第52話 蒼の羅生門
【登場人物紹介】
不知火綾麿━━━━
従三位中将。帝と日本を守る『六歌戦』の一人。謎の妖刀『村雨』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨の真刃と鞘刃を使った不知火二刀流の使い手。江戸の徳川政権を何故か激しく憎み、鎌足たち伊賀御庭番衆の援軍を快く思ってはいない。
伊賀の鎌足━━━━
江戸城の公儀御庭番伊賀組の小頭の女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。幻斎に授けられた、七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸』を手に、鬼が現れた京都御所に援軍として派遣される。裏では朝廷側の探索の密命も帯びる。
近衛兼季━━━━
従二位大将。武官最高位の大将として、清涼殿だけを警備する御帝親衛隊を指揮する。鞍馬一刀流の使い手で、性格はおおらかで実直。鎌足にも親しみを見せる。
蒼妖鬼━━━━
京都御所を襲撃する蒼鬼の修羅。地獄で『刀葉林』と呼ばれる刃の木の上で亡者を誘う、美しさ愛らしさを兼ね備えた絶世の美女。裏で暗躍し、鎌足にも毒を盛る。
紅斬鬼━━━━
京都御所を襲撃する紅鬼の修羅。派手な戦闘用の衣に身を包んだ女鬼。短気で勝ち気な性格。伸縮も変化も自由自在の長刃の野太刀、『鬼紅葉』を背負っている。
紅鋏鬼━━━━
京都御所を襲撃する紅鬼の修羅。襲撃の紅鬼たちの中では一番の巨躯を誇る。性格は横暴を極め、手にした巨大なやっとこ型の鋏で、人間たちの舌を狙い暴れ回る。
紅閃鬼━━━━
京都御所を襲撃する紅鬼の修羅。長い髪に長襟の羽織を纏い、落ち着いた風貌だが性格は残虐。鉄扇の刃と扇ぎ放つ鋭い鉄串の雨で、人間たちを容赦なく貫き裂く。
━━━━御所の防衛は風雲急を告げていた。
天を裂いて現れた、紅の羅生門。
地を割って現れた、蒼の羅生門。
綾麿、鎌足、兼季、そして五十人の警備兵。
御所を守るこの五十三人の前に、紅鬼二十三鬼に次いで新たに現れたのは、蒼鬼二十三鬼。
紅鬼同様に刀や槍や斧など狂気の武器を手にし、円を成して警備兵たちをぐるりと取り囲む。
この蒼鬼の群れと圧を前にして、流石の鎌足の顔にも改めて絶望の二文字が浮かんでいた。
「⋯⋯ッ! 蒼鬼と修羅たちまで!? ⋯⋯っ、そうか、次は蒼鬼と紅鬼、協力して攻めてくるつもりなんだな!? ⋯⋯くそっ、内と外、完全に囲まれた⋯⋯、一体どうやって撃ち破ればいいんだ!?」
警備兵も当初の五十人から、早くも既に十数名は数を減らしていた。
紅鬼の猛攻を必死に堪え、何とか生を繋いでいる警備兵たちも皆、鎌足と全く同じ気持ちだった。
紅鬼二十三鬼だけでも防戦一方の中で、この蒼鬼たちの出現。
もう打つ手も、勝ち目も無い。
そんな絶望と諦めの空気が、警備兵たちの中に漂っていた。
「⋯⋯待て。共同戦線はあり得ない。⋯⋯よく見ろ」
近くで怯え震えている何人かの警備兵たちに向けて、綾麿が落ち着いた声で呟いた。
⋯⋯綾麿の冷静な視線の先には、蒼鬼軍の中心に立つ蒼妖鬼と、真っ向から対峙する紅斬鬼の姿があった。
紅斬鬼が怒りを滲ませながら声を荒げる。
《蒼妖鬼、御前は亡者の血肉塗れの薄汚い林で、男どもに媚びた顔見せてりゃいいんだ、その不細工顔がもっと醜く、ずたずたにされる前に、とっとと消えな!》
蒼妖鬼も余裕綽々で返す。
《紅斬鬼、相変わらず口も顔も頭も悪いわね。あんな寂れた薄暗い森の中でひとり淋しく過ごしてるから、そんな捻くれた阿婆擦れになるのよ。⋯⋯ああ、やだやだ。こんな女にだけはなりたくないわね》
それぞれの軍の先頭に立つ、女鬼同士の言い争い。
二鬼との間にかなりの距離はあったものの、その僅かな異変に鎌足も気が付いた。
(⋯⋯? な、何だ⋯⋯、様子が変だぞ。⋯⋯よく分からないけど、⋯⋯揉めてる?)
