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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

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81/81

第81話  雨と土の味

【登場人物紹介】

不知火綾麿しらぬいあやまろ━━━━

 従三位じゅさんみ中将ちゅうじょう。帝と日本を守る『六歌戦ろっかせん』の一人。謎の妖刀『村雨むらさめ』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばを使った不知火しらぬい二刀流にとうりゅうの使い手。江戸徳川政権を激しく憎み、鎌足かまたりを快く思っていない。昨晩起きた蒼鬼あおおに紅鬼あかおにの御所侵攻を退ける。


伊賀の鎌足かまたり━━━━

 江戸城の公儀御庭番こうぎおにわばん伊賀組の小頭こがしらの女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸おにきりまる』を手に、鬼が現れた京都に援軍として派遣される。裏では極秘に朝廷の探索の密命も帯びる。御所警備の責任を問われ、罪の有無や生死を賭けて麒麟きりんと戦うことになる。


くち麒麟きりん━━━━

 従四位下じゅしいのげ少将しょうしょう白鞘しろさやの模造刀を手にする少年公家。天舞てんまと呼ばれる剣技を操り、御所警備の北番と南番を務める。性格は執念深く自己中心的。人によって態度ががらりと変わる。些細な出来事から生じていた鎌足かまたりとの確執は根深く、地位と命を賭けて鎌足かまたりと戦うことになる。


美桜みお━━━━

 京都御所を訪れた鎌足かまたりが出会った、桜色の髪飾りと着物の可愛い少女。鎌足かまたりとは歳も近く、友達だと思っている。鎌足かまたり麒麟きりんの戦いを聞き、駆け付けるのだが⋯⋯。


 ━━━━鎌足かまたり麒麟きりんの間に割って入ろうとする人影。


 それは三日前と二日前に内裏だいりで出会い、少年と共に鎌足かまたりに親しみの笑顔を浮かべてくれた、あの少女。


 美桜みおだった。


 鎌足かまたりにとっては完全に想定外だった。

 観衆が、ましてや顔馴染みの者が飛び出してくることなど、頭の片隅にも考えていなかった。

 

 この時、鎌足かまたりの鎖は白い霧の中、完全に死角となる空高くを飛翔していた。

 麒麟きりん天舞てんましなりもまた常人の目には捉えられない。

 ただ鎌足かまたりの事だけを想い案じている美桜みおは、そんな危険な刃の間合いにはまるで気付くこと無く、麒麟きりんの背後近くにまで迫っている。


 後は最後の一撃を残すのみ。

 十中八九、勝利は手にしている。

 しかし鎖を握る鎌足かまたりの右手は躊躇ちゅうちょしていた。


(⋯⋯ッ! 鬼切丸おにきりまる鎌鼬かまいたち鎖分銅くさりふんどう。万が一にでも外したり、美桜みおの接近で麒麟きりんに大きく避けられたら⋯⋯、美桜みおに衝撃がそのまま当たってしま⋯⋯うッ⋯⋯!?)


 鎌足かまたりは唇を噛んだ。


 忍の心は刃の心。

 課せられた任務や己の正義のためには、時には人としての心を斬り、人としての一切の情けを捨てることも求められる。

 それを成せてこそ、一流の忍。

 そう御頭おかしら幻斎げんさいに教えられ、また鎌足かまたり自身もそうで在りたいと願いながら生きてきた。


 この生と死の狭間にあって、これがその“一流の忍”であったならば、いくら顔見知りとは言えどもゆかりの薄い美桜みおには一切構わず迷わず、己の正義の刃を麒麟きりんに突き立てていたのかもしれない。


