第109話 旅立ちの朝 〜後編〜
いよいよ第一鐘「京都六歌死闘編」完結です!
長い長い序鐘&第一鐘。綾麿と鎌足に最後まで熱く心を重ねて頂き、本当にありがとうございました!
【登場人物紹介】
不知火綾麿━━━━
従三位中将。帝と日本を守る『六歌戦』の一人。謎の妖刀『村雨』を帝から拝領し、御所警備西番を任う。村雨の真刃と鞘刃での不知火二刀流の使い手。江戸徳川政権を憎み、鎌足を快く思っていない。麒麟や朱雀など五人の直属配下と『六歌戦』現体制の打破を画策する。出羽に旅立つ鎌足を警戒、朱雀に鎌足抹殺の命を下す。
伊賀の鎌足━━━━
江戸城の公儀御庭番伊賀組の小頭の女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。七十年前に鬼を滅した伝説の半刃『鬼切丸』を持つ。鬼が現れた京都へ援軍として向かうが、滅亡したはずの風魔一族の江戸侵攻の報に、一時御所を離れる事を決断する。鬼切丸の残りの半刃を手に入れて伊賀の力となるべく、持主の役小角が隠遁する出羽へ旅立つ。
━━━━空にはまだ三日月の影が朧に浮かんでいた。
白白と夜が明けたばかりの、男子禁制の弓削大社。
その本殿前に甲高い若い女の声が響く。
「⋯⋯小夜神様の降臨なるぞ!!」
声の主をはじめ、大勢の足音が広い境内を走り回る。
そして各自の持ち場へと就いていく。
本殿前の中庭を抜けた先に聳え立つ、朱の大鳥居。
その真下から別殿が立ち並ぶ下の地まで、長く伸びた階段は数にして百段。
薄っすらと篝火が焚かれ、夜の名残を残しているその階段の両端には、左右に百人ずつ合計二百人もの赤袴の若い巫女が、整然と立ち並んでいた。
その光景を目にした男ならば、誰もが溜め息が漏らしてしまう事はまず間違い無い。
二百の若い巫女たち、その誰もが甲乙付け難い程に容姿端麗、色とりどりに美しかった。
そんな巫女たちの視線は今、一点に集まっていた。
全員が最上段の大鳥居を見上げ、お目当ての”誰か“が神門をくぐり、現れるのを今や遅しと待ち侘びている。
かつて無い程の厳かさと物々しさ、そして巫女たちの真剣な眼差しに包まれる中━━━━。
━━━━待望のその時はやって来た。
注目の大鳥居から日輪を背に現れたのは、梓弓を持つ美しい巫女を左右両側に従えた、一人の美しい巫女。
立ち並んでいる巫女たちの誰もが息を飲む。
この現れた巫女の立ち姿や外見を、たった一言で表すならば、まさに“神の降臨”だった。
⋯⋯天照大神の再来。
何らの疑問を抱かずにそう思えてしまう程の、類稀な神秘性を放っていた。
高貴な刺繍が施された、綺羅びやかな水干に似た紅と白の巫女装束。
日輪を模した、豪華な髪飾りの輝き。
女性の美と命の象徴とも言える、長く伸びた黒髪の美しさ、凛とした艷やかさ。
そして雪のような色白の顔に、目の周りを紅に染める妖艶美麗な化粧。
そのどれもがこの世の実在とは思えない。
其処には老若男女問わず誰もがうっとりと見惚れる程の、究極の天上人の神々しい美が在った。
⋯⋯弓月院小夜。
この“現人女神”が本殿を離れ、人前に現れる事は滅多には無い。
“とある目的”により京都の町へと下山、京都御所へと向かうべく、弓削大社に仕える巫女たちの前に今、久々にその姿を現していた。
その究極と言えるまでの美貌と華を前にしては、昇りゆく日輪の後光すらも、輝きを失って見える程だった。
小夜は百段の階下に視線を向ける。
そして二百の巫女を見下ろしながら、この“現人女神”は右手を階下に高々と翳した。
二百の巫女たちが小夜を向き直り、一斉に跪く。
