茨の城
曰く、その指輪は、諸悪を跳ね除け大切な人を守るそうだ。
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「スライムやゴブリンいないよね?」
「?」
マルスが首をかしげる。
「化け物とか」
「お化け屋敷じゃないんだし、そんなのいない。まあ、たまに幽霊が出るって噂はあるけれど」
「やっぱりお化け屋敷じゃない!」
今、私は馬に乗りながら死霊王子の城に向かっている。
一人で乗れないので、後ろにマルスが乗っているのだが、どうも居心地が悪い。
別にさほど速いわけじゃない。舌を噛まないように注意すればしゃべっても問題ないほどのスピード。
ただ緊張感と言うか、圧迫感と言うか……やっぱり居心地が悪い。
むしろ早く着いてくれたほうがいいんじゃないだろうか?
マルスの両親が「楽しんできなさい」「マルス、がんばるのよ」とか言ってたのも気になる。
これじゃあ、まるで--
「着いたぞ」
◆
「これじゃあまるで、観光地でデートするカップルね」
「言うな」
「近づかないでよ」
「せっかく連れてきてやったのになんだよ、その言い草は」
馬は馬宿に預けて、私はマルスから一歩距離をとる。
確かに城はあった。が、その城は見事に茨で覆われている。いや、茨だか薔薇だかつる薔薇だかわからないがとにかく薔薇っぽいものに覆われているのは確かだ。昨日読んだ『茨姫』の城を再現したようだ。
城の周りはカップルや家族連れで賑わっている。
服が上等なところを見ると、ちょっと裕福な家の人たちが多いようだ。
「通称茨の城。ここらの重要な観光資源。今は花数少ないけれど、春と秋には城が薔薇の花に覆われるんだ。夏の間は避暑地として利用されている。薔薇は自由に摘んで帰ってもいいけれど、怪我したくなきゃ、そこの直売所で買うことをお勧めする」
直売所どころか、他の出店が並んでいる。
「入り口どこ?」
「たて看板によると、そこだな」
見れば、入り口があるはずのところはびっしり薔薇で覆われている。
とても、中に入れそうにない。
「どうしても入りたいんなら、あそこに窓があるけれど。入った途端、床が崩れるかもな」
マルスが指差したところは3・4階くらいの高さのところの窓だった。棘にぐっさぐっさ刺されて、茨の山を登ってあの窓にたどり着いたら床に穴が開いて、というのはさすがに嫌だ。
「老朽化が進んでいるんで、改修工事して、ついでに城の中まで入れるように整えようって話も出てるけれど、そうすると薔薇を切るなり移植するなりしなきゃならないからな。中に入れるまで何年かかるか。せっかく来たんだ出店でなんか食べてから帰るか?」
ここで粘っても隠し扉が都合よく見つかるわけないし。
私はマルスに力なく頷いて彼について行った。
◆
買ってくれると言ってはいたけれど、結局、彼が買ってくれたのは焼きとうもろこしだけだった。 まあ、ロザリーさんが昼ごはんを持たせてくれているから、あんまり買うと食べられなくなるんだけれど。
それより驚いたことは、マルスが薔薇を買い求めたことだ。
「母さんに薔薇頼まれているんだ。フルカラー1セット」
マルスは恥ずかしそうに言い訳して、薔薇の花を買う。すぐに売り子さんが色とりどりの薔薇の花束を私に渡してくれる。棘は全部きれいに取られていた。
◆
「こっちの整備はずいぶん進んでいるからな」
入り口に『夏の庭園』と書かれたきれいな庭園の中はピンク色の花ではなくピンク色の空気が漂っていた。いや、庭内にはピンク色の花もあったのだが、完全に負けている。
「家族で来たときは、そんなに気にならなかったんだが……」
「……さっさと食べて帰ろう」
「ああ」
私たちは、庭園の隅っこで居心地悪く焼きとうもろこしとロザリーさんの作ってくれたサンドウィッチを食べた。
◆
「せっかく来たんだから、どうせなら薔薇満開のところ見たかったな」
去り際、馬の背から振り返りながら呟く。
「秋になったら、連れてきてやるよ」
「秋までには、家に帰っている」
私の憮然とした声に「ふっ」と小さな笑い声が重なる。
「そうだな」
◆
「で、きれいだった?」