怒りを滲ませた紅斬鬼が、鬼紅葉で地を思い切り叩き撃ちながら、更に声を荒げた。
⋯⋯撃たれた地は、長々深々と裂けていた。
《⋯⋯本当の顔は地獄一醜いくせに、日本の女の顔で上手いこと誤魔化しやがって! それに紅鬼軍に勝てると本気で思ってるのか? ⋯⋯はっ、本当に笑わせるぜ、滅れるものならやってみろ。この醜女が!》
蒼妖鬼が掌を口にあてながら、紅斬鬼を高らかに嘲笑う。
《⋯⋯おだまりなさい、阿婆擦れ。もてない女の八つ当たりは、可哀想なくらい惨めなだけよ。お生憎様、命運尽きるのは貴女たち。⋯⋯蒼鬼が紅鬼に勝てるかって? ⋯⋯ふふ、勝てるわよ、こうやって⋯⋯、ね》
蒼妖鬼はそう言い終わるや否や、脇に構えていた薙刀の刃の反対側、石突の部分で足元の地をどんと突いた。
蒼妖鬼のこの動きは、何かの合図だったのか。
右隣の痩せた蒼鬼の修羅が、即座に呼応する。
その背中に背負う、左右対称に湾曲した二本の刀。
その一刀の柄を掴み、背中から滑らせるように抜き取ると、そのまま刃を振りかぶるようにして、上半身を目一杯に捻らせた。
そして、次の瞬間。
捻りが戻る反動を利用して、刃を握る右腕を前方へと思い切り突き出す。
その動きこそが、この修羅の“攻撃”だった。
手にしていたこの奇怪な刀。
それを動きを止めている警備兵や紅鬼たちを目掛けて、目にも止まらない凄まじい速さで投じていたのだ。
更に驚くべきは、刀”自体“を投じたのではない。
この蒼鬼修羅が飛ばしたのは、刀の刃のみ。
長い柄、そして鍔は、まだ蒼鬼の掌の中にあった。
⋯⋯即ちこの奇怪な刀は今、鍔を境として上下に、完全に”分離“していた。
激しく回転し、空を斬り裂き、飛翔する刃。
真っ先に狙われたのは、蒼妖鬼を散々に貶していた紅鬼修羅⋯⋯刃の進行方向一番近い位置に立っている、紅斬鬼だった。
《⋯⋯ッと! あぶねえッ!!》
超至近距離からの、不意の攻撃。
紅斬鬼の背中、ひとつ結びの長い髪がたなびいた。
紅斬鬼は既の所で身を翻して、この刃の直撃を回避していた。
第一の的の紅斬鬼を外しても、刃の勢いは止まらない。
連続的に紅鬼の修羅の居る方向を、最初から意図的に狙っていたのか。
高速回転のまま緩く飛翔し、緩く右に舵をきりながら、今度は鎌足と紅閃鬼の方へと向かっていく。
「⋯⋯ッ!? な、何だ!? この武器は⋯!? 西洋武器の飛去来器ってやつか!?」
物凄い速さで目の前に迫ってくる、今まで見たことの無い軌道を描く、狂気と奇怪の回転刃。
「⋯⋯わわわわっ」
鎌足が咄嗟に身を反らす。
《⋯⋯おのれ、紅鬼。私の殺戮の邪魔をするのか!?》
無数に広げていた鉄扇。
それをまるで紙でも扱うように全て軽々と折り畳み、紅閃鬼は元の一つの鉄扇へと戻していく。
そして襟長の羽織を派手に翻し、身体を巧みに旋回させて、刃をいなした。
鎌足の忍装束と髪、紅閃鬼の長襟をそれぞれ掠め、刃は更に飛んだ。
そして次の瞬間には、鎌足の後方に立っていた警備兵の一人、そして紅鬼一鬼を、縦に真っ二つに切り裂いていた。
その破壊力、斬れ味の凄まじさ。
そして鬼の同士討ちに、鎌足が動揺と驚きの声を上げる。