「⋯⋯皆の者よ、よく聞け。この小夜は『六歌戦』召集により、暫くの間この本殿を留守にする」
下山の目的を告げる、小夜の澄んだ凛とした声。
二百の巫女たちが挙って頭を下げ、敬礼する。
「その間、弓削本殿には何人の侵入も許すでない。この神門山門に一歩でも足を踏み入れし者は、必ず捕らえ、殺せ。⋯⋯万が一に殺し損ねた者は、この弓削からの死を以ての追放とする。⋯⋯良いな?」
その言葉はまさに神託。
弓削の巫女たちにとっては、まさに神からの詔にも等しかった。
二百の頭が更に深く下がる。
この時、小夜の両隣に控える巫女が歩み出た。
そして手にする梓弓の弦を幾重にも掻き鳴らした。
それは荘厳かつ幻想的、かつ重厚な弓の二重奏。
その音を合図に、二百の巫女が再び一斉に動く。
巫女たちはその美しい顔や神聖な衣装に似ず、各自が懐中や背中に武器を忍ばせていた。
日本刀、短槍、弓矢、釵、長刀、錫杖⋯⋯。
各々が様々な武器を手に、この梓弓の鼓舞に応えた。
「「「「「「小夜神様の仰せのままに」」」」」」
二百の女性の声が美しくも狂わしく重なる。
それは表向きの弓削大社から想像されている、美や麗といった一般的な民衆の常識を覆す、“異様”とも言える情景だった。
死をもって、という穏やかでは無い命令。
そして信心を超えた、まるで洗脳でもされているような一致団結した動き。
更にその”奇怪“を見下ろしているのは、小夜と梓弓の巫女だけではなかった。
優雅に巫女装束を靡かせる小夜の背後。
階下の巫女たちからは見えない鳥居の陰には、密かに様子を窺う三鬼の巫女姿の影があった。
⋯⋯紅髪鬼、紅螢鬼、紅鈴鬼。
女の紅鬼修羅たちである。
紅鈴鬼が紅白の鈴紐から垂れ下がる、大きな本坪の鈴を凛と鳴らしながら、涼やかに呟く。
《⋯⋯流石は『六歌戦』の一人。これだけの数の女子を心酔させるとは。なかなかに出来る事ではない》
紅螢鬼が握る拳をゆっくりと広げ、掌の中から無数の螢を空に舞わせながら、愉しげに呟く。
《理由は信心だけじゃなさそう。一部は恐怖心。だってあの人は地上の人間の女子で、一番恐ろしい人だから》
紅髪鬼がその長く艷やかな黒髪を、ゆらゆらふわふわと宙に漂わせながら、おっとりと微笑む。
《理由は私たちには関係ない事よ。あの方は日本侵攻のための大切な協力者。紅皇鬼様の御命令通り、私たちの為すべき事は弓削本殿、そしてあの方を警護するだけ》
そんな三鬼の女修羅、紅鬼たちの目の前で、小夜は百の階段を、ゆっくりとゆっくりと降り始める。
この先に待つ久々の再会。
その瞬間を想像して、小夜の口元が妖しく緩む。
その微笑みを彩る妖艶な紅化粧の眼には、かつて対峙した”あの男“の記憶と残像が、鮮やかに蘇っていた。
(⋯⋯不知火綾麿よ。この小夜が弓削を下りる日。それをそなたも待っていたのであろう? ⋯⋯さあ、時は満ちたぞ。あの三年前の対面からどれ程までに強くなったか。この私にしかと見せてみるがよい)
━━━━名声高き弓削大社の宮司として、京都政権に絶大な影響力を誇り、また綾麿と謎の因果を匂わせる、『六歌戦』、弓月院小夜━━━━。
━━━━日本が誇る最高峰の剣客集団『六歌戦』。
恐るべき事にその内の二人までが、密かに鬼と手を結んでいた。
蒼鬼と、先の風魔那由他。
紅鬼と、この弓月院小夜。
人間と蒼鬼と紅鬼が交わる。
鬼を滅し羅生門を封じる役目を担うはずの彼等は今、地獄界と地上界とを繋ぐ戦慄の架け橋━━━━羅生門邪道の一つと化していた━━━━。
━━━━そして。
陽のあたる地上から、その羅生門を抜けた先。
地獄に於いても今この時、日本への脅威と恐怖は、人知れず密かに着実に進行していた━━━━⋯⋯。
