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白の指輪伝説―バグを修正せよ  作者: くらげ
バグを修正せよ
15/38

署名と動き出した歯車

「大丈夫。彼は・・死なない」


 その言葉に彼女の体は小さく震えた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「結構集りましたね」


 授業が終了する前に村に戻って来れたのは大きかった。

 授業を打ち切った途端、子供たちは家に帰って『レイス先生を助けたい人はトリス先生の家に』の伝言を伝え、子供たちの母親がご近所に伝えて、日が沈みきる前には村中に話が伝わっていた。

 

「まあ、少々変なことを言っていても、王都で成功できる可能性を示してくれたのはシリウスだ。この村でシリウス=レイスを知らない者はいない」


 トリスさんの説明に、たとえお空に話しかける怪しい人でもやっぱり偉い学者さんなんだと納得する。

 実際には、字を習ったからってすべての人が成功するわけじゃないだろうけれど。 


 署名を集めている間も、『字は知らないけれど、自分の名前だけでも今すぐ教えてくれ』と頼む人が多かった。


 ロザリーさんが受付、トリス先生が即効で文字を教え、マルスが夕飯の仕上げをして、私がローリエちゃんの手を引きながら列の整理、近所のおばさん二人が集まってきてくれた人たちに茶とクッキーを配る。


「おばさんだなんて。もうおばあちゃんよ。息子の恩師の救出に手を貸さないわけにはいかないわ」

「シリウス先生、ご飯ちゃんと食べているかしら」

「案外、おいしいもの食べているかもよ」


 おばあちゃんとおばさんがのんきにしゃべりながら私とローリエちゃんにクッキーを渡して、人ごみの中にまぎれていく。

 入れ替わりに、マルスが来た。


「あっちがシャム兄の実の母さんで、そっちが俺の上の姉。シャム兄の弟に嫁いでいる」

「そんなの、今こんなに人がごった返している中で紹介されても覚えられるか!」


 今のおばあさんがシャムローさんのお母さんで、さっきがシャムローさんの弟のお嫁さんで……つまりは嫁姑ってことでいいでしょうか?


「そうだろうと思って名前は言わなかったけれど、聞くか?」


 むか。


「聞いてやろうじゃない」

「お姉ちゃんがロゼッタお姉ちゃんで、おばちゃんがアイリスおばちゃん」

 

 それまで、少し眠たそうにしていたローリエちゃんが教えてくれる。


「あんたのところの女性陣って、名前の頭、全部『ロ』?」


 私の問いにマルスは頷く。


「ちなみに下の姉は『ローズ』で、兄が『アレス』。男のほうは最後が『ス』で揃っている」

  

 もう、余計な登場人物増やさないで。つーか家系図を描いて。


「俺や父さんでも年一回くらい間違えるから、気にしなくていいさ。夕飯出来たから二人とも行っといで」


 そして、マルスはにやりと笑う。


「で、お前は三日後に名前覚えているかテストな」


 気にしなくていいって言った舌の根も乾かないうちに……

 えー。一番上のお姉さんが『ローズ』で二番目が『ローゼ』で、お兄さんが『アルス』?

 歩きながらぶつぶつ名前を唱えていると、さっきよりかさらに眠たそうな声で「違うよ」と呟く。


「さっきのお姉ちゃんが一番上で『ロゼッタ』お姉ちゃんで次が『アレス』兄ちゃんで、下のお姉ちゃんが『ローズ』お姉ちゃん」


 駄目だ。『ロゼッタ』なんて覚えたら、ロザリーさんと名前を混同してしまう。



 午後9時ごろ、灯りが貴重なこの世界では、ほとんどの人が寝ている時間帯。

 明日、朝早いのに、私はまだ寝付けないでいた。


「署名は集まったけれど……」

 

 それだけで、レイス先生を助けられるだろうか?

 処刑を一時遅らせることはできるかもしれないけど。


 本当に助けたければ……


 本物の死霊王子を見つけ出すか、死霊王子が滅んでいるなら、きっちり滅んでいることを証明しなくてはならない。


 部屋の扉が叩かれた。


「俺だ。俺」

「オレオレ詐欺?」

「? とりあえずそんなのはどうでもいいからここを開けてくれ」

「いや」


 もう寝巻きに着替えているのだ。なんで寝巻き姿をあんたなんかに見せなきゃならないんだ。


「なっ……こいつを預かってくれるだけでいいから」


 こいつ?