「⋯⋯な、なんて、凄まじい斬壊力なんだ!? あの刃、技は一体!? ⋯⋯で、でも何で、⋯⋯”仲間の鬼“を!? ⋯⋯どうして蒼鬼が紅鬼を攻撃するんだ!?」
その狂気の回転刃は、まさに鎌足が口にした西洋武器の飛去来器のようだった。
唐突に空中高く舞い上がり、鋭く弧を描く。
そして投じた蒼鬼の修羅の高々とかざす柄へと、回転の勢いそのまま刻を巻き戻すようにして戻っていく。
鎌足がその蒼鬼の修羅の方を振り向いた時には、刃は再び柄と合体し、元の湾曲した三日月型の一刀へと戻っていた。
「⋯⋯な、何なんだ!? あの刀は⋯⋯! あんな化物みたいな刀が存在するなんて⋯⋯」
《⋯⋯てめぇ、いきなりやりやがったな! この醜女! ⋯⋯ふん、いいぜ。蒼鬼全鬼まとめて、殺ってやろうじゃねえかぁ! ⋯⋯どっからでもかかってきな!》
不意打ちの攻撃を受けた、紅斬鬼は黙っていられない。
怒髪天を衝くような凄まじい形相で怒鳴り、耐えられない怒りの代弁と威嚇のために、鬼紅葉で何回か空を荒々しく斬った。
そして肩越し上段に刃を構えて、臨戦態勢を取った。
紅斬鬼が興奮する様を、蒼妖鬼はにやにやと笑いながら見ている。
その時、蒼妖鬼の銀の瞳に、空に浮かぶ紅の渦⋯⋯羅生門邪道の一つが、落下しながら消滅していく情景が映った。
今しがた真っ二つに切断されて果てた、紅鬼の命と直結する邪道だった。
《⋯⋯邪道混命の秘法かぁ。あんたたち、邪道と一鬼一鬼の命を結んでるわね。紅呪鬼の仕掛けかしら? ⋯⋯うふふふ、面白いじゃない。折角だし、私たちもこの蒼の邪道に、同じ秘法を施してあげる。⋯⋯ねえ、蒼鋼鬼、いいわよね?》
《⋯⋯ああ、構わねえぜ》
蒼妖鬼の問いかけに、蒼鋼鬼と呼ばれた巨躯の蒼鬼が、重く低い声で答えた。
《⋯⋯蒼刃鬼は?》
《⋯⋯問題無い、随意に》
蒼妖鬼の左隣、先程奇怪な三日月の刃を飛ばした、蒼刃鬼と呼ばれた蒼鬼も静かに頷いた。
《⋯⋯うふふふ。じゃあ決まりね》
蒼妖鬼は薙刀をくるくると巧みに回転させると、自身の両袖の上に水平に乗せて、その美しい目元を冷たく細めながら幾つかの印を結んでいった。
《日本御所に開きし蒼き羅生門、邪道に命ずる。妾たち蒼修羅や羅刹とその命を縛り、天高く舞いたまへ。⋯⋯唵 鬼道 縛日羅 俱舎 阿嵐邪 吽 蒼娑婆訶⋯⋯、唵!》
蒼妖鬼の詠唱の後、庭園にすぐさま異変が起きた。
大地が再び揺れる。
その揺れの元、それは地から現れ、今も御所の大地に根を張り巣食っている二十三の蒼の渦⋯⋯蒼の羅生門。
その二十三、全てに異変が起きた。
一つ一つの渦が地から剥がれるように、ゆっくりと空へと舞い上がり、先に浮かぶ紅の渦の隙間に入り込むように、空を埋めていく。
蒼の渦が二十三。
そして紅の渦が十八。
今、御所の空一面には、蒼紅計、四十一の螺旋の渦が、まるで星のように妖しく煌めいていた。
「⋯⋯な、何だ!? 蒼の渦まで空に⋯⋯!?」
空を見上げた鎌足の瞳に、四十一の渦のうち、異彩を放つ六つの渦が映る。
それは蒼渦が三つ、紅渦が三つ。
中央に陣取るこの六つの渦は、他の渦に比べて一回り大きく、また一際激しく、禍々しい蒼と紅の霧を放っていた。
「⋯⋯っ、そうか。あの六つは人形の鬼⋯⋯修羅の六鬼の命と直結しているんだ!」
空や渦の異変に感情を揺さぶられる鎌足とは対象的に、綾麿は無言で空を眺めていた。