 しかしこの時。

 鎌足かまたりは”忍“の心ではなく、“人”の心で在り続けた。


 鎌足かまたりの指から力が抜ける。

 鎖の威力も一瞬にして半減、それ以下になっていた。

 鎌鼬かまいたちの波動が伝わりきらなかった鬼切丸おにきりまるは、麒麟きりんの首をもう少しでかすめる距離で、虚しく空を斬っていた。


 鎌足かまたりの”空振り“を見届けた麒麟きりんが、想定していた通りの高笑いで鎌足かまたりを散々にあざけった。


「⋯⋯あっははははは!! 勝ったと思ったのに残念でしたぁ! おしい! ⋯⋯いや、おそい! こんな陳腐ちんぷな技で勝ったつもりか! こんな攻撃、最初はなからお見通しなんだよ! 己の無力さを知るがいい!! 馬鹿め!!」


 鎌足かまたりの目の前に、唐突に螺旋らせんの渦が迫る。

 それは麒麟きりんの手首の撓りから生じた波動。

 天舞てんまの衝撃だった。


「⋯⋯しまッ!?」


 空振りした鎖を手元に引き寄せながら、鎌足かまたりは後ろに飛び退いた。

 しかしこの時、鎌足かまたりは既に自身の身体を危険地帯の最前線へと晒していた。

 元々が鎌鼬かまいたちを繰り出す事を前提とした流れの最中。

 麒麟きりんの意識を逸らすため、自分から天舞てんまの間合いに一歩足を踏み込んでいた。

 しかも麒麟きりんの本気の腕のしなりの速さは、鎌足かまたりの想像を遥かに超えていた。

 最後に鎌鼬かまいたちを放てなかった鎌足かまたりにとっては、そのたった一歩が大きな誤算となっていた。



「⋯⋯ッ、鎌足かまたり殿っ!!」


 思わず立ち上がった兼季かねすえが大きな声を上げた。


「⋯⋯⋯⋯」


 対象的に綾麿あやまろは、そんな背後の悲痛な声にも、ほんの僅かに後ろを振り向いただけで無言を貫いていた。


 観衆たちが全員、息を呑む。

 

 

 鎌足かまたりの退いた脚が、地につくよりも先だった。

 獣の爪であらゆる方向に幾重にも引っ掻いたような、そんな赤い筋が鎌足かまたりの胸に走る。

 そしてその赤い筋からは、麒麟きりんの腕の傷の血とは比べ物にならない程の大量の鮮血がほとばしった。


「⋯⋯が、⋯⋯がああああッッッッっっっ⋯⋯!」


 鎖を引きながら後ろに飛び退いた勢い。

 天舞てんまの衝撃。

 その二つの力を受けるがままだった。


 鎌足かまたりは遥か後方へと吹っ飛んでいた。

 自分の身体に何が起きたかも分からず、弓なりに仰け反りながら、地に落ちていく。

 首をかしげて見開いた鎌足かまたりの瞳に、模造の刃を突き出した麒麟きりんの勝ち誇った嫌な笑みが映った。

 そんな麒麟きりんの後ろに映るのは、目の前で突然に起きた惨劇に驚き、口に手を当てて目を潤ませる美桜みおの姿。


「⋯⋯あ、美桜みおは無事だ⋯⋯。よ、か⋯⋯っ⋯⋯た」


 宙を舞いながら鎌足かまたり呆然ぼうぜんつぶやいた。


 視界に赤黒い血の飛沫しぶきが舞う。

 瞳が一瞬、ふっ⋯⋯といろを失う。


 激しい落下音、そして巻き上がる砂埃すなぼこり



 再び瞳に色を取り戻した時、胸を斬り裂かれた鎌足かまたりは地面に大の字で横たわっていた。


 飛び退いた事。

 引いた鎖が幾分かは壁となった事。

 そして忍装束の下に鎖帷子くさりかたびらを着ていた事が幸いしたのかもしれない。

 真正面から受けた天舞てんまの傷にも関わらず、致命傷と成り得る重傷は免れていた。


 身動き一つ出来ずに横たわる鎌足かまたりを心配して寄り添うように、鎖も鎌も鬼切丸おにきりまるも相棒たちは皆、鎌足かまたりのすぐ近くに落ちていた。

 しかし今の鎌足かまたりには、もう武器を拾える気力や体力は残されていなかった。

 昨日までの蓄積された疲れ、毒、傷、そして気力を振り絞った渾身の流れから受けた、胸への酷い裂傷。

 小さな身体はもう限界を迎えていた。



(⋯⋯身体が、動かない⋯⋯)



