死霊王子発見
これが丁度いい。
シリウス=レイス。
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「ちょっとは仲良くなったかと思ったら……」
前のほうでため息が漏れる。トリスさんのため息だ。
茨の城に行った翌日。
私はトリスさんとマルスの三人で王都に向かっていた。
トリスさんによるとツチノコイベントのおかげで、国の内外から人が集まり始めているのと、そろそろレイス先生たちが『日本』の情報を掴んでくれているかも、と言うことだった。
「今日は売り物少ないんですね」
「それぞれ自分たちで王都に売り出し行っているからね」
そう言えば昨日の朝も、今朝もいくつかの荷馬車がどこかに向けて出発していた。
「我が家は自分の畑の物は自分らで消費するから、荷馬車の隙間は売る物はあるけれどわざわざ王都に出向くほどの量がない人の商品を詰めているんだ」
マルスがこっちを見ずに答える。
マルスは私はローリエちゃんからもらった指輪をしっかり嵌めているのがよほど気に食わないらしい。
◆
って、ツチノコイベント--死霊王子探しが行われているはずの王都はしん、と静まり返っていた。
「ツチノコイベントイベント終わっちゃった?」
「だからそのツチノコって何だよ。いつもはもう少し人通りがあるんだけれどな」
うん。見渡すまでもない。今、大通りを歩いているのは私たちを含めて20人未満。前に来た時はこの三、四倍はいたはずだ。前の時には、道の両側にあった露天商もまばらだ。あっ、あそこ商品いっぱい残っているのに店じまいをはじめてる。
「一応、半旗は掲げられていない……な。広場に行こう」
じっと王城の方を見ていたトリスさんが私たちの返事を待たずに歩き出す。その歩調は少し速かった。
途中、運よくマルスの村の人と出会った。村人は荷馬車にきれいな刺繍のテーブルクロスを大量に載せて、王都を出ようと--村に帰ろうとしていた。
「これはどういうことですか?」
トリスさんに呼び止められた村人Aは私の腰らへんを驚いたように見た後、首を横に振ってため息をついた。
「どうもこうも。昨日までは良かったんだが。トリスさん今から商売やるんだったらさっさと帰ったほうがいい」
「ご忠告ありがとうございます」
ところで、と前置きして村人Aがトリスに尋ねる。
「祝いは何がいい?」
「……いえ、まだ先の話のようですので」
そんな会話をトリスさんと交わした後、村人Aこちらににこやかな笑みを向けるとさっさと去って行った。
「なんかおめでたいことでもあったの?」
「……下の姉が、来年の初春出産予定」
おめでたいことなのに、マルスの顔は渋かった。
◆
「これって」
白刃が夏の太陽の光を冷たく跳ね返す。
「ギロチンなんてはじめて見た」
マルスが呟いた。ギロチンの両脇には鎧に身を固めた兵士が一人ずつ控えている。
「あれ、何に使うの?」
私は一点の曇りもない刃に魅せられて『ギロチンなんてはじめて見た』や『あんなところに設置して雨とか大丈夫かな』などと思いながら、無意識につぶやいた。
「誰かを公開処刑するために使うんだろ。父さん、あれ本気ってことだよな?」
冷静に話していたマルスもぶるりと体を震わす。
今、その誰かって言ったら--
「……まず、シリウスのところに行って話を聞こう。それで駄目だったら、宿屋を回ろう」
◆
「シリウス=レイス逮捕する」
シリウス……って……
ひっとらえられる、男に見覚えがあった 考古学の先生じゃないか!?
「ちょっと待てよ」シャムローさんが、兵士に追いすがる。
「あれ、シャムローじゃん。じゃあ、やっぱりあれ先生!?」
マルスも目をすがめて屋敷の前で繰り広げられている異常事態に気づく。
「お前は?」兵士は冷たい目でシャムローさんを見る。
「っ、俺は――」
「使用人だ。お前はさっさと持ち場に戻れ」
レイス先生がシャムローさんに強い口調で命令した。
私たちが駆けつける間もなく、レイス先生は馬車に押し込まれ、連れて行かれた。
◆
「シャム兄。どういうことだ?」
「マルス。トリス先生……いきなり屋敷に踏み込んできて、『国王暗殺未遂の容疑で逮捕する。死霊王子』って。意味わからねえよ」
シャムローさんの話を聴いた瞬間、マルスとトリスさんの顔が真っ青になる。
家の中に入った私たちは驚いた。あちこちひっくり返されて、ひどい有様だ。
エリエールちゃんが玄関の隅で唇を噛んで震えている。片方の頬だけが赤い。
「エリエール」
マルスがエリエールちゃんに優しく声をかけ、トリス先生が「誰か、濡れタオルを持って来い」冷え切ったよく通る声で命じる。
おびえたメイドが急いでタオルを持ってきた。
「……大丈夫だ。ろくな証拠もないのに貴族をあんな理由で逮捕できるわけない。ましてや処刑なんて」
トリスさんがシャムローさんの肩を抱くように励ます。
(――でも)
その時、使用人が屋敷に駆け込んできた。
「大変です! 広場に張り紙が!」
◆
