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トップアイドルのアイツと私 ―バレてはいけない秘密の関係―  作者: *しおり*


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5 森の川辺

 ドライブを始めてから、約40分。やがて車は、鳥のさえずりと透き通った川のせせらぎだけが響く、人気のない静かな山奥の河川敷に到着した。


「うおーっ! 大自然マジで最高!!」  


 車から降りるなり、ユゴンが両手を広げて思い切り深呼吸をした。そして何を血迷ったのか、ニヤニヤしながらスニーカーを脱ぎ捨て、そのまま川へと向かおうとする。


「よし、俺ちょっとこの川に服のままダイブして大自然と一体化してくるわ!」

「ちょ、ちょっと待って!! 帰りの車のこと考えてるの!?」


  私が慌てて兄の首ねっこを引っ張って引き止めると、後から車を降りてきたスホが「……ヒョン、マジで一度川に流されて社会的に死ねばいいのに」と心底冷ややかな目を向けた。


「なんだよ、誰もいねぇからいいだろ! 水遊びは男のロマンなんだよ!」

「ロマンの意味調べ直してこいバカ兄貴!」


 あー本当にありえない。 頭を抱えて呆れ果てながら、私は荷物を抱えて、木漏れ日が揺れる川辺へと降りていった。

 ひんやりとした透明な水に足をつけると、ユゴンが「おらっ!」と容赦なく冷たい水を蹴り上げてくる。


「きゃっ! ちょっとお兄ちゃん、冷たい!」

「ははっ、ジウお前トロすぎ! ほらスホ、お前も水切り勝負だ!」

「……は? 子供かよ。絶対やらねぇ」  


 呆れたように言い捨てながらも、スホは足元で手頃な平たい石を拾い上げ、ユゴンに対抗して軽く腕を振り抜いた。  

 ――ただ石を投げただけだというのに、そのフォームは腹立たしいほど無駄がなく、しなやかだった。川の水面に反射した光が彼のプラチナブロンドの髪をきらめかせる。  

 石はポンポンと軽快に水面を跳ね、ユゴンの記録をあっさりと抜いて対岸の茂みまで届いてしまった。


「よっしゃ、俺の勝ち」

「はぁ!? 今の風のせいだろ、もう一回だ!」

「……ほんっと、小学生男子なんだから」


 呆れ顔でツッコミを入れながらも、私は何だかおかしくて笑ってしまった。 半年ぶりに顔を合わせたはずなのに、いざこうやって一緒にいると、あっという間にいつものくだらない空気に引き戻されてしまう。


 まだ二人が今ほど有名じゃなかった頃――練習生時代やデビューしたての頃は、少しでも休みができると、変装もせずに近所の川でサワガニを探したり、チャリで爆走して近所のおばちゃんに怒られたり、たくさん遊んだ。

 今思えば、お兄ちゃんなりにスホを元気づけようとして連れ出したんだろうけど、選ぶ遊びがサワガニ捕りとか小学生レベルで意味分かんなかったな。


 今や世界中を飛び回る有名人になって、顔バレを気にしてこんな人気の山奥まで来なきゃいけないけれど、こうやってムキになって石を投げ合っている姿を見ていると、あの頃と何一つ変わっていない気がした。


 木漏れ日が揺れる川辺で、しばらく三人で本気になって水切りをして遊んだり、冷たい水に足をつけて騒いだりした後、私たちは木陰に広げた大きなレジャーシートに腰を下ろした。


 お母さんが持たせてくれた三段重の特大ピクニック弁当は、育ち盛りの男二人の胃袋によってあっという間に空っぽになった。甘い卵焼きも、山盛りの唐揚げも、綺麗に跡形もない。世の中の女子がダイエットで苦しんでいるのが馬鹿らしくなるほどの食べっぷりだ。


「あー……食った食った。マジで腹いっぱい。風、気持ちよすぎ……大自然の中はマジで最高だな!」


 空になったタッパーを片付ける私の横で、ユゴンが早々にレジャーシートの上に大の字になって寝転がった。木漏れ日を浴びながら、すでに半分目が閉じかかっている。


「ちょっと、食べた直後に寝ないでよ。ほんとどこでも倒れ込めるんだから」

「いいの……ここ大自然だし。……あー、でも静かすぎて落ちつかねぇな。ハヌルたちも連れてくればよかった。あいつらがいたら今頃絶対、服のまま川にダイブして騒いでるわ」