 そんな鎌足かまたりの耳に、玉砂利を踏み締める音が聞こえてくる。

 その音はどんどん大きく、近くなっていく。

 それは誰かが自分の元に歩み寄ってくる足音だった。


 なんとか首だけを起こす。

 鎌足かまたりはその足音が聞こえる方へと目を流した。



「⋯⋯ぐ⋯⋯、⋯⋯あっ」



 ⋯⋯足音の主は、麒麟きりんだった。



「⋯⋯よお。⋯⋯まだ生きていたか。しぶといな」



 麒麟きりんは足元に落ちている鎖鎌を遠くへと思い切り蹴飛ばすと、さげすみに満ちた顔でにやりと笑う。

 そして鬼切丸おにきりまるを拾い上げ、手の中で興味深そうにあれこれともてあそびながら、横たわる鎌足かまたりのすぐ隣に立って得意気に敗者を見下ろした。


「⋯⋯はははは、薄っぺらい刀だなぁ。何だ、これ。こんなのでよく蒼鬼紅鬼おにに勝てたな。笑わせてくれるぜ」


 麒麟きりん鬼切丸おにきりまるを振り上げ、あざけるように鎌足かまたりの顔の真横へと突き刺した。


「⋯⋯くっ」


 鎌足かまたり鬼切丸おにきりまるに目を流し、再び麒麟きりんを見上げた時。

 麒麟きりんの顔は鎌足かまたりのすぐ目の前にあった。

 鬼切丸おにきりまるを突き刺した麒麟きりんは、次は拳を振り上げながらそのまま鎌足かまたりに馬乗りになっていた。


「とりあえずは左頬きのうのお返しだ! 潰れろ!」


 そして無抵抗の鎌足かまたりの顔を、左目や左頬を中心にして何度も何度も殴り始めた。


「⋯⋯がッ!? ⋯⋯ぎゃっ、ぐぅッ! ⋯⋯がはぁッ!!」


 後はもう、されるがままだった。

 麒麟きりんの容赦の無い殴打に、鎌足かまたりの顔がどんどん腫れ上がっていく。

 

 観衆たちも戦いの終わりを悟っていた。


(⋯⋯おほほほほ。やはりのう。ちと難しい勝負ではあったのう。⋯⋯哀れ哀れ、無残やなぁ、おほほほ)

(⋯⋯ほんに。まさか、とは思うたがやはり女子おなごよ。少将しょうしょうには遠く及ばぬわ。⋯⋯ほほほ)

(⋯⋯江戸者の血で由緒正しき庭がけがれまするな。⋯⋯さて皆々様、これ以上は目の毒。処刑は少将しょうしょう殿にお任せして、紫宸殿ししんでんに戻り、茶でも一杯。⋯⋯おほほほ)

(⋯⋯いやいや、麿まろはあの女子おなごの苦痛に満ちた顔を最後まで見るでおじゃる。⋯⋯この上ない見世物じゃ)


 笑いながら散開していく公家たち。

 好奇に溢れた視線を投げかけ続ける公家たち。

 そんな色とりどりの高らかな声が、鎌足かまたりの耳に聞こえてきた。


 公家たちの醜悪な声だけはない。

 観衆の溜め息混じりの声も、かすかに響いてくる。


(⋯⋯ああ、駄目か、やっぱり勝てなかったか)

(⋯⋯このまま死罪になるなんて可哀想に⋯⋯)

(⋯⋯折角昨日を無事に生き延びれたのになあ)


 目を覆いながら、観衆の多くが立ち去っていく。

 それでも麒麟きりんの激しい殴打は続いていた。

 鼓膜までが潰れていくように感じる中、鎌足かまたりの耳が拾ったのは、美桜みおの悲鳴にも似た涙混じりの声だった。


(⋯⋯ひ、酷い、お願いです! 誰か止めてください! 鎌足かまたりさんが死んでしまいます⋯⋯!)