⋯⋯━━━━《⋯⋯まだか!! 羅生門の開通は!?》
紅鬼軍の本拠⋯⋯紅鬼洞内に恫喝、罵声、怒号が響き渡る。
その声の出処は、幾重にも枝分かれして伸びている通路の一つ、最深部の扉の先。
杖や剣や魔導書など西洋東洋を問わず古今東西の魔術具が置かれ、そして常に妖しい紅の気体が充満している、とかく不気味な部屋からだった。
その一室の空気は、元々の奇怪さに輪をかけて、まさに“地獄の中の地獄”。
そう呼んでも過言では無い程に今、狂気と暴力で淀みに淀んでいた。
部屋の中には二十の羅刹たちが、緊張の面持ちで立ち並んでいる。
そしてそんな羅刹たちと向かい合う、二鬼の紅鬼修羅の姿が在った。
一鬼はこの不気味な部屋の管理者でもある、紅鬼軍の副将、修羅の紅呪鬼。
そしてもう一鬼は、血の紅色と黄金色に染まる髪を靡かせた、大柄な紅鬼の修羅。
この派手な修羅が全ての淀みの原因。
騒ぎの発端だった。
⋯⋯それは牢から解放されたばかりの、伝説の魔鬼。
紅酒鬼こと、酒吞である。
⋯⋯《⋯⋯おい! 雑魚鬼ども、いつまで待たせりゃ気が済むんだ!? いいか! とにかく早く開け! この酒吞様は気が短いんだ!》
酒呑は傍に控える羅刹たちに向けて、狂犬のように吠えまくっていた。
いつもは怖いもの知らずの強面屈強な羅刹たちですら、そのあまりもの迫力を前にして身体が竦んでいる。
⋯⋯力の限りに暴れ回ってやる。
⋯⋯誰彼構わず叩き潰してやる。
⋯⋯早く、早く、暴れさせろ!
そんな秘めた胸の内、心の声までが聞こえてきそうな程に、この時の酒呑は”狂鬼“と“鬼迫”の塊だった。
早くも戦闘用の鎧や装備を纏い終わり、生来の好戦的で暴力的な性格を滾らせている。
羅刹たちが怯む一方、この場でただ一鬼、紅呪鬼だけは冷静沈着を貫いていた。
繋ぎ役の羅刹の報告にも、静かに耳を傾ける。
《⋯⋯ふむ、あの者がいよいよ下山、『六歌戦』召集の場に向かう、⋯⋯か》
弓削大社に派遣している女修羅三鬼からもたらされたのは、日本の協力者である小夜の下山の報だった。
(《⋯⋯『六歌戦』の会合と京都はあの小夜に任せるとして。⋯⋯取り急ぎの問題は酒呑だな》)
紅呪鬼は一息つくと、次はいよいよ目の前の荒くれ者と対峙する。
変わらず落ち着き払った声で、酒呑を諌め始めた。
《我慢しろ、酒吞。京都や江戸とは違う。出羽に羅生門邪道を開通させるにはまだ時間がかかる》
《この俺、酒吞様の総大将の座が懸かってんだ! のんびりと待っていられるか! 現状はどうなっている!?》
《⋯⋯羅刹の何鬼かに葬魂の術を仕掛けさせた。今、出羽国に向かっている。奴等が目的の地に到着しさえすれば、すぐに出羽国と地獄の邪道は開く》
《何をちまちまやってやがる!! 俺様が羅生門本道を通り、京都から江戸まで焼け野原にし人を喰いながら直接に向かってもいいんだぜ!! その方が手っ取り早え!》
酒呑は紅呪鬼を激しく睨み付けた。
その目は今にも、この部屋ばかりか岩窟全てを破壊し吹き飛ばしてしまいそうな、狂暴さに満ち溢れている。
紅呪鬼はやれやれとばかりに溜め息をついた。
《⋯⋯それはまだ許さぬ。まずは約束通りに役小角と鬼切丸。出羽国での厄介事を全て片付けてからだ》
《⋯⋯けっ、勿体振りやがって。その堅物ぶりも昔と全く変わってねえな。紅呪鬼よ》
《⋯⋯褒め言葉として捉えておく》
《⋯⋯っと、そういやあ⋯⋯、現総大将の紅皇鬼の野郎はどうした? この酒吞様を広間でも来賓の間でもねえ、こんな薄汚い場所に案内しやがって!?》
《⋯⋯薄汚い場所で悪かったな。此処は私の大事な秘密の地下研究室だ。⋯⋯葬魂の術の生まれし地だぞ》
