第1話 虫歯で歯医者に行ったら、紹介状をもらってしまった.
歯が痛くて歯医者に行く。誰でも経験があると思う。でも虫歯治療で歯医者に行った人が、茶色い封筒を持って帰ってくる展開なんて、誰が想像しただろうか。
世間がコロナで大騒ぎする、ちょっと前。
「歯が痛い。虫歯かな?」
「そうやろ。歯医者さんやね」
誰かと一緒に暮らしていると、こういう会話もあるはず。
なんでもない会話。同居人の歯痛は、一緒に暮らし始めて、このときが初めてだったわけじゃない。何度も通っている歯医者の予約を取り、同居人は仕事が休みの日に虫歯治療のため歯医者に足を運んだ。
我々は田舎に住んでいる。家から出て数歩歩けば、見渡す限りの田んぼが広がるような田舎。
そういう田舎に住んでいると、病院は徒歩圏内にない。どこに行くにも車が必要で、歯医者だって選択肢が限られる。
こういう場合、よほどのヤブ医者との噂が立っていない限り、家から一番近い病院を選ぶ人が多い。我々ももれなくそう。じゃないと、通うのが面倒になってしまう。
家から一番近い歯医者は、車で片道15分くらいかかる場所にある。田舎なので、これが一番近い歯医者なのだ。
家から近いからその歯医者を選んでいた。
そう。言ってしまえば偶然選んで通っていた歯医者と言える。
その偶然選んで通っていた歯医者には、口腔外科の先生が在籍していた。そんなことは露知らず、この日もいつも通り院長が診てくれるものと思ってたんだと思う。
普段歯医者に行くと、院長が診てくれることが圧倒的に多い。でも、この日は偶然口腔外科の先生が同居人を診た。
これがすべての始まりだった。なにか大きなことが始まるときは、特に前触れがないことが多い。なんて卑怯なんだと思う。
虫歯治療に行った同居人は、多分2時間と経たず帰宅したと思う。いつも歯医者にかかるくらいの時間だった。早すぎず遅すぎない所要時間だったような記憶がある。
「ただいま」
「んー。おかえり」
麻酔した? という問いかけをする前に、同居人が持っていた大きめの封筒が目に入った。
どこからの郵便やと思っていたら、同居人と一旦目が合った。なんやろと思った。
「なんそれ」
封筒の正体を問うと、同居人はいつも通りの表情なのに、ただならぬ雰囲気だけを先行して醸し出し始めた。不気味極まりない。無表情なのが、更に不気味である。
「紹介状」
歯医者で紹介状をもらうなんて、初耳だった。
「紹介状?」
発達持ちの私は、こういうとき裏切ることなくオウム返ししかできない。
「手術になるっぽい」
「えぇ?」
薄いリアクションを投げ合った。
遡ること、歯医者にて。
この日は口腔外科の先生が担当だったらしい。
口を開けて、先生が虫歯の様子を伺う。そこまではいつも通りだったが、噛み合わせを見たとき。
「あーこれ、噛み合わせ深すぎですね。多分手術対象になります」
一目瞭然だったようで、すぐにこう言われたとのこと。通常の虫歯治療を受けて、そのまま紹介状をもらって帰宅。
冒頭で展開した話の流れになる。
手術ってどういうことなの。というのが、正直なところ。
どこを切るんや。
噛み合わせが深い場合どこをオペするのかさえ、このとき私は知らなかった。
「どこの病院で手術なん?」
どこをどういう風に切るのか知らないけど、オペとなるとこの田舎ではさらに病院が限られる。
市内でも大きな病院となると片道20~30分の道のり。隣の市となると、更に遠い。ちなみに私が緊急オペを受けたのは、隣の市の大きな病院だった。
「最初に矯正歯科に行く予約を取って、そこで手術になるか診てもらうみたい」
「矯正歯科なんか、この近所にあったっけ?」
全く覚えがない。矯正歯科なんてどこにあるのだろうか。
「大きい市にある矯正歯科」
「どわー! マジか!」
大きな市は、隣の隣の市に当たる。要するに遠い。
矯正歯科の受診は、完全予約制。こればかりは私が予約を取るわけにはいかない。だって私が受診するわけではないし、歯医者でなにを言われて予約を取らねばならないか把握していないためである。
この話を何度も同居人にしたのに、「電話は好きじゃない」というわけわからん言い訳をして予約を取り渋った。「いい加減にしてくれんか」と、そっと私に急かされ、封筒が手元に着て数週間後ようやく矯正歯科受診の予約を取った。
まさかこの矯正歯科の受診が、長い戦いの幕開けになるとは、このとき我々は露とも思っていなかった。
紹介状を持参して、いざ初めての矯正歯科へ!
なぜか私も引率することに……!!