 ⋯⋯鎌足かまたりの意識が遠くなる。



 それを防ぐように麒麟きりんが拳を止め、鎌足かまたりの胸ぐらを掴んで持ち上げた。


「⋯⋯おい、おねんねにはちっとばかり早くねえか?」


 そして鎌足かまたりの意識を再び呼び覚ますように、激しく揺さぶった。


「⋯⋯あ⋯⋯う、⋯⋯うぅ、⋯⋯うう⋯⋯ぅ」


 がく々と力無く前後に揺れる鎌足かまたりの顔は、麒麟きりんの左頬以上に見るも無残に腫れ上がっていた。


「⋯⋯はっははははは、ざまあねえなあ、無様だなあ、鎌足かまたりぃぃ? 最後に意地で天舞柘榴てんまざくろの直撃をかわしたのは褒めてやるが、残念ながらここまでだ。これで約束通り死罪確定だな。おさらば、だ。⋯⋯あっははははは」


「⋯⋯い、言い訳はしない、私の負けだ⋯⋯。⋯⋯や、敗れた、戦いに敗れた、忍の最期はどう、なるか、分かってる⋯⋯。⋯⋯いいよ、殺せ⋯⋯。斬るなり、刻むなり、犯すなり、⋯⋯勝った御前の好きに、しろ⋯⋯よ」


「⋯⋯あぁん?」


 混沌こんとんとした意識の中でも、鎌足かまたりは敗北した忍の取るべき道、すなわち”死の覚悟“を既に決めていた。


「⋯⋯へんっ、⋯⋯まあ、犯すのは無理か⋯⋯。お、御前が下にぶら下げてるのも、模造刀もぞうとうだもんな。⋯⋯は、あははは」


「⋯⋯はあッ!? ⋯⋯こ、此奴こいつ! まだ減らず口を!」


 麒麟きりんが怒りで顔を紅潮させる。

 次の瞬間、麒麟きりんの拳は再び鎌足かまたりの顔面を捉えていた。

 再び鎌足かまたりが弓なりとなって宙を舞う。


「⋯⋯あうッ!?」


 後方に飛ばされた鎌足かまたりは、地に激しく打ちつけられ、うつ伏せに倒れ込んだ。



「⋯⋯ッ!? ⋯⋯は、離して! ⋯⋯鎌足さん! ⋯⋯あぁ⋯⋯、⋯⋯鎌足さんを誰か助けて!!」


 歯を食いしばり顔を上げた鎌足かまたりの目に、追いかけてきた警備兵に手を掴まれ、必死にあらが美桜みおの姿が映る。

 そしてその耳にも、今度ははっきりと美桜みおの悲痛な叫び声が聞こえた。


(⋯⋯み、美桜みお⋯⋯、美桜みお⋯⋯っ)



