさん家に変な薬あったな。
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耳をそばだて、外野が去っていくのを確認してから、報告に入った。
「陛下は了承した。手紙もその場で燃やされた」
他の御世だったらいざ知らず、今、存在しては非常にまずい書類だ。
それはいいが、問題は……。父トリスは、今日新たに孫になった赤子の頭をなでる。
「……そうか。 この子は……王城で?」
「父さん、やっと一つ手放せたのに、別の物拾ってきてしまって済まなかった」
「いや、いいよ」
父が赤子を愛しげな瞳で見つめる。その瞳の奥で哀れみが浮かんで消えた。




