第3話 スープ。
「おい。お前、飯を持ってきたぞ。食え」
「……」
寝台に起き上っていたその子に、ゼリーさんに言われてご飯を食べさせるのが俺の仕事になった。拾ってきた以上、責任はある。女の子は入院用の部屋から、普通の客室に引っ越した。まあ、あんまり変わり映えはしないけど。
「ゼリーさんのスープは美味いぞ?」
スープをスプーンでかき混ぜながら声をかける。
「……」
開け放った窓から山を眺めているその子は、微動だにしない。
「…お前、耳が…聞こえないのか?」
叔父貴は飯さえ食べれば元気になると言っていたが、耳が聞こえなかったのか?
シリルがわかりやすく戸惑っていると、ふっとその子がこちらを向いた。
「…クラリス…です」
相変わらず白を通り越して、青白いほどの顔色だが、ゼリーさんが髪を梳いて緩く縛ってくれたから、さすがにばあさんには見えない。
「え、ああ、クラリス?飯を食え。食べなきゃ元気にならねえぞ?」
寝台に寄せて椅子を運んで、シリルがスプーンでスープを掬ってクラリスの口元に運ぶ。
「俺の拾ってきた犬や猫も、飯を食って元気になった。今度紹介してやるからな。ほら、口を開けろ。」
犬や猫と同じ扱いがおかしかったのか、クラリスがふっと笑った。
よく煮込んであるスープを、そいつは二口食べた。
三口目で、ふるふると頭を振った。
…無理強いはだめだな、前の犬の時も、急にたくさん食べさせてしまって、腹を壊したし。
「そうか。じゃあ、昼にはもう少し食べよう。今日は、お前、あ、クラリスのことを教えて?」
「え?」
「あ、俺はシリル。ここにいるのは俺の叔父貴。黒髪の女の人はゼリーさん。あと、俺の拾った犬のジルと猫のトビ。梟のひなも拾ったけど、大人になったら飛んで行った」
皿を片づけて、椅子に座りなおした俺は、クラリスと名乗ったその子に自己紹介した。
「叔父貴は医者だよ。山にこもって薬草の研究をしている。一応、名医らしい。ふふふっ。俺の物心ついた頃には、もうこの山小屋に住み着いていたらしいから、本当に名医かどうかは知らねえんだけどな?」
「まあ、そうなの」
「クラリスはさあ、樫の木の下で俺が拾って来たんだけど、あんな山道でどこに行こうと思っていたのさ?」
「…あの、山」
クラリスが窓から見える山に目をやる。
「え?ラヴィ山?あそこは夏でも万年雪があるんだぜ?俺でも頂上には行ったことがないなあ」
「…そう…」
「で?登山が目的だったのか?」
「…海…」
「ん?」
聞き違いだったかと、シリルは聞き直してしまった。
「海?って、あの、海?で、なんでラヴィ山だったわけ?この国なら南にずっと下ったら暖かい海に出るだろう?道を間違ったのか?」
「…ううん。本の挿絵に…高い山から海が見える、って。その絵の山があの山の形にそっくりだったから。私の部屋の窓からもあの山が見えた。」
ああ…。わかるようなわかんないような…。でも、確かにあの山はこのあたりからはどこからでも見える。なんなら、俺の実家からも見える。
「お、おお、海ね。見えるのかもな。俺も登ったことないからわかんねえけど。山頂から海が見えるなんて、なかなかいいな。」
シリルはあの山の頂から、はるかに平原の向こうに広がる大海原…を想像して、勝手に感動した。
「…うん。死ぬ前に、見たかったから。」
「え?」
叔父貴は脱水と栄養失調だって言ってたけどな…。
「そうか。じゃあ、俺も死ぬ前に山から海、見てみたい。一緒に行くか?」
「え……?」
目を大きく見開いて…クラリスが驚いた顔で俺を見る。俺、なんか変なこと言った?
「え?一生のうち一度くらい、ってことだろ?じゃあ、まずお前は体力をつけて、運動して、それからだな。そのためにはまず、飯を食え。いいな?」
「え、でも…」
「だって、海を見にいくんだろう?」