「⋯⋯ふん、殴るのも飽きたし、そろそろ殺そうかな」


 麒麟きりんは邪悪で狂気的な笑みを浮かべ続けていた。

 地に刺さる鬼切丸おにきりまるを引き抜くと、鎌足かまたりに歩み寄る。

 鎌足かまたりはぴくりとも動かない。

 顔面も身体も血だらけ。

 左頬は腫れとあざだらけだった。

 そんな生きたしかばねとも言える状態と化した鎌足かまたりの頭上から、麒麟きりんは冷徹すぎる言葉を吐き捨てた。


「⋯⋯ああ、あとこれ、鬼切丸おにきりまるだっけか? 半刃はんじんのつまらねえ刀だが、仕方ねえ。御前を今から斬り刻んだ後、俺が貰っといてやるよ。ありがたく思え」


「⋯⋯ッ!?」


 麒麟きりんのまさかの言葉。

 その一言に鎌足かまたりが身体を震わせる。

 そして麒麟きりんの予想を上回る、激しい抵抗を見せた。


「⋯⋯そ、それは!? それだけは駄目だ! 負けた私はどうなってもいい、だがそれは伊賀の誇り、百地翁ももち様から頂いた、私の宝物だ!! ⋯⋯か、返せ!!」


「⋯⋯お!? 何だ、こいつ⋯⋯、血だらけで汚えな、衣に血が付くじゃねえか! 離せ、離せよ!」


「返せ! ⋯⋯鬼切丸おにきりまるを返せ!! ⋯⋯返してください!!」


 麒麟きりんは何度も何度も鎌足かまたり足蹴あしげにする。

 しかし麒麟きりんに蹴飛ばされても蹴飛ばされても尚、鎌足かまたりは必死に麒麟きりんの足元にすがり付いた。


「⋯⋯ッ!? は、離せ! 離せったら! この!!」


「⋯⋯ぐがぁっ⋯⋯い、嫌だ、返せ、返して!!」


「⋯⋯ったく、しつこいな御前! ⋯⋯ふん、何だ、こんな片割れ刀! ⋯⋯なら、いらねえよ。でも返しもしねえ。⋯⋯ははは、真っ二つにしてやるよ!」


 引き下がらない鎌足かまたりに、麒麟きりん苛立いらだちは限界を迎えていた。

 そしてそんな麒麟きりんの邪悪な眼差しの対象は、鎌足かまたりから掌の中の鬼切丸おにきりまるへと移ろうとしていた。

 麒麟きりんは手にしていた鬼切丸おにきりまるの切っ先と柄、その両端を握ると、思い切り弓なりにひしゃげていく。


「⋯⋯何だ、結構曲がるな。全然折れないや」


「⋯⋯ああっ、や、やめろ、やめろぉぉ⋯⋯」


「⋯⋯ふんっ。ならこうしてやるよ! おらあッ!!」


 麒麟きりん鬼切丸おにきりまるを振りかぶり、そして地に思い切り叩き付けた。

 鬼切丸おにきりまるが大きく地に弾む。

 麒麟きりんの横暴は止まらない。

 そのまま鬼切丸おにきりまるを踏みつけると、草履の裏で激しく踏みにじった。


「⋯⋯わ、⋯⋯く⋯⋯そぉ、⋯⋯やめろよぉ⋯⋯おぉ」


 鎌足かまたりは自身の身体を叩き付けられ、踏みにじられる想いだった。

 今にも麒麟きりんに飛びかかりたい。

 しかし身体が思うように動かない。

 今の鎌足かまたりに出来る手立ては、麒麟きりんの脚にしがみつくことで精一杯。

 そして玉砂利を思い切り掴み、歯がゆさと悔しさに耐えることだけだった。


「⋯⋯あれ、まだ壊れないや。頑丈だな。⋯⋯あ、そうだ、へへ。いいことを思いついたぞ。⋯⋯天舞てんまの技で、どこまで削れるか試してみよう。⋯⋯ははは、これならぶっ壊れ間違い無しだ」


「⋯⋯え⋯⋯ッ!?」


 麒麟きりんは意地悪そうに微笑むと、鬼切丸おにきりまるを再び地に突き刺した。

 そして自身の刀の刃を鬼切丸おにきりまるに向けてかざしていく。


「⋯⋯や、やめろ⋯⋯、お願いだ、⋯⋯もうやめて!」


 涙すら浮かべながら鎌足かまたり麒麟きりんの足元にすがり付いた。


「邪魔だ、どけ! 引っ込んでろ!!」


 そんな鎌足かまたりを再び蹴り払った麒麟きりんが、舌舐めずりをする。

 その視線の先は、地に刺さる標的。

 無防備な鬼切丸おにきりまるだった。


「⋯⋯や、やめて、⋯⋯やめてよ、やめてください」


 涙と泥と血でぐちゃぐちゃになっている顔を歪ませ、懇願する鎌足かまたり

 そんな姿を一笑に付した麒麟きりんが、その右腕を撓らせようとした時⋯⋯。



 ⋯⋯麒麟きりんとがめる声が飛んだ。



「⋯⋯止めろ、麒麟きりん



「⋯⋯!?」



 振り向いた麒麟きりんの前に立っていた男。



 ⋯⋯それは綾麿あやまろだった。



「⋯⋯鬼切丸おにきりを返してやれ。それは鎌足かまたりの物ではない。『六歌戦ろっかせん』の先達せんだつ、伊賀の百地ももち殿の物だ。⋯⋯後日、百地ももち殿とお会いする時にばつが悪い。⋯⋯返してやれ」