《それにだ、紅皇鬼の代わりに戦おうってのに、まだ一度も俺様に挨拶も無えとは一体どうなってやがる!? ⋯⋯納得いくように説明しろ! 紅呪鬼よ!!》
酒吞の言葉の通りだった。
何かあれば自分が責任を取る。
そう宣言しながら酒呑を解き放つ決断を下した紅皇鬼は、まだ一度も酒呑の前には姿を見せていなかった。
冷静な紅呪鬼の眉間に皺が寄る。
その脳裏を過るのはつい一刻程前に直接に交わした、紅皇鬼との会話だった⋯⋯━━━━。
━━━━⋯⋯(《⋯⋯紅呪鬼よ、俺は閉鎖以来久しぶりに閻魔宮に顔を出してくる》
(《⋯⋯閻魔宮に? 酒呑とは会わないのですか?》)
(《酒呑は御前が相手をしろ》)
(《⋯⋯は?》)
(《⋯⋯目覚めさせた者が面倒を見るのは当然だろ? それに俺には大事な用があってな》)
(《⋯⋯危険な酒呑を解放させておきながら、この大事を上回る何の大事があるのです?》)
(《順序が逆になっちまったがな、此度の酒吞の解放、閻魔王様にも報告は入れておかないと流石にまずいだろう。状況が状況だけに会えるかはわからんが》)
(《⋯⋯閻魔王様に会えるかどうかも分からないまま、閻魔宮へ行く、と?》)
(《実際にこの目で閻魔宮の状況を見てみたい、ってのあるからな。⋯⋯というわけだ。暫く紅鬼洞を空けるが、その間は任せたぞ》)
(《⋯⋯⋯⋯》)
(《酒吞を言葉巧みに上手く操りながら、憎き小角と鎌足とか言う奴を血祭りにあげてこい。⋯⋯そうそう、この奥座には決して酒呑を近付けさせるなよ。この総大将の椅子は奴には座らせるつもりはねぇ。勘違いされたら困るからな。⋯⋯いいな、紅呪鬼?》)
(《⋯⋯⋯⋯、はい、畏まりました》)⋯⋯━━━━。
━━━━⋯⋯紅呪鬼は目を閉じる。
そして紅皇鬼の去り行く背中を思い出していた。
(《⋯⋯もしもの時は酒吞は自分が何とかする、と言っていたはずだが。やはり私に押し付けたか。やれやれ、閻魔王様への報告は必要な事とは言え、気まぐれが過ぎる御方だ。⋯⋯待て、いや、まさか。⋯⋯もしや、酒吞から逃げた⋯⋯、か?》)
しかしあれこれと深い考察を巡らす余裕や暇は無い。
紅皇鬼の真意が何れにしても、今は上手く酒呑からの追及を誤魔化すのが先決だった。
意を決した紅呪鬼が口を開く。
《⋯⋯紅皇鬼様は出かけられている》
《あぁ!? 何だとぉ? ふざけやがって、面倒な事は周りに押し付けて、自分は楽しくいけしゃあしゃあと女紅鬼どもを引き連れて日本見物か!?》
《違うな。その行き先は残念ながら、御主が一番恐れる場所。⋯⋯閻魔宮だ》
《なにぃ!? 閻魔宮だと!? ⋯⋯紅呪鬼よ、まさかこの酒呑様を再度封印するための相談じゃねえだろうな!?》
《⋯⋯さて。⋯⋯そうかもしれぬな》
紅呪鬼は此処で敢えて答えをはぐらかした。
そして後は口を閉ざして黙り込む。
その場しのぎの口から出任せ、はったりだった。
しかしこれが結果的には最善最良の策となった。
閻魔王の名と、封印という言葉。
そして不必要に口を開かない沈黙という一手は、酒呑にありもしない封印の幻影を見せ、警戒を抱かせる事に成功していたのだ。
紅呪鬼の話術にはまった酒吞は、苛立ちで顔を歪めて激しく舌打ちをする。
《ふん、閻魔王など恐れるものか! ⋯⋯いいだろう。紅皇鬼がどう動こうが関係ねえ。俺様にとっての最優先は、出羽へと繋がる羅生門》
《⋯⋯⋯⋯》
《だがいいか、忘れるなよ紅呪鬼。鬼の約束は絶対だ。鬼切丸を持つ者を潰し、役小角の出羽を陥落しさえすれば、この俺様は御前との約束通り、紅鬼の総大将。⋯⋯紅鬼の頂点に立ってしまえば、閻魔王とは言え、そう容易には手を出せぬからな! ⋯⋯はっはっは!》