 ウトウトしながらユゴンが呟くと、シートの端で膝を立てて座っていたスホが、ペットボトルの水を飲みながら鼻で笑った。


「……連れてこなくて正解だろ。あいつらいたら、静かに飯も食えない」

「まあな。シウなんて絶対、変な虫捕まえて投げつけてくるし」

「で、ハヌルが川で暴れて足滑らせる。目に見えてる」

「ははっ……容易に想像つくわ……」


 楽しそうに笑い合う二人の会話を聞いた瞬間、私はタッパーを片付ける手をピタリと止め、すかさず身を乗り出した。


「えっ、じゃあテギョンオッパは!? テギョンオッパがここにいたら何してるの!?」

「うおっ、急に入ってくんなよ」


 勢いよく詰め寄った私に、ユゴンが薄目を開けて苦笑いする。


「テギョンヒョン? あの人は……ハヌルが溺れないように浅瀬で見張った後、木陰でコーヒー飲みながら難しい本読んでるよ……」

「うわぁっ……! 完璧じゃん! 大自然の中で読書するテギョンオッパ、絶対絵になる! 雑誌のグラビアみたい……!」


 私が両手を頬に当ててうっとりと天を仰ぐと、隣から「フン」と冷ややかな鼻鳴らしが聞こえた。  


 「……はっ。あのヒョンがそんな格好つけるわけねぇだろ。あいつ、インドアだし、虫が一匹飛んできただけで本気で逃げ出す」

「ちょっと! 嘘つかないでよ! テギョンオッパが虫嫌いなわけ……」

「嘘じゃねぇし。先月のロケで蜂が飛んできた時、平然とした顔して俺のことさりげなく盾にして後ずさってたからな。ヒョン、大人ぶってるけど普通にビビりだから」

「……っ、それはオッパが冷静に避難誘導してただけでしょ! あんたみたいにギャーギャー騒がないの!」


 スホがムキになって言い返してくる。

 なぜか耳の裏が少しだけ赤くなっていて、シートからはみ出た手元の草を、親指と人差し指でブチブチと無意味に引きちぎり始めていた。


(……だめだ、こいつと話してても埒が明かない)


 昨日もお母さんの前で散々けなしてきたくせに、本当にしつこい。私は呆れて溜息をつくと、助けを求めるように、横で大の字になって寝こけているお兄ちゃんへと振り向いた。


「ちょっとお兄ちゃんからも言ってやってよ。テギョンオッパの魅力――って、寝てるし!」

「……すぅ……」


 大の字になったユゴンは、顔にタオルを乗せたまま、すでに規則正しい寝息を立てていた。完全に熟睡モードだ。

「……嘘でしょ、本当に寝た」


 呆れて肩を落とすと同時に、私の中からふっと力が抜けた。


 ユゴンの足元に転がっていた空のペットボトルを拾い上げ、タッパーの脇にまとめる。それだけの動作を終えてしまうと、もう私がやるべき片付けは何もなくなってしまった。

 レジャーシートの上に改めて腰を据え直し、ぎゅっと膝を抱え込む。 さっきまでの車内のバカ騒ぎや、シートの上でのくだらない言い合いが嘘みたいに遠のき、耳に飛び込んでくる音ががらりと変わっていった。


 草を撫でて吹き抜けるひんやりとした山の風。頭上の木々がサワサワと葉を擦れ合わせる音と、陽光を反射してキラキラと眩しく跳ねる川面の輝き。 深々と息を吸い込むと、澄んだ空気と一緒に、踏み荒らされた青草と土の匂いが胸いっぱいに広がった。


(……ふぅ。なんか、急に静かになったな)