「⋯⋯いや、でも」


「⋯⋯でも、何だ」


「⋯⋯あ、いえ、⋯⋯そんな意味では」


「⋯⋯麒麟きりん麿まろの言うことが聞けぬのか」


「⋯⋯あ、いや、⋯⋯はい、⋯⋯分かりました」


 渋々と麒麟きりんうなずく。

 そして地に刺さっていた鬼切丸おにきりまるを乱暴にひっこ抜くと、伏せっている鎌足かまたりの傍へ、まるで塵屑ごみくずを扱うように放り捨てた。

 鎌足かまたり咄嗟とっさ鬼切丸おにきりまるに抱きつくと、まるで愛しい人と抱擁ほうようするように、自身の懐に鬼切丸おにきりまるを抱きかかえた。


(⋯⋯良かった、折れてない、⋯⋯無事だぁ)


 腫れ上がった鎌足かまたりの頬に笑みが浮かぶ。

 その頬に一筋の涙が流れ落ちた。



「⋯⋯か、返しました」


「⋯⋯⋯⋯」


「⋯⋯で、でも、死罪の執行は私にやらせてくださいね、中将ちゅうじょう様。それだけは誰にも譲りたくは⋯⋯」


「それだがな、麒麟きりん。勘違いするな。この勝負は御主の勝ちではない、引き分けだ」


「⋯⋯⋯⋯。⋯⋯はぁ?」


「勝ち負けを決める審判は、この麿まろぞ」


「⋯⋯それは分かってます、⋯⋯い、いえそういう話ではなく、⋯⋯え、⋯⋯は!? 引き分け!? ⋯⋯はぁ!?」


「引き分けゆえにどちらの意向も通らぬ。よって当初の麿まろ進言しんげん通り、鎌足かまたりは死罪ではなく十日間の謹慎とする」


「⋯⋯はぁ!? そ、そ、そ、そんな、それは一体どういう了見ですか!? 誰が見ても明らかに私の勝ち⋯⋯」


「最後の攻撃⋯⋯」


「⋯⋯は!?」


鎌足こやつ鬼切丸おにきりでの鎌鼬かまいたちを放ちかけ、わざとその手を止めた。⋯⋯もしそのまま鬼切丸おにきりからの鎌鼬かまいたちを受けたならば、麒麟きりん、御主の首は今頃どうなっていたであろうな」


「⋯⋯お、鬼切丸おにきりまるでの鎌鼬かまいたち!? ⋯⋯ッ、まさか⋯⋯、鬼切丸おにきりまるでも鎌鼬かまいたちが撃て⋯⋯ッ、それは⋯⋯考えもしませんでしたが⋯⋯、で、⋯⋯でも何故なぜ? ⋯⋯何故なぜ鎌足こいつは攻撃を止めたのです?」


 血相を変えた麒麟きりん綾麿あやまろに詰め寄った。

 焦りに満ちた麒麟きりんと、不気味な程に冷静沈着な綾麿あやまろ

 そんな二人の傍を、警備兵の手を振り払った美桜みおが駆けていく。

 そして倒れている鎌足かまたりの背中にすがり付いて、泣きじゃくった。


(⋯⋯み、美桜みお⋯⋯さま? ⋯⋯え、何時いつこちらに!?)