《⋯⋯私の配下の修羅二鬼を監視に付けることも忘れるな、酒呑よ。紅滅鬼と紅殺鬼は私が手塩にかけて育てた妖術に長けた二鬼。それぞれ西洋と東洋の強力な封印の呪法を身に付けている。⋯⋯万が一に、御主が少しでも反逆や離反の意思、不可解な動きを見せれば━━━━、この二鬼の呪法により、御主は封鬼牢へと逆葬される》
《⋯⋯ふん、笑わせるな。⋯⋯できるのか。この俺様を封印することが。そんな未熟な小童の修羅どもに》
《⋯⋯この紅呪鬼が授けし魔界の呪術、見くびると思わぬ痛い目を見るかもしれんぞ。酒呑よ》
《なにぃ?》
《真実を言ったまでだ》
《⋯⋯ふん、どこまでも口の減らない、頑固な奴め》
《そこまでの覚悟が無いと務まらぬからな。酒呑であれ紅皇鬼様であれ、紅鬼総大将に仕える副将として、な》
《⋯⋯ふん、安心しろ、紅呪鬼。俺様が総大将に就いても、御前だけはそのまま副将の座に据え置いてやる。⋯⋯俺様に感謝しな》
《⋯⋯それはそれは。とりあえずは、有難き幸せ⋯⋯、とでも返しておこうか。⋯⋯ふふふふふ》⋯⋯
⋯⋯日本に迫る、最大の危機。
遠き平安の時代の災厄、再び。
蘇える狂気の暴君、酒呑。
その暴魂の雄叫びは、慟哭の響きをも含んでいた。
⋯⋯酒呑の葬魂の術により、魂を奪われた肉体。
平安当時の『六歌戦』の一人、坂田金時⋯⋯。
流れる血に刻まれた人としての過去は、七百年の刻を超えても未だ消えてはいなかったのだ。
紅の血の昂りが、遠い記憶を呼び起こす。
そして酒呑の邪念野心と重なり、交わっていく。
紅の洞窟に再び、酒呑の咆哮が木霊する。
《血が騒ぐ。あの懐かしき陽の下で早く暴れたくて仕方ねぇ。一日でも早く、一刻でも早く、一秒でも早く、羅生門邪道を開門させろ! ⋯⋯いいな!!!!》
━━━━紅鬼の総大将の座、そして地獄と日本双方の覇権を狙う狂気と伝説の鬼、紅酒鬼こと酒吞━━━━。
━━━━一方、その頃。
地獄を支配するもう一つの巨大勢力、蒼鬼の軍。
その本拠である蒼鬼城の天守では、総大将の美しき蒼鬼、蒼極鬼が一人思案に暮れていた━━━━⋯⋯。
⋯⋯━━━━《蒼極鬼様、また考え事をされてるんですか?》
蒼妖鬼が心配そうに問いかけた。
蒼極鬼は今日もまた、蒼の地獄を一望できる天守の高欄に立ち、ひとり考えを巡らせていた。
《⋯⋯ああ》
空返事と共に振り向いた蒼極鬼は、心此処にあらず。
少なくとも旧知の蒼妖鬼には、そう見えた。
《葬極鬼様、そう心配しなくても大丈夫ですわよ。蒼氷鬼と蒼雪鬼の姉妹が仕掛ける葬魂の術、そして疑心暗鬼の罠にかかれば、今度ばかりはあの憎たらしい”かまあし“ちゃんも、一巻の終わり》
《⋯⋯出羽の件、か》
《今から合流しようとする大切な仲間九人。その一人がまさか既に死んでいて、しかも葬魂の蒼鬼が化けているとは。うふふ、かまあしちゃんは夢にも思わないはず》
かまあし。
鎌足の事である。
目にした字面からやっと覚えた憎い人間の名を連呼し、その泣き顔を想像しながら、蒼妖鬼は悦に入った顔で微笑んだ。
しかしそんな覚え間違いと笑顔に、蒼極鬼は軽く左右に首を振る。
《⋯⋯私が考えているのはその事ではない。出羽の作戦には何の不安も無い。⋯⋯それよりも、だ。やはりまだあの男が気になってな》
《⋯⋯あの男?》
《つい喉元まで出かかっている気もするのだが。⋯⋯どうしても思い出せぬのだ。⋯⋯あの男の事を》
《⋯⋯何だ。⋯⋯また不知火綾麿の事ですか?》
《⋯⋯そうだ》
《そこまで気になさるなんて⋯⋯。あのような人間の男、この蒼の地獄⋯⋯いえ、地獄全土とも何一つ関係は無いとは思うのですが》
《⋯⋯のはずだがな。⋯⋯妙な胸騒ぎがしてな》