 ドライブの疲れと、お腹がいっぱいになった満足感。それにポカポカとした温かい日差しが重なって、身体がじんわりと重くなっていく。


 本当なら、私もこのまま横になってお昼寝でもしたいところだ。


 なのに――。


抱えた膝の上に顎を乗せ、揺れる川面をじっと見つめている私の胸の奥だけが、なんだか妙に落ち着かないのだった。に顎を乗せ、なんとなく目の前の川へ視線を逃がした。  

 ……普段なら、お兄ちゃんが寝落ちしたって何とも思わないはずなのだ。  

 お兄ちゃんがくだらない冗談を言って、私がツッコミを入れて、スホが鼻で笑う、その賑やかな中心がいなくなったら残された二人で適当に時間を潰す――そんなの、昔から日常茶飯事だったはずなのに


(…………)


 膝を抱えたまま、横目でそっとスホの横顔を窺う。  

 スホは伸ばした脚の先を見つめたまま、むしった草を指先でいじり、静かに口を結んでいた。


 不意に昨日の夜、暗いテラスで見せてしまった彼の苦しそうな背中と汗を消すように浴びていた強い香水の匂いや、指先に触れた氷のように冷たい感触が蘇る。  

 必死で隠そうとしている”弱み”を覗き込んでしまったような後ろめたさと、踏み込みすぎてしまった気まずさが、胸の端っこにずっと棘みたいに刺さっている。


 これが原因だ、絶対。

 いつもの調子で雑に扱っていいのか、それとも触れちゃいけないのか、変に意識すればするほど、彼との間の数センチの距離や、服擦れの音ひとつすら息苦しく感じられてしまう。


(ダメだ、考えすぎ。いつも通り、いつも通り……)


 自分の心臓の音が妙に大きく聞こえるのを誤魔化したくて、私は川面の光をじっと見つめながら、ぽつりと口を開いた。


「……お兄ちゃん、昔からほんとどこでも寝るよね」

「……あ?」

「去年の冬、お兄ちゃんが急に言い出して三人で映画観に行った時もそうだったじゃん。始まって十分で爆睡してさ。終わった後、二人で映画館の隣のアイス屋に入ったの覚えてる?」


 スホの手元がピタリと止まる。彼は弄っていた草をシートに落とすと、ふっと短く鼻で笑った。


「あぁ。ヒョンがベンチで寝こけてる横で、お前が寒いくせに限定のチョコソースかかったダブル頼んで、腹壊しかけてただろ」

「ちょっと! なんで余計なことまで覚えてんのよ!」

 

 いつもの意地悪なスホの反応に、私は内心でほっと胸を撫で下ろした。なんだ、変に身構えていたのは私だけだったのだ。

 ……けれど、その笑い声が途切れ、再び静寂が降りてきた時、ふいに、隣に座るスホからの刺さるような視線を感じた。

 思わず息を呑んで視線を返すと、スホは言葉もなく、氷のように静かで強い瞳で私をじっと見つめていた。


 (……え、嘘でしょ……っ)


 ドクン、と嫌な音を立てて心臓が跳ね上がる。  


 ――もしかして、昨日の夜、暗いテラスで電話を握りしめていたのを私が見たことに気づいてる……!?


 余計な覗き見すんなって怒られるのか、それとも突き放されるのか、ドキマギしながら私が身体を強張らせたその瞬間、

 スホはバサッと音を立てて、勢いよく立ち上がった。長身の彼の影が、シートに座る私をすっぽりと覆い隠す。


「……ヒョンの寝息、地味にうるさくて気散る。ちょっとそこら辺歩いてくる」


 スホはジャージのポケットに両手を突っ込み、少し荒い動作で落ち葉を踏みしめた。そして、私を見下ろしたまま、視線だけを明後日の方向へと逸らす。


「……お前も、ここでバカ面見てても暇だろ。来いよ」

「は? なんで私が」

「遭難したら困るからだろ。ほら、早く」


 相変わらずの命令形だが、そっぽを向いた耳の裏が、ほんのり赤い。


(……な、なんだ、怒って……ない……?)


 昨日の件がバレて怒られるとばかり思っていた私は、拍子抜けしてパチパチと瞬きをした。  

 同時に、一人で歩くのが寂しいからと見苦しい言い訳をする不器用さに、可笑しさがこみ上げてくる。


(ほんっと、素直じゃないんだから。最初から一緒に行こうって言えばいいのに……)


 私は胸を撫で下ろすと、素直に立ち上がってスニーカーを履き直した。

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