 麒麟きりんはその時、始めて美桜みおの存在に気が付いた。

 美桜みおを見つめる麒麟きりん

 その包帯を巻いていない右の頬が、ほんのりと紅くなっていく。


 綾麿あやまろ美桜みお一瞥いちべつした後、美桜みおに見惚れている麒麟きりんに鋭く冷たく言い放った。


「⋯⋯それが、分からなかった、⋯⋯いな、今も分からぬようではまだまだだな、麒麟きりん


「⋯⋯御言葉ですが、例え鬼切丸おにきりまるでの鎌鼬かまいたちだったとしても! わ、私ならばすぐにそれと気付き、十分に避けきれていました! ⋯⋯そ、それに、ま、負けた方が死罪。そう会合で決まったじゃないですか!? それは言わば内裏だいり律令りつりょうも同じですよ!? それを覆すなんて⋯⋯、納得がいきません!」


「⋯⋯内裏だいり律令りつりょう、だと? ふん⋯⋯、この鎌足ものはな、昨日の怪我が癒える”まで“の間は、命は奪わぬ。咎人とがびとにもさせぬ。日本ひのもとの命と法の番人『六歌戦ろっかせん』であるこの麿まろが、そう決めたのだ。何人なんぴとたりとも文句は言わせぬ」


「⋯⋯ち、中将ちゅうじょう様が!? ⋯⋯決めた!? ⋯⋯な、何故なぜ!? 何で⋯⋯あれ程までに憎んでいる江戸の⋯⋯伊賀者ですよ!? なのに何故なぜ⋯⋯、何故なぜ⋯⋯ッ、ううううぅ⋯⋯」


「⋯⋯さあな、⋯⋯“三年前”、御主と出会った時と同じように、全ては麿まろの“気まぐれ”かもしれんな」


「⋯⋯うぐぅッ!?」


「⋯⋯麒麟きりんよ。御主は三年前と何ら変わってはいない。そして昨日、警備兵(ひと)をまた一人殺めたことも許せぬが、江戸の伊賀者如きにも油断、不覚を取りおって。⋯⋯このよこしまれ者めが!」


「⋯⋯あ、⋯⋯う、⋯⋯あ、⋯⋯ッ」


「⋯⋯よいか、三度目は無いと知れ。次もし、麿まろの許し無くして内裏だいりの者の命を奪った時は⋯⋯、この麿まろが、容赦なく御主を、⋯⋯斬る。⋯⋯肝にめいじておくがよい」


