第十八話 拠点
盗賊団のアジトを壊滅させ、隠し金庫の財産と闇取引のネットワーク、そしてアジトの全財産に関する記憶を『概念吸収』によって奪い取ったナタル。莫大な資金を手に入れた彼は、約束通り街で一番の物件を手に入れるべく動き出します。
『街で一番の屋敷』
盗賊団の頭目から奪い取った金品と、隠し金庫に眠っていた膨大な金貨の山。それは一介の冒険者が一生遊んで暮らせるどころか、小国の国家予算にも匹敵するほどの巨額の財産だった。
「さて……約束通り、手に入れた資金で街で一番巨大な屋敷を買い叩くぞ」
ナタルが冷ややかに告げると、隣を歩くスターシャは「ふーん、有言実行じゃない。で、どの屋敷を狙うつもりなの?」と興味深そうに目を輝かせた。
ナタルが向かったのは、街の貴族街の最奥、小高い丘の上に鎮座する巨大な大邸宅だった。
かつて街を治めていた大貴族が没落し、現在は大手の富裕商人が管理しているというその屋敷は、広大な庭園と重厚な石造りの外観を誇り、まさに街の権威の象徴とも言える場所だった。
敷地の門を潜り、不躾な侵入者に憤慨して出てきた管理人の商人は、ナタルの身なりと「Lv.1」という冒険者証の表示を見るやいなや、鼻で笑った。
「ハッ! Lv.1の貧相な荷物持ちが何の用だ? ここは貴様のようなハエが立ち入っていい場所ではないぞ。隣のハイエルフの威光を傘に着て冷やかしに来たのなら、すぐに失せろ!」
以前の冒険者たちと同じく、世間の理とステータス(レベル)に縛られた愚かな態度。ナタルは眉ひとつ動かさず、ただ静かに黒い手袋をはめ直した手を前に差し出した。
「話し合いをしに来たわけではない。買い叩きに来た」
「な、なんだと……!?」
次の瞬間、ナタルが空間の袋から取り出したのは、溢れんばかりの純金貨が詰まった巨大な革袋の数々だった。ズシン、ズシンと重厚な音を立てて足元に積み上がっていく圧倒的な金の山に、商人の顔色が瞬時に蒼白へと変わる。
「こ、これは……!? 一体どこからこんな大金を……!?」
「金額の倍だ」
ナタルは冷徹な瞳で商人を見下ろした。
「この屋敷の提示価格の倍の金をここに置いていく。ただし条件がある。今すぐ全権を俺に譲渡し、この街のギルドと領主へ『正式な所有権の移転』の手続きを即座に完了させろ。断れば……お前がこれまで闇取引で溜め込んできた不正の証拠を、すべて公に晒す」
盗賊団の頭目の記憶から引き出した『闇市場の取引ネットワーク』の情報。そこには、この商人が裏で盗賊団と繋がっていた致命的な証拠も含まれていたのだ。
「ひっ……! な、なぜそれを……! わ、分かった! 譲る! 屋敷の所有権はすべてあんたのものだ!!」
命と財産を脅かされた商人は、ナタルの放つ圧倒的な威圧感の前に膝を折り、震える手で即座に所有権の譲渡書類にサインした。
こうしてナタルは、合法的に街で最も巨大で堅牢な「屋敷」を新たな拠点として手に入れたのだった。
豪邸での新たな生活と拠点
広大な屋敷のバルコニーに立ち、街全体を見下ろすナタル。
追放された際には着の身着のままで、スターシャに宿代や食事代まで立て替えさせていた状況から一転、彼は自らの手で圧倒的な「拠点の確保」と「潤沢な資金」を用意してみせたのだった。
後ろからフリル付きの豪勢なソファに深々と腰掛けたスターシャが、ワイングラスを傾けながら楽しそうに声をかけてくる。
「くすくす……あはは! いやあ、見事な買い叩きっぷりだったわね! 盗賊の記憶で揺さぶって、倍の金で口を塞ぐなんて。さすがは私の気に入った男だわ」
「これで、お前に立て替えさせていた旅費や備品代の『倍返し』の約束は果たせる」
ナタルは振り向き、手元に残った膨大な金貨の山をスターシャの前のテーブルに提示した。
「ふん、律儀ね。でもまあ、これだけの屋敷なら文句はないわ。部屋も余るほどあるし、これからはここを拠点にして、じっくり世界の理を踏みにじる準備ができるじゃない?」
スターシャは満足そうに微笑むと、ナタルに向かってグラスを掲げた。
「改めて、おめでとうナタル。最弱の荷物持ち様が手に入れた、最初の『城』ね。」
「単なる通過点だ」
ナタルは眼下に広がる街の灯りを見つめながら、冷たい笑みを浮かべた。
「拠点と資金は整った。次は……俺を捨てた元仲間たちと、この世界から、すべてを奪い尽くす番だ」
「屋敷の居心地は悪くないわね」
広大な屋敷のバルコニーから夜の街並みを眺め、スターシャは満足そうにワイングラスを傾けていた。
盗賊団【黒い牙】を合法的に壊滅させ、奪い取った莫大な隠し財産で街一番の屋敷を購入。さらには、スターシャに立て替えさせていた金も約束通り「倍」にして全額返還してみせた。
追放された当時は着の身着のままであったナタルだが、今や完璧な拠点と潤沢な資金、そしてSランクという地位までもその手中に収めていた。
ナタルは静かに黒い手袋をはめ直し、手元にある古びた羊皮紙の地図を見つめていた。
「スターシャ。次はどの『理』を喰らうか……すでに決めてある」
「あら、仕事中毒ねぇ。資金も家も手に入ったんだから、少しはのんびりすればいいのに」
スターシャはくすくすと笑いながらバルコニーの欄干に背を預けたが、ナタルの真剣な眼差しを見て、楽しそうに瞳を輝かせた。
「で? 今度はどこへ行く気? 港町の『古代水没迷宮』の次は……もっと骨のある場所かしら?」
「この街から北へ三日。断崖絶壁の底に広がる未開の広大ダンジョン——『黒銀の奈落』だ」
ナタルが指で示したその場所の名を聞き、スターシャは少しだけ驚いたように眉をひそめた。
「『黒銀の奈落』……? あそこはギルドでもSSランク以上の立ち入り調査が推奨されている超高難易度のダンジョンよ? 階層ごとに物理法則すら歪んでいると言われていて、最深部に到達した者は400年の間、一人もいないわ」
「だからこそ行く価値がある」
ナタルは冷ややかな笑みを浮かべた。
「水没迷宮の『リヴァイアサン』を喰らったことで、俺の『器』はさらに広がった。だが、世界の理を完全に上書きするには、まだ足りん。『黒銀の奈落』に眠る歪んだ概念、そして深層を支配する未知の強者ども……その全てを俺の血肉とする」
「ふふ……相変わらず傲慢で、ゾクゾクするほど欲張りね」
スターシャはグラスを置くと、ナタルの隣に並んで夜風に髪をなびかせた。
「いいわよ。最弱の『Lv.1』が世界を踏みにじるお散歩……『黒銀の奈落』でも、特等席で見物させてもらうわ!」




