王子と異邦人
目の前の娘は守る人はいないのかと問うてくる。
守る者がいるから……
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
助かった?
捕らえられ、床に押さえつけられた王。
兵士の束縛が緩んだ隙に、私たちは兵士の手から抜け出し、トリスさんに駆け寄る。
トリスさんの倒れた床は真っ赤に染まり、仮面はすでに跡形もなく消え失せている。
「父上、あなたには本日をもって、退位していただきます。離宮で余生をお過ごしください」
『父上』ってことは、この人が王子?
シャムローさんと同じくらいの男性が国王を見下ろす。
「懐……て紙」
「紙!?……今必要なのは、包帯と医者だろう」
マルスと私は自分の服の裾やら袖やらを破って、傷口を押さえる。
まだ、意識はある。
「マル……手紙」
「ちょっと、さっさと医者を呼んで! トリスさんを助けて!」
王子がやっと向けた視線で、悟った。この王子は--救世主ではないことを。
「懐に手紙が入っているんだな?」
マルスがトリスさんの懐から赤黒く染まった手紙を引き抜く。
とても中身を読めるような状態じゃない。
トリスさんは「それを……」と呟き、意識を失う。
「それはすぐ死ぬ。子供の方から一族の居場所を聞き出せ。この娘から痛めつけよ」
は? 娘? 私から?
「何を……トリスさんが何をしたってのよ」
「国王に対する脅迫。殺人未遂。謀反。王族詐称……放火予告。他には--。娘よ。まだ聞きたいか?」
王族詐称と放火予告ってのは何なのよ、とは思うけれど、剣を突きつけられているこの状況で何か一言でもしゃべったら、その場で首が落ちそうだ。
「この者の一族を一人残らず、連座で殺せ」
王子はそう言うと背を向け、広間を出て行こうとする。
一族連座って、マルスやローリエちゃんやロザリーさんや……奥さんや子供達全員ってこと?
「私、死霊王子を見つけた」
涙が止まらなかった。トリスさんを家族の下に帰せない。それどころか、こいつらはロザリーさんやローリエちゃんにまで、危害を加えるつもりだ。
苦しくて悔しくて、煮えたぎる熱が叫ぶ。
『どっちが、悪役だ』と。
ローリエちゃん達が同じような目に遭うのは絶対イヤだ。
王子がこの部屋を出て行く前に、この熱を言葉に変える。
トリスさんの血でぬかるんだ床を、しっかり踏みしめ立ち上がる。
トリスさんの血で真っ赤に染まった手と膝が目に飛び込む。
すぐそばで父親に呼びかけ続けているはずのマルスの声がひどく遠い。
「私は……私は選択します。悪しき死霊王子はあなただ!」
その言葉に振り返る王子。
「私は、彼が誰かを殺しただなんて思えない。彼は善良な父親であり、夫です。トリスさんの言い分を聞かずに、この人の家族を全員殺すのなら、あなたこそが死を纏う死霊王子そのものじゃないですか。本当に、この人を……この人たちを殺すことが正しいと思っているんですか!」
トリスさんがほんの少し目を開ける。
「……マ……ス……紙とペ……を……」
そして、トリスさんは再び目を閉じた。
「あなたには守る人がいないんですか! ロザリーさんやローリエちゃんだってあなたが守るべき国民じゃないんですか?」
これが、ゲーム製作者が作り上げたエンディングなのだろうか。
マルスが父親の止血をしながら、真っ青な顔で「父さん!」と叫ぶ。
自分がトリスさんの家族の名を言っていることにも気づかず、
声が枯れるほど叫んで、
「もう一度言います。守るべき無辜の民を殺すのなら、あなたが『死霊王子』です。トリスさんの、マルスの守るべき人まで……殺さないで」
私はただ懇願した。
たとえ、帰れたとしても……
「こんな終わり方は、いや」