「『シリウス=レイス。彼の者、王族を呪い国に災いをもたらした死霊王子である。よって、7月28日に』」
トリスさんはそこで一度言葉を切り、最後の一文を読み上げる。
「処刑する」
「おい、逮捕されてから一時間も経っていないぞ」
三人が見上げた先には、ギロチンの切っ先が妖しく輝いている。
切りっぱなしだった携帯の電源を点けて日付を確認する。
今は7月25日だから……
「……三日後?」
「大丈夫だ。きっと、レイス家が黙ってはいない」
ギロチンから目を逸らし、トリスさんはシャムローさんに矢継ぎ早に指示を出した。
「こっちは村人の嘆願書を集める。荷台置いて行くから、君は家系図と、お社に行って戸籍の写しを取って来るんだ。ついでに貴族達に『次は自分達かも知れない』と吹き込め」
死霊王子はかなり古い時代の人だから、子供時代の証明がきっちりあれば、死霊王子ではありえないことになる。
ちんたら、荷台引いてたら、時間がかかる。それも理解できる。 でも--
(――)
「ねえ。レイスさんが本当に死霊王子だったらどうするのよ?」
「はぁ?」
「だって、死霊王子はこの国を呪う悪いモンスターなんでしょ?死霊王子が見つかったら、ゲームクリアして、帰れるじゃない」
これは家に帰れるチャンスかもしれないのに。
取り調べはこのゲームの警察だか王家だかに任せていたら、わざわざ苦労して死霊王子を見つけ出さなくても、帰れる。
「先生が化け物だって言うのか!あれのどこがゾンビに見えるんだよ」
「だって、あの人、幽霊を呼び出したじゃない。 マルスも幽霊見たよね? 死霊王子は魔法が使えるんでしょ? じゃあ、人間そっくりに化けることもできるんじゃないの?」
そうだ。死霊王子って言うくらいだもの。幽霊を呼び出せたって不思議じゃない。
自分の中で溜まっていた疑問をおもいっきり吐き出して……
おもいっきり突き飛ばされた。
地面に倒れて見上げると、マルスが拳を振り上げているところだった。
「マルス!」
身動き取れない私に代わって、トリスさんはマルスの腕を掴んで降ろした。
そして、彼は……護身用だろうか、ナイフを取り出し自分の腕を一閃する。
「父さん。何しているんだよ!」
「先生、大丈夫か!」
トリスさんの腕の傷口からぽとぽとと赤い血が零れる。
地面に赤い染みができ、広がっていく。
「一応、わかっているとは思うが、死霊王子の濡れ衣を晴らせなかったら、彼は首を刎ねられる」
路傍の石を見るような目。
「あちらの方に『カイルの宿屋』という宿屋がある。死霊王子が処刑されるまで、そこで待っているといい」
ふと、世界史の資料集で見たフランス革命の絵を思い出す。
高々と掲げられた国王の生首を見上げる人々。
その絵と同じことが起こり、私は生首を喜んで眺める人々の一人になるのか。
身動きがとれず、目が逸らせない私の膝にトリスさんが財布を丸ごと落とす。
「マルス、シャムロー行くぞ」
マルスは感情のかけらもない父の声に戸惑い、私も動けないでいる。
トリスさんはゆっくり歩き出す。
せめて……口だけでも動かさなきゃ。
「……まっ……て」
マルスとシャムローさん、トリスさんが振り返る。
トリスさんの瞳は先ほどと同じように石ころを見つめる瞳だが、それでも答えを出すのを待ってくれている。
私は、この謎の国を……ゲームと同じと思うことで、帰る手がかりを探そうと思い始めたけれど……
……ゲームと同じで間違ったらやり直せると、どこかで思っていたんだ。
彼らがゲームの中の住民か平行世界の住民かどうかは私にはわからないが、彼らにも赤い血が流れていることだけは確かだ。
「……あの人は疑わしいけれど、間違える前に……もう少し調べてみたい」
「大丈夫。彼は死なない」
長い沈黙の後、トリスさんはそう言って、私に怪我をしていない手を差し伸べてくれる。
差し伸べられた手は確かな温かさがあった。
◆
「飛ばしすぎです」
「ちょっと急ぐよって、言ったじゃないか?」
確かにそう言った。
「それはそうですけれど、マルスが地平線の彼方に置き去りになっています」
「相変わらずとろいな。 少し、休憩しようか」
いや、マルスがとろいんじゃなくて、あんたが速すぎ。
あんなことがあった直後に、トリスさんと馬に相乗りするのはマルスと相乗りした時以上にためらいがあったけれど、「急ぐから飛ばすね。駆けている間は、絶対しゃべらないように」って一言注意があった後は、もうそんなことに意識をまわしている余裕はなかった。
◆
「『次は自分かもしれない』ってどういうことですか?」
そう、確かにシャムローさんにそう吹き込めって指示を出していた。
「……これをはじめた者は、果たして一人だけで済ませる気なのかな、と思っただけだ」
シリウス=レイスの処刑を許してしまえば、死霊王子の手下だと言えば、貴族だろうと平民だろうといくらでも処刑できるようになる。
水を飲みながらトリスさんが険しい顔でそう告げた頃、マルスの姿が地平線の端に現れた。