「⋯⋯ひッ、ひいっ!?」


 麒麟きりんへと投じた綾麿あやまろの言葉。

 それは今すぐにも村雨むらさめを抜き放ちそうな程に、鋭い眼光と凄みを感じさせる声だった。

 綾麿あやまろの全身から殺氣さっきみなぎっていた。


 そんな強烈な威圧を放つ綾麿あやまろを前にして、麒麟きりんは完全に萎縮していた。

 愕然がくぜんと青褪めた表情を浮かべ、しばらくその場に固まっていた。

 その姿に先程までの強気と威勢は何一つ無い。

 そして最後はがっくりと項垂うなだれると、鎌足かまたりとは反対の御所の方へとぼんやりと歩きだした。


 麒麟きりんの虚ろなまなこの端に、再び美桜みおの姿が映る。

 未だに戦いの中に心投じている興奮の中にあるのか、美桜みおの前でそしりを受けた羞恥心しゅうちしんによるものか。


 ⋯⋯それとも。


 麒麟きりんの右頬はまだほんのりとあかかった。

 麒麟きりんが拳を握りしめ、唇を真一文字に噛み締める。

 そして唇を僅かに動かし、何かの言葉を飲み込むと、一人ふらふらとその場を後にしていった。



 綾麿あやまろ麒麟きりんのやり取り。

 そして麒麟きりんが立ち去るその間。

 左頬よりは腫れがましな右頬を下にして、鎌足かまたりはずっとうつ伏せで倒れ込んだままだった。

 綾麿あやまろの声も麒麟きりんの姿も、鎌足かまたりは何も見聞きはできていなかった。

 ただ聞こえるのは、すぐ近くで聞こえる美桜みおの声。

 鎌足じぶんの名を何度も呼ぶ、哀しい泣き声だけだった。



 今度こそ意識が段々と遠のいていく。



 この時、そらは崩れていた。

 腫れ上がった鎌足かまたりの左頬や涙の滲む左目に、戦いの幕切れを知らせる小雨が降り始めていた。



 何処どこかで雷鳴が轟き、雨粒が次第に大きくなる中、綾麿あやまろは横たわる鎌足かまたりのすぐ傍にまで近付いていく。

 そして意識も絶え絶えな鎌足かまたりを見下ろしながら、淡々と言葉を投げかけた。


「⋯⋯そなたもそなただ。麒麟きりんには勝てぬ。麒麟きりんとは戦うな、と一度忠告したはずだ。今を戦い抜く十分な力も、非情を貫く心も無い。ただ一端いっぱし正義面せいぎづらだけを掲げて、しゃしゃり出おって。⋯⋯死に急ぐ愚か者めが」


「⋯⋯⋯⋯」


「⋯⋯憐れみや同情の言葉はかけぬ。⋯⋯先の話、聞こえたかもしれぬが、この戦いは引き分けとし、そなたは十日間の謹慎とする。⋯⋯そもそもその顔や傷ではしばらくは東番は無理だろう。よって今日より十日の間は、麿まろがそなたの代わりに東番を務める」


 そして鎌足かまたりに背を向けた。



「⋯⋯ゆえに、謹慎の間にゆっくりとその傷を癒やせ」



 この時、綾麿の頭の中に浮かんでいたもの。

 それは最後に麒麟きりんをあと一歩まで追い詰めた、鎌足かまたりの技や動きだった。

 鎌足かまたり鬼切丸おにきりまるの残像が何度も浮かんでは消え、浮かんではまたぎる。


(⋯⋯それにしても、恐るべきは鎌足かまたりの底知れぬ強さ。この“俺”までもが読み違えていたかもしれぬ。⋯⋯この者、伝説の鬼切丸おにきり、そして⋯⋯。⋯⋯このまま生かしておけば必ずや後々、”俺“の計画の障害となろう⋯⋯。災いの芽は、やはり早めに摘まねばならぬか⋯⋯)




 再び雷鳴がとどろいた。


 今度は、近い。

 閃光が鎌足かまたりの横顔を照らす。


 麒麟きりんに散々に殴られたこともあり、鎌足かまたりの意識は既に朦朧もうろうとしていた。


 美桜みおの声が再び響く。


 ⋯⋯「⋯⋯鎌足さん!」⋯⋯




 ⋯⋯はっきりとした意識はここまでだった。








 雷鳴を合図に本降りになった雨が、頬を強く叩く。


 刻の流れと痛みに身を任せ、薄れゆく意識の中。

 鎌足かまたりの耳の奥に、綾麿あやまろ美桜みおの会話がぼんやりと聞こえてくる。



(⋯⋯お願いします、中将ちゅうじょう様、どうか鎌足かまたりさんを助けてあげてください! ⋯⋯早く、早く傷の手当てを!)


(⋯⋯心得ております。⋯⋯此処ここは雨に濡れてしまいますゆえ、ひとまず中へ⋯⋯、⋯⋯さあ、美桜姫みおひめ




(⋯⋯美桜みお⋯⋯”ひめ“?)




 鎌足かまたりはほんの少しだけ唇を動かした。

 そんな口元に、雨に濡れた土や泥がまとわりつく。




(⋯⋯⋯⋯にがい)




 その日、鎌足かまたりは初めて、

 雨にまみれた土の、泥の味を知った━━━━。




第81話も最後までお読み頂きありがとうございました。

ブックマーク、☆評価、感想等よろしくお願いします。その優しさが新たな創作の励みに繋がります(*^_^*)。

次回第82話「邂逅」は、7月20日〜22日頃に投稿予定です。次回もどうぞよろしくお願い致します。


【改稿履歴】

改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。

過去話も誤字脱字を見つけ次第、訂正しています。

内容は全く変わっていませんので御安心ください。

(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)


【その他】

↓創作して頂いたオリジナルEDです!

ED①https://suno.com/s/UDlzMnlrwuPI3Apg

ED②https://suno.com/s/dKiO9ljefO0sG1RT

こちらも良かったらぜひ聴いてみてください♪


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