第二十三話 再戦そして
大空洞へと続く重厚な大門を押し開くと、そこには以前と変わらぬ異様な「静寂」が立ち込めていた。
広大な空間の中央、宙に浮く巨躯——世界の頂点に君臨する絶対王者『エンシェントドラゴン』。その足元には、黒い鎖に繋がれた『禍つ神の仮面』が不気味に鎮座している。
スターシャを拠点に残し、一人で乗り込んできたナタルを、巨大な蒼い瞳が静かに捉えた。
「……前回は手も足も出させずに追い払ってくれたな」
ナタルは口元を凶悪に歪め、両手の手袋をゆっくりと外した。
前回対峙した際、概念を掠め取ることすら許されなかった「絶対的な強者の余裕」。だが、今のナタルは違う。瞑想によって解体・最適化し、超密度肉体へと昇華させた膨大な概念の「器」が、体内で静かに滾っている。
エンシェントドラゴンの瞳が、怪しく蒼く輝いた。
次の瞬間、咆哮すら伴わない「完全なる暴力」が解き放たれる。世界そのものを砕き潰すかのような暴虐な龍圧と、衝撃波を伴う超高密度の絶対風圧が大空洞を覆い尽くした。前回のナタルを容易く弾き返した、一切の介入を許さぬ絶対の障壁。
「フハッ……これだ! これを待っていた!」
ナタルは退くどころか、地面を爆砕させて正面から突進した。
襲い来る絶望的な風圧の嵐。空間すら歪ませる不可視の刃がナタルの全身を切り刻もうと殺到する。しかし、アースドラゴンから得た『龍鱗絶対防御』と、防衛核のコードから再構築した『超密度肉体構造』が、その圧殺の威力をことごとく正面から受け止めた。
ズゴォォォンッ!!
空気を焦がす凄まじい衝撃波が響き渡る。ナタルの皮膚から赤黒いノイズが激しく噴出し、風圧の暴風を強引に相殺・食破していく。
龍の瞳に、かすかな揺らぎが走った。
理解を超越したバグの接近に対し、エンシェントドラゴンは初めてその巨大な顎を大きく開く。大空洞の全魔力を集束させ、概念そのものを消滅させる極大の崩壊ブレスが練り上げられていく。
「遅い!」
ナタルは重力制御と『水中機動』の推進力を空中で強引に爆発させ、弾丸のごとき速度でブレスの照射軸を掻い潜った。
そして、巨龍の眉間——その強大な絶対領域の核心へと、素手を勢いよく突き立てた。
ドガァァァンッ!!
【概念吸収が発動しました】
【エンシェントドラゴンの『絶対上位権能』『空間歪曲』『万物絶対切断』を複製・加算しました】
脳内に直接流れ込む、これまでの魔物とは根本的に次元の異なる莫大な「概念」のデータ。ナタルの全身の骨が軋み、肉体が膨れ上がるほどの圧力が襲いかかるが、最適化された『器』がその全てを強靭に呑み込んでいく。
「グオオオオオオオオオッ!?」
絶対王者としての存在を脅かされ、エンシェントドラゴンが初めて世界を揺るがす苦悶の咆哮を上げた。巨体を激しくくねらせ、全身から絶対零度の極光と超重力を全方位へ撒き散らしてナタルを振り払おうとする。
だが、ナタルは眉間に指を深く突き立てたまま、凶悪な笑みを深めた。
「暴れるな。お前の持つ『絶対』の全て……俺の喰い扶持として、残さず汲み尽くしてやる!」
ナタルは両手を龍の頭蓋へ強く押し当て、さらなる概念の強奪を開始した。
「グオオオオオオオオッ!?」
巨龍の悲鳴が空間を振るわせる。
『絶対上位権能』や『空間歪曲』のデータを強制的に奪われ、エンシェントドラゴンは激狂したように全放出の極光を放った。だが、ナタルは眉間に突き立てた指をさらに深くねじ込み、その奥にある「深層データ」へと意識をダイブさせた。
その瞬間、ナタルの意識だけが周囲の景色を失い、蒼く光る膨大な情報の海へと没入する。
目前に佇んでいたのは、牙をむく荒々しい龍などではない。
世界の全現象を統御する、あまりに巨大で冷徹な「コア構造体」そのものであった。
(……なんなんだ、この膨大で無機質な存在感は……!?)
これまで喰らってきたアースドラゴンや数々の魔物たちとは、根本から「存在の次元」が異なっていた。生き物としての脈動も、情念も、熱量すらない。
そこにあったのは、膨大な情報の奔流と、システムログの群れ。
ナタルがさらに奥の領域へ『概念吸収』のアクセスを試みたその時——
彼の脳内に、これまでのシステム通知とは明らかに異なる「管理者アクセスログ」が直接雪崩れ込んできた。
【警告:システム上限突破エラー(ID: Lv.1_Nataru)を検知】
【メイン・セキュリティプログラム『ANCIENT_DRAGON.exe』の強制書き換えを確認】
【管理者権限ログの読み込みを開始します——】
脳を焼くようなログの濁流。
ナタルの意識の底に、この「世界(箱庭)」の隠された構造が次々と浮かび上がっていく。
* セキュリティとしての龍:エンシェントドラゴンの正体は古代の生物などではなく、規定値を超過した異常現象を消去するための自動排除装置。
* 作られた箱庭と偽りの歴史:数千年の歴史と信じられていた世界は、実際は創成からわずか数百年しか経っておらず、レベルシステム自体が高次元の存在による「住人の管理ルール」に過ぎない。
(な……んだと……!?)
世界の根底を覆す事実を突きつけられ、ナタルの精神が激しく揺らぐ。
しかし、その驚愕は即座に、沸き立つような凶悪な笑みへと塗り替えられた。
「……くはっ、ハハハハッ! そういうことか……! 世界の理だのレベルだのと澄ましていたものの正体は、ただの『管理ごっこ』だったというわけか!」
意識が現実の大空洞へと引き戻される。
眼前のエンシェントドラゴンは、コア(概念)の深層まで侵食・ハッキングされたことで全身の光を失い、ポリゴンのようにノイズを発しながら崩壊を始めていた。
ナタルは力強く拳を握り込み、消えゆく管理プログラムを見下ろす。
「面白い……。龍だろうが管理者だろうが関係ねえ。この世界を縛るルールそのもの……俺の『器』で残さず喰らい尽くしてやる」
神の領域へ踏み込んだナタルの眼光が、暗闇の中で静かに、そして禍々しく輝いた。