《⋯⋯? 胸騒ぎ、ねぇ⋯⋯、⋯⋯あ!》
蒼妖鬼が突然、何かを閃いたようにぽんと手を叩く。
《蒼極鬼様、名案を思いつきましてよ!》
《⋯⋯名案?》
《それ程までに気になるならば、亡者たちの過去の罪人記録━━━━“閻魔帳”を調べてみてはどうでしょう? 閻魔帳を遡れば、あの綾麿について何かを思い出したり、胸騒ぎの意味が分かったりするかもですよ?》
蒼妖鬼はきらきらと目を輝かせる。
そして両掌を腰に添えながら、にんまりと得意顔を見せた。
《閻魔帳⋯⋯。成程、綾麿の記録を探る、か。罪人の記録は閻魔宮での私の役目だが、余程に名のしれた亡者以外はいちいち一人一人の顔は見てはいないし、また名前も覚えてはいない。⋯⋯が、私の付けた数百年にも及ぶ記録は全て残ってはいる》
《⋯⋯うふふ。⋯⋯ね、名案でしょう?》
《⋯⋯そうか、過去の職務の際にその顔を見て、名を呼んだ事があった⋯⋯。それで記憶の片隅に引っ掛かっていたのかもしれんな》
《でしょ、でしょ!》
《⋯⋯もし、万が一にも名前や記録が閻魔帳に残されていれば、あやつは地獄に一度来たという事。無ければ私の気の所為⋯⋯ということになる、か。⋯⋯ふむ》
《まあ⋯⋯、人間が地獄に来てまた蘇ったなんて聞いた事も無いし、恐らくは名前は無いんでしょうけど。⋯⋯それで蒼極鬼様が御納得されるなら。調べてみる価値はあるかと?》
《⋯⋯そうだな。それに依然として姿を見せぬ閻魔王様。その御様子が今どうなっているのか。それも気になっていた。蒼将鬼たちの報告だけではなく、これは久しぶりに閻魔宮に一度、自ら出向いてみる必要があるな》
蒼極鬼は軽く頷くと、再び蒼の地獄を振り返った。
その視線の先には、天守からの絶景が広がっている。
妖気に満ちたこの蒼の天守閣に於いては、各地獄の距離や階層などは一切関係は無い。
紅鬼の管轄地以外、即ち蒼鬼の管轄地獄と、閻魔王統括の中立地ならば、望む場所の全てが天守閣から一望できた。
蒼極の視界の遥か遠く。
件の閻魔宮が、霧に小さく霞んで見える。
閻魔宮が聳え立つ泰山。
その山腹の麓にあたる黄泉比良坂。
そして黄泉の坂を下った先の岸辺からは、海とも思える程の巨大な大河が広がっていた。
まるで亡者たちの心境を映したように暗く寂しく物憂げに澱み、また時と場所によって潮の流れや渦目が不規則に変化する、静動万華の奇怪な水面。
それは現世と来世を分かつ境界線。
⋯⋯世に知られた、“三途の川”である。
そんな地獄の名勝山河を眼に映しながら、蒼極鬼が呟いた。
《折角だ。いつも通り向かうのでは、面白くない。⋯⋯賽の河原の番人、蒼賽鬼を呼んでくれぬか》
《⋯⋯えっ!? ⋯⋯と言うことは! もしかしていよいよ“あれ”のお披露目ですの!?》
蒼妖鬼は揉み手と満面の笑みで、蒼極鬼にすり寄っていく。
《⋯⋯ああ。賽の河原において極秘裏に造らせていた、“あれ”の試運転に丁度良い》
《わわわっ! 是非に是非に私も乗せてくださいな!》
《此度の日本侵攻のための秘策中の秘策。その勇姿を是非とも閻魔王様にも見て頂くとしよう。⋯⋯いや、その前に。閉ざされた閻魔宮では、行き場を無くした亡者ども以外にも、“何”が待ち受けているか分からぬからな》
謎の全ての答えは、川の上流、あの霞の中⋯⋯。
⋯⋯閉ざされた閻魔宮に在り。
この時の蒼極鬼の眼は、確かにそう告げていた。
《⋯⋯不知火綾麿か。この私を脅かす、その出自、その謎、その正体。⋯⋯しかとこの蒼眼で暴いてくれよう》
━━━━『六歌戦』不知火綾麿に謎の執着と警戒を抱き、また日本制覇の秘策を巡らせる蒼鬼軍総大将、蒼極鬼━━━━⋯⋯。
⋯⋯━━━━そして。
