プロローグ 運命の一射
完結保障、全68話。
毎日投稿予定。
大学日本一を決める決勝の、最後の一射。
佐倉美月は射線の後ろに立ち、70メートル先の的を見ていた。
夢の島公園アーチェリー場。照りつける太陽のもと、ぴんと張りつめた空気が満ちている。
試合は最大5セットのマッチルール。5セットを終えても決着はつかず、勝負はシュートオフに持ち越された。一射ずつ射ち合い、より中心に近い矢を射た者が勝者となる。
(蓮先輩、見ててください)
1年前に亡くなった、アーチェリー部の先輩だった。この大会は、あの人に捧げると決めていた。
対するは、インカレ三連覇中の川本博子。
先に射ったのは川本だった。
王者の風格を思わせる完璧な射。観客席から声が漏れる。
円の縁をわずかに削る、かろうじての10点だ。
あれより内側に入れなければ負ける。
いつもと同じでいい。先輩なら、きっとそう言う。
9月の残暑が射場を焼いていた。
刈りたての芝と夏の土の匂い。シャツが汗で背中に張りついている。
額の汗が頬を伝った。
美月が射線に入る。
指が弦にかかる。弓を起こす。左腕を正面へ向け、肩甲骨が中央へ寄っていく。
引き幅が決まった瞬間に鳴る、小さな金属の音を待つ。
その音が来るまでの数秒だけ、世界が止まる。
70メートル先の金色が視界の真ん中にある。
風が左から来た。止んだ。
その時だった。
声が聞こえた。
(来て。待ってるから)
この競技場にいるはずのない声だった。
観客席でも役員席でもない。
甘くて、遠くて、ここの空気とは違う世界の声。
カチッ。小さな金属音。
反射的に弦に掛けた指が開く。
自分の放った矢が飛んでいるのが見えた。
次の瞬間、意識が途切れた。