「⋯⋯⋯」
一方、当の蒼妖鬼は、そんな奇怪な空を、きらきらした銀の瞳で愉しそうに眺めている。
《うふふ⋯⋯、やっぱりこうして並べて見ると、紅より蒼の方が断然綺麗だわ。⋯⋯それに。これで蒼鬼と紅鬼、どちらが優勢か、一目瞭然ね》
その自信満々な妖しい微笑みに、紅斬鬼が勝ち気に不敵に笑みを返す。
《⋯⋯だな。御前の命と繋がる、不細工な蒼の羅生門、真っ先にこの地に沈めて、木っ端微塵にしてやるぜ》
《⋯⋯あら? もう幾つか紅渦が消滅しているくせに。随分と強気ねえ。⋯⋯ふん、口だけのくせに。やれるものなら、やってみなさいよ、阿婆擦れ》
蒼妖鬼が薙刀を巧みに旋回させ、脇に構え直す。
そして切っ先を紅斬鬼へと向けて笑みを浮かべると、蒼鬼たちに檄を飛ばした。
《⋯⋯さあ、誇り高き屈強な蒼き鬼たちよ、刻は来た! 御所に居る全ての人間と紅鬼どもの、息の根を止めよ! ⋯⋯うふふふ、⋯⋯妾たち二十と三の蒼の羅生門。⋯⋯打ち砕けるものなら、砕いてみなさい⋯⋯!!》
その檄が開戦の狼煙となった。
包囲の円が、遂に崩れた。
蒼妖鬼の両脇の修羅二鬼、蒼鋼鬼と蒼刃鬼
そして居並ぶ、二十の蒼鬼羅刹たち。
睨みを効かせていたそな二十二の蒼鬼全てが、紅鬼軍と警備兵、綾麿と兼季、そして鬼切丸を構える鎌足に向けて今、一斉に攻撃へと転じ、襲いかかった━━━━。
━━━━(やはりな、蒼鬼と紅鬼は決して相容れぬ)
蒼鬼の総攻撃。
その展開を予感していたのか、綾麿の動きは迅速だった。
対峙していた紅鋏鬼から飛び退くと、即座に狩衣を翻した。
そして次の瞬間には、後方から襲いかかってきた蒼鬼の胴体を、村雨真刃で一撃の下に切断していた。
燃えながら蒼い霧と化していく蒼鬼や、地へと沈みながら消える蒼い渦には目もくれず、今度は側方へと大きく跳躍する。
そして完全に紅鋏鬼との戦闘の場から離れると、蒼鬼と紅鬼双方の動きや優劣を見極められる位置まで、狩衣の袖をなびかせながら疾走た。
対応の素早さでは、紅鋏鬼も負けてはいない。
見た目は鈍そうだが、見た目に反してその動きの速さは綾麿にも引けをとらない。
二つに分かれていた武器を一つの鋏状に再び戻した紅鋏鬼は、飛びかかる蒼鬼一鬼の顔面を片手で鷲掴みにすると、地に思い切り叩きつけた。
そして鋏を蒼鬼の口の中にねじ込み、その舌を摘んで一気に引き千切った。
綾麿を斃し損ねたこと、そして予想外の蒼鬼の出現と邪魔に、紅鋏鬼の口元は苦々しく歪んでいる。
憂さ晴らしとばかりにか、今抜いたばかりの蒼鬼の舌をすぐに口の中に放り込んだ。
《何だこれは。味が薄い。粘っこい。ざらついてやがる。溝の臭いもするじゃねえか。男の蒼鬼の舌は不味いな、⋯⋯やっぱり鬼の舌を喰うなら、女の蒼鬼に限る》
⋯⋯口をもごもごとさせながら、晩餐の味見の感想を呟いた瞬間だった。
紅鋏鬼は不意に背後から巨大な硬い”物“で頬顎を殴られ⋯⋯、吹っ飛んでいた。
錐揉み状態で、庭園の空を高々と舞う紅鋏鬼。
鋏を握ったままの身体は、そのまま庭園を突っ切り、御所まで飛んでいた。
閉められた雨戸を突き破って、御所の家屋の中に頭から突っ込んでいく。
《ぐふふ⋯⋯、やっぱり紅鬼をぶっ叩くなら、意地汚くて的の大きな奴に限る》