時を同じくして、舞台は再び陽のあたる地上。
日本、京都へ。
蒼極鬼が警戒の念を見せ、また小夜とも何らかの因縁を持ち、そして旅立った鎌足が最も名残に思う男は今、京御所から離れた私宅別邸に居た。
━━━━「⋯⋯また夜通しされていたのですか」
書斎の襖を開けた青龍は、差し込む朝の陽と共に、温かな気遣いの声を発していた。
青龍が声を掛けた先。
その小さな座敷には、机を前に熱心に何かを調べている最中の一人の男の背中が在った。
その傍には眩いばかりの金色に輝く、豪華絢爛な刀鞘が一振り、立て掛けられている。
それは言われずと知れた妖刀、帝から授かった『村雨』。
そしてその現所有者、不知火中将綾麿だった。
部屋着用の薄紫の狩衣を纏った綾麿は、昨晩からこの部屋に籠もりきりで、ずっとある調べを続けていた。
脱いだ烏帽子と共に机の上に置かれているのは、御所内の書庫や倉庫から取り寄せた、数多くの記録書。
その一つ一つの書物、何十何千万という文字を綾麿はひたすらに読み耽っていた。
これが警備の番や出仕以外の日における、此処暫くの綾麿の日常の光景だった。
朝の穏やかな景色に似合う落ち着いた声で、綾麿の後ろに座した青龍が問いかける。
「もうじき召集の日ですね。⋯⋯三年、いや正確にはもう六年にもなりますか。永く追い続けてきた弓削大社、そしてその忌まわしき秘密。⋯⋯どうでしょう? 新しい何かは掴めそうですか?」
綾麿は読みかけの書物を閉じ、青龍を振り返る。
そして残念そうな声で、淡々と言葉を吐き出した。
「⋯⋯否、何の証拠も掴めずだ。⋯⋯小夜め、なかなかに尻尾を出さぬ。念の為にと思い、前に一度調べた書物も今一度隈無く調べてみたが、やはり過去の内裏の記録や地方の公文書、口伝の紙の端に至るまで、その何もかもが影も形もなく、歴史から消されている」
「⋯⋯そうですか。やはり防御は厳重ですか」
「先日の御所での鬼たちとの戦いの折、紅斬鬼から確証は得たとは言え、日本反逆の証拠としては不十分。⋯⋯もっと確実な証拠を掴まねば、関白殿以下、誰も罷免や排除の話は取り合ってはくれまい」
「諸大臣の中にも、弓削の影響は強く及んでいます故。流石は難敵、幾星霜にも渡り日本の裏に君臨する女傑」
「紅閃鬼にもそれとなく問うてみたが、知ってか知らずか口は割らず、だ。密かに紅鬼と組する事を此処まで突き止めながら、手が出せぬとは。本当に歯痒いものよ」
「⋯⋯本当は出羽国の小角が、もっと協力的であれば、このような苦労は無かったのかもしれませんね。確か綾麿様も以前は何度か文を送っていたはず。紅鬼を退けた『六歌戦』功労の誉と、生き証人でもあるあれ程の者が後ろ盾になってくれれば、心強いのですがね」
「一度も返事は無い。梨の礫だ。小角は余程に権力や人を嫌っているらしい。⋯⋯此度も玄武に文を託してはみたが、恐らく聞き出すのは至難の業だろうな。鬼切丸の片割れを破壊しようとするならば尚更だ」
「⋯⋯厄介ですね。小夜と鬼切丸の両天秤は。しかもどちらもが重く、手強い。本当にお疲れ様で御座います」
綾麿は普段の姿を決して人前では見せようとしない。
しかし普段から傍に仕えている青龍だけは、その細やかな苦労の全てを悟っていた。
青龍は穏やかな声で綾麿をそっと労い、綾麿もまたそんな青龍に向けて、穏やかにそっと笑みを返す。
此処にはいつもの見慣れた二人の光景があった。
綾麿が悔しそうに唇を噛む。
「⋯⋯本当は此度の召集日。すなわち弓削大社を下山し、小夜が都に居座っている間までに、何とか手を打ちたかったのだが。残念ながらそれは叶わぬようだ。⋯⋯だが青龍の方こそ、また夜通しだったのではないか? 成果はどうであった?」