 ロザリーさんが用意してくれていた古着一式の中からストールのような物を羽織り、仕方なく扉を開けると手を引かれて半分以上夢の中のローリエちゃんがいた。


 とりあえずローリエちゃんを私のベッドに寝かしつける。

 ベッドは私とローリエちゃんが十分眠れる広さがあるので問題ないが。


「どういうこと?」


 マルスは私の部屋とは反対側の寝室--マルスの家族が寝ている寝室の扉をほんの少し開ける。

 

 しばらく隠れることを忘れて呆然とその光景を見る。

 確かに妹をあの横で寝かせられないだろう。


「で、あんたはあの横で寝るの?」

「いや、教室で寝る」


 そう言って、マルスは教室に向かって歩き出す。

 そう言えば、あそこはクッションがたくさん置いてあった。

 冬だったら、寒くて眠れないだろうが、今なら薄い上掛け一枚あれば大丈夫だろう。 


「って、何で付いてくるんだよ」

「ちょっと寝付けないから、付き合ってよ。あ、もしもの時は悲鳴上げるからね」


 マルスはおもいっきり渋い顔をした。


 ◆


 教室に着いてマルスが用意してくれたミルクを一口飲んで、今一番気になっていたことを尋ねる。


「なんで抱き合ってるの?」

「君が泊まっている間は、控えていただけ。わりといつもべたべたしている」


 ああ。特にべたべたしているようには見えなかったけれど、覚えている限りでは、トリスさんが王都に行く時以外、ほとんど夫婦セットでいてたな。


「君に子供部屋提供してしまったから、二人っきりの時間ががりがり削れたのはわかるけれど、ちょっと手洗いに出た隙に……」


 マルスから『はあ』と小さなため息が漏れる。

 そうだよね。親友のレイス先生の危機に緊張感なさすぎ。


「で、他には?」  

「前にレイス先生に聞いた死霊王子の三つの話を順番に並び替えてみたら、なんか出てくるかなって」


 ミルクをもう一口含む。


「出てこないだろう。それだけなら、ミルク飲んでさっさと寝ろ」

「まだ寝付けそうにないから、私が寝るまで付き合って」

「なんで俺が……俺は8時間しっかり--」

「まず、何とかって国の王子様は、隣国の姫との結婚を自分のお父さんである王様に反対されたのよね」

「ウエストレペンス。姫と結婚したかった王子は自分に忠誠を誓っている侍女を騙して、王を殺させた。ちょっと待て、石版に書き出すから」


 ろうそくの明かりの中、あきらめたマルスが石版に文字を書き連ねていく。


「侍女エリエールはその当時魔法は使えなかった。剣か毒か?」

「エリエールが殺したとは限らない」

「あんた、エリエールちゃんに似ているからって、かばっているでしょ?」


 雑談を交えながら、石版に書き込んでいく。


・ウエストレペンスの王子は、隣国の姫との結婚を自分の父である王様に反対された。

・姫と結婚したかった王子は自分に忠誠を誓っている侍女に『愛してる』とか『結婚しよう』と言って、王を殺させた。

・王の殺害方法は不明。その当時、侍女エリエールは魔法を使えなかったらしい(そもそもこの世界に魔法があるかさえ判然としない)から、毒とか?

・だが、王子は侍女の想いを踏みにじり、姫と結婚してしまう。

・王子の裏切りを知った侍女は姫を大鍋で煮、王子を呪いでゾンビに変えてしまう(呪いじゃないなら、お岩さんみたいな薬?)。

・狂った王子は姫を食べてしまい、その後、失われた姫の姿を求めて森の中をさ迷う。

・で、そのどさくさにまぎれて、姫の国がウエストレペンスを乗っ取ってしまう。

・国を乗っ取られた王子は、今でもこの国の王家を呪っている。

・王家に自分の姫とそっくりの姫を産ませようとしている上、城にたまに出没している。

・だがエリエールの話だと王子は当の昔に天国だか地獄だかに行っている。


「これでつながったかな」


 確かにつながりはしたが。

 だぁぁーーっ! どこにも指輪の話出てこないじゃない。


 頭を抱えながら、次の手を考える。

 

 他に手がかりは……


 本棚に視線を走らせて、思い出した。

 授業の日の夜、本を捲っていて感じた違和感。マルスが入ってきて忘れたけれど、あれは……?


「真実が全部おとぎ話の中に隠れていたら、苦労しない」


 考え込んだ私にマルスが無情に告げる。

 そうだよな。あの本の中には死霊王子の話も白の指輪も載っていなかったし。


「じゃあ今から、幽霊のエリエールさんに会いに行く? 『土に還った』だけじゃよくわからないし」

「この夜中に?森の中へ? 君が、幽霊と話せて、みんなに幽霊の姿を見せれたり、声を聞かせられるなら意味があるけれど」

「……できない」


 あの時、幽霊のエリエールさんを怒らせずにもっとよく話を聞けていたらなぁ。


「まあ、今の状況でそんなことできたら、君まで魔女扱いされて捕まってしまいかねない。無駄なこと考えてないで、もう寝ろ。コップの後片付けもやっとくから。こんなところで寝られたら、こっちが眠れない」


 確かに少々眠くなってきた。

 私は「じゃあ、これ」と言って、ストールをマルスに渡し、教室を出た。


 教室を去り際、彼の方を振り返り「おやすみ」と告げると返ってきた声は同じ言葉ではなかった。


「大丈夫。レイス先生は死なない」


 マルスの言葉でほんの少し元気をもらえた。暗くて彼がどんな表情をしているのかわからないが、きっと何度も私に向けてくれた人を小馬鹿にしたような、でも自信ありげな、人を安心させる笑顔なのだろう。




 ここに来て以来、見つけることを望んでやまなかった一つの歯車。


 錆びついていた運命の歯車が、自らの崩壊を省みず動き出したことを……私はまだ知らなかった。

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