紅鋏鬼に不意の攻撃を加えたのは、蒼妖鬼の脇を固めていた、もう一鬼の修羅⋯⋯蒼鋼鬼。
殴った硬い“物”とは、その蒼鬼が持つ金砕棒だった。
普通の鬼たちの倍、人間の三倍から四倍はある筋骨隆々とした巨躯を揺らし、蒼鋼鬼が野獣のような雄叫びをあげる。
《⋯⋯うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!》
それはまさに、魂までを鷲掴みにされるような威圧と殺意を帯びた、まさに“鬼迫”の雄叫び。
庭園中に響き渡る程のその凄まじい声量と、あまりもの身体の巨大さ。
警備兵たちは、その誰しもが畏怖の念に囚われた。
警備兵たちの攻めようとする手も退こうとする足も、この身体と雄叫びを前にしては、動かそうにも自然と止まってしまう。
そんな警備兵たちは、蒼鬼たちの格好の的となった。
刀や斧を手に次から次へと襲いかかってくる蒼鬼たちを前に、立ち止まった警備兵は一人また一人と斃されていく。
「⋯⋯な、なんじゃあぁぁ⋯⋯!? ⋯⋯お、⋯⋯鬼じゃああぁあ⋯⋯、紅鬼が飛んできたでおじゃるぅぅ⋯⋯」
人間たちにとって更に運の悪い事に、紅鋏鬼が飛ばされた御所の座敷には、十数人の人集りがあった。
暗殺事件の後処理として、兼季から待機を言い渡されていた、文官の公家たちや一部の女官。
そんな彼らが外の騒ぎや鬼から息を殺し、身を潜めていた”待機場“に、紅鋏鬼は突っ込んでいたのだ。
突然雨戸を破り、飛び込んできた紅鋏鬼。
その姿に誰もが叫び、慄き、逃げ惑う。
混乱の極致によって、あろうことか乱戦と殺戮の真っ只中の庭園内に、逃げ場を求める者すらも居た。
《⋯⋯あ、⋯⋯ご? ⋯⋯あ、ごこは何処だ?》
紅鋏鬼はむくりと起き上がると、外れた顎、そして真後ろまで折れ曲がった首を、ぼきぼきと音を立てながら何食わぬ顔で元の位置に戻した。
「⋯⋯ひゃっ、ち、近寄るでない、化け物! ⋯⋯ま、麿は正五位上、大八木なるぞ⋯⋯ゆ、ゆるしたもぅ」
そして紅鋏鬼は、傍を小走りで逃げようとしていた一人の公家⋯⋯その首根っこを後ろからむんずと掴んで、その口に向けて鋏を振りかざした。
それは⋯⋯、中納言暗殺の際、鎌足を暗殺者と疑い、笏で鎌足を何度も叩いていた公家だった。
「⋯⋯ひぃぃぃっ! お、お助けぇ⋯⋯ぉぉおおお!」
《⋯⋯首と顎が、堪らなく痛え。⋯⋯舌は善い痛み止めになる⋯⋯、⋯⋯おい、御前、⋯⋯薬を、⋯⋯その舌を、⋯⋯早くこの俺に、よこせぇぇ!!⋯⋯》━━━━。
第52話も最後までお読み頂きありがとうございました。
今回は長かったので、急遽また前半後半に分けました。
創作の励みになるので、ブックマーク、評価、感想等、良かったらぜひ。
改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。内容は全く変わっていませんので御安心ください。(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)
50話突破を記念して、今度別アプリで配信するので、良かったらぜひ遊びに来てください。
次回後半部分/第53話「乱戦」は4月23日投稿予定です。