夕食の席でトリスさんが期待するようなまなざしで尋ねる。
「ええ。城のほうは薔薇がぱらぱら咲いている程度でしたけれど、お庭きれいでしたよ」
「あそこは王家に仕えていた庭師の家系が大事に花を守ってくれているからね」
ロザリーさんが穏やかに微笑みながら「へぇ、そうなんだ」と相槌を打つ。
「珍しい種類の薔薇もあるから、国に帰っても、この国を訪れる機会があれば、ぜひ見に来て。できれば春か秋に」
私は小さく「はい」と返答した。心の奥がちくりと痛む。日本に帰ったらおそらく二度とここを訪れることはできない。
そんな私の想いに気づかずに、トリスさんはテーブルに飾られた薔薇に視線を移し、微笑む。
「で、どうだった」
「何もありませんでした」
ロザリーさんが、何かものすごく期待を込めた瞳で聞いたので、私はきっぱり言い切った。
がっくり肩を落とすロザリーさんの横で、こちらも期待を込めた表情で兄を見上げるローリエちゃん。
「お兄ちゃんお土産は?」
ちっちゃな口で告げられた言葉にマルスは「あー」と声を漏らしながら、視線をさ迷わせる。
目に留まった花瓶から、小さめの薔薇を取り出して、慣れた手つきでブレスレットを作る。
小さな子供だから、ブレスレットくらいならそれほど薔薇を使わずに済んだようだ。
ロザリーちゃんは歓声をあげて、薔薇のブレスレットを受け取ると、
「じゃあ、お返しにこれあげる! お兄ちゃんたちが、お城行っている間に作ったの!」
私とマルスにおそろいのシロツメクサの指輪を渡してくれた。
ローリエちゃんに「ありがとう」と言って、早速指に嵌めてみる。
マルスはこちらのほうをちらりと見て、私と目が合った途端、目を逸らした。
なんじゃいな?
指輪と言えば、往復二時間もかかったのに--
「結局、指輪発見するどころか、城の中にさえ入れなかったなぁ」
「……指輪」 そう呟いたトリス先生に、
「こいつゾンビ王子ゆかりの指輪探しているんだと。真珠やムーンストーンの指輪らしいけれど」
とマルスが伝えてくれたので、私も頷く。
「お客様を『こいつ』なんて言ったら駄目だよ」
トリスさんが、息子に注意していると、定位置(トリスさんの膝)に戻ったローリエちゃんが、父親を見上げて質問する。
「真珠やムーンストーンって?」
娘の言葉にトリスさんは『うーん』と考えるそぶりを見せ、口を開く。
「真珠は貝の中でできる宝石で、ムーンストーンは白くて中に青白い光を閉じ込めたような宝石かな」
「いいなぁ、宝石。一つくらい--」
「買わないよ」
ロザリーさんのうっとりした声を、トリスさんの穏やかな声がピシリとさえぎる。
「言うだけなら構わないでしょ。私にはこれで十分」
ロザリーさんはちょっと不服そうにしながらもタンポポの指輪をかざした。
見れば、珍しくトリスさんもおそろいのタンポポの指輪を嵌めている。
トリスさん、子供にジャラジャラ花をつけさせられて、大変だな。
トリスさんのタンポポから自分の手元に視線を落とした。
さすがに花冠を被るのは恥ずかしいけれど、これくらいなら嵌めといて構わないかな。
◆
まだ、日は完全に落ちていない。
私は、教室に入って、本棚から『御伽草子集2』を取り出す。
せっかく話すんなら、なるべく毛色の違った話がいいだろう。
昨日読んだのは、『御伽草子集1』だった。それさえ、最初の数話読んだだけで、以降の話はろくに題名も確認していない。何が書かれているか知っていたほうが変わった話を聞かせられる。
まず、『2』の目次を確認して、中身をぺらぺら捲っていく。続いて、『1』と『3』にも一通り目を通す。
何と言うか、思いっきり何かが足りないような気がする。
何が足りないのかわからないが……
「それ、明日にははずしとけよ」
背後から声をかけられ振り向くと、マルスがいた。マルスが視線で示したのはローリエちゃんがプレゼントしてくれた指輪だった。
「はあ? なんでそんなこといちいち命令されなきゃいけないの」
「何でもだ!」
ほんの少し強い口調でそう言って、さっさと『家』のほうに戻ってしまった。
理由言え! 怒鳴るだけじゃわからんわ!




