第三十六話 次なる標的
ヴァルネと酒を酌み交わしながら、ナタルが静かに問いかける。
「ヴァルネ。残るエンシェントドラゴンのうち……次に狙うべき『3体目』についての情報を出せ」
ヴァルネは琥珀色の液体が入ったグラスを傾け、楽しそうに瞳を輝かせた。
「ふふ、本当に欲がないというか、貪欲というか……いいわよ。1体目で『空間歪曲』、2体目の『嵐龍』で『絶対切断』と『超風圧』のコードを最適化したあなたが、次に喰らうべき『3体目のセキュリティコア』について教えてあげる」
ヴァルネは指を一本立て、妖しく微笑みながら続けた。
* 識別個体名:『深淵巨龍・ヴォイド・ドラゴン』
* 統括ノード(潜伏地):『極東・漆黒の大空洞(ノード07)』
* 司る主要概念(権能):『空間虚無』『絶対重力歪曲』『存在消滅領域』
「1体目の『空間歪曲』や、あなたがかつて喰らったアースドラゴンの『重力制御』をはるかに凌駕する高次元コードよ。周囲の空間そのものを虚無化させて事象ごと消し飛ばす『消滅ブレス』を放ってくるわ」
「消滅、か」
「ええ。しかもアクティブモードに移行した今のあいつは、接触したあらゆる『コード』を物理的な距離ごと削り取って、あなたの『概念吸収』のアクセス距離すら拒絶する『絶対拒絶空間』を展開して待ち構えているわ。……まさに近接殺しの防衛システムね」
ヴァルネは身を乗り出し、ナタルの顔を覗き込んだ。
「でも……その『虚無』と『重力』の概念さえ強奪してあなたの『器』に統合できれば、残る9体のエンシェントドラゴンを狩るための『瞬間移動』と『長距離概念侵食』の基盤が完全に完成するわ。……どうかしら、ナタル? 次の獲物として、申し分ないでしょう?」
「なるほど、確かに獲物としては申し分ないな、しかし成功率も低いのだろう?」
ヴァルネはグラスを弄ぶ手を止め、楽しげに目を細めた。
「あら、察しがいいわね。ええ、その通りよ。過去に『ヴォイド・ドラゴン』の討伐に挑んだ最高峰の冒険者パーティや調査隊の生還率は……実質0%。文字通りの全滅率100%を誇る『絶対に挑んではいけないエラー領域』よ」
彼女は唇を僅かに舐め、ヴォイド・ドラゴンの絶望的な防衛特性を指折り数え始めた。
* 絶対拒絶空間(接触不能):近づく者の距離感覚と空間そのものを消滅させ、物理・魔法を問わずあらゆる干渉を届かせない。
* 存在消滅ブレス:受け止める、あるいは防具で防ぐという概念すら存在せず、かすめただけでデータ(存在)そのものを消し去る。
* 長距離からのハッキング遮断:近づくことすら許されないため、通常の『概念吸収』のアクセス間合い(タッチ)に持ち込むことすら不可能。
「並の猛者なら、間合いに入るどころか存在そのものを消去されて終わり。でも……あなたには1体目から奪った『空間歪曲』と、2体目の嵐龍から奪った『絶対空間切断』のコードがあるわ」
ヴァルネは身を乗り出し、ナタルの前に置かれたグラスのフチをカチリと鳴らした。
「相手が空間を消去して拒絶してくるなら、あなたが持つ『空間歪曲』でその虚無の領域に直接割り込み(オーバーライド)、『切断』のコードで防衛結界の座標ごと切り拓いて突進する……。成功率が極限まで低い『近接殺し』のセキュリティコアだからこそ、その概念を強奪してねじ伏せる価値があるんじゃないかしら?」
「部の悪い賭けは嫌いじゃない。」
ヴァルネは目を丸くしたあと、耐えきれなくなったように喉を鳴らして可憐に笑った。
「くすくす……あははっ! 本当、あなたって人はどこまでもイカれていて最高ね! 全滅率100%の防衛システムを前にして『部の悪さ』を楽しむなんて、バグどころか完全なシステム破壊者よ」
彼女はグラスに残った液体を飲み干すと、机にコンと音を立てて置いた。
「いいわ。その『部が悪い賭け』を勝ち分にするための、私からのちょっとしたアドバイスよ」
ヴァルネはナタルの顔に指先を突きつけ、楽しそうに作戦の要点を口にした。
* 『切断』と『歪曲』の二重展開:ヴォイド・ドラゴンの『存在消滅領域』に対し、1体目の『空間歪曲』で周囲の空間を強引に引き延ばしつつ、2体目の『絶対空間切断』で消滅領域のコードそのものを一時的に切り割く。
* 『重力制御』による超加速アプローチ:接触不能の『絶対拒絶空間』を生成される前に、かつてアースドラゴンから奪った『重力制御』と局所超重力を利用し、光速に近い突撃で一瞬にして『直接タッチ(ハッキング)』の間合いへ潜り込む。
「相手の『消滅ブレス』が放たれるわずかな隙……そのコンマ数秒のインターフェースに『直接触れる』ことさえできれば、あなたの『概念吸収』が虚無のコードを上書きし始めるわ。……生き残って『虚無』すら呑み込んだあなたを見るのが、今から楽しみで仕方ないわね」
ヴァルネは不敵に微笑み、ナタルの反応を伺うようにじっと見つめた。