「私の方も御所の謎の氣の乱れにより、占の残影が揺らいでいます。これは時期的にみても原因は恐らく⋯⋯」
「⋯⋯霧人、陰陽衆だろうな」
「私もそう思います」
青龍は真剣な表情で、こくりと頷いた。
そんな青龍に向けて、綾麿は厳しい表情で言葉を続けていく。
「⋯⋯霧人の狙いは何と見る?」
「⋯⋯さあ、まだ何とも。鬼が羅生門邪道を開けぬよう守護結界を張っている、とも考えられますが、真実の程は掴めてはおりません。現に鬼たちはあの襲撃の夜を境に現れてはおりませんし、その可能性はあります。⋯⋯が」
「⋯⋯怪しい点もあるか」
「⋯⋯はい。もしそうならば、陰陽五色は白の呪法のはず。しかし私の占が乱されているという事は、同系の青の呪法を含みます。⋯⋯この点が解せません」
「⋯⋯そうか。⋯⋯小夜に続き、霧人率いる陰陽衆にも油断は禁物。⋯⋯あの霧人の真意もまた、しかと『六歌戦』召集の場で確かめさせてもらおう」
「私も引き続き、御所に漂う呪法の痕跡を辿ってみようと思います。しかしご安心を。私に与えられた任務、羅生門本道の探索の方も責任を持って成し遂げます故」
青龍は頭を下げた。
綾麿は申し訳無さそうに言葉を返す。
「⋯⋯地獄を攻めるためには、羅生門本道の場所を見つけるのが何よりの要。青龍よ、それは妖力に長けたそなたにしかできぬ事。相当に難儀だろうが何とか頼む」
「畏まりました。この青龍の妖力の全てを注ぎ、何とかしてみせます。⋯⋯しかし、綾麿様?」
「⋯⋯どうした?」
「見た所かなりお疲れの御様子では? どうでしょう、私の龍笛で良ければ⋯⋯」
青龍はそう言うと、懐から龍笛を取り出した。
「⋯⋯その荒ぶ心も、幾分かは鎮まりましょう」
そして唇を龍笛へと寄せた。
「⋯⋯笛か。久しぶりだな」
綾麿もゆっくりと目を閉じていく。
のどかで美しい朝の陽を伴奏に、青龍が響かせた龍笛の音。
それは疲れた身体の隅々にまで染み渡る、澄んだ美しい癒しの音色だった。
御所で吹いた鎮魂挽歌の音とはまるで違う旋律。
響きも抑揚も高低音の交わりも、何もかもが異なる。
しかし共通している事がただ一つだけあった。
それは奏者の生来の優しさ、人を慈しむ気持ちが垣間見える、という事。
音色は青龍の心を映していた。
まるで生きている人間の鼓動のように、所々で波を打ちながら高揚していく笛の旋律。
その残響が壁や障子に染みながら消えていく。
その細やかな余韻の侘び寂びを慈しみながら、目を閉じたままに綾麿が呟いた。
「⋯⋯とすれば、決定的な証拠のための唯一の手ががりとなるは、もう一人の生き証人。⋯⋯鎌足の奴が最初に会った時に思いがけず口にした情報。⋯⋯やはりそれに縋るしか無いのかもしれんな」
鎌足からもたらされた情報、そして生き証人。
それが誰のことを指しているのか。
青龍はすぐに悟っていた。
龍笛の息吹が止まる。
「ならば鎌足はやはり生かしておきますか? 私が早馬で駆ければ今ならまだ朱雀を止めることができますが」
止まった龍笛の音色。
その代わりに青龍が口にしたのは、言わば”値踏み“。
⋯⋯鎌足の命の値踏みだった。
綾麿がゆっくりと目を開けていく。
「⋯⋯否。それと鎌足の命とは別。⋯⋯憎き江戸側の鎌足は出羽で殺す。鎌足は何れは俺や朝廷にとって最大の障壁になるかもしれんからな」
「⋯⋯⋯⋯」
「その意味では出羽に旅立ってくれたのは好都合というもの。遠方で旅人が野垂れ死ぬのは、いつの世もよくある事。⋯⋯諸大臣はじめ、皇子や姫への鎌足の死の報告の際に、誤魔化しも効く」
綾麿から出た答えは容赦の無い、非情の言葉だった。
その表情も旅立つ朱雀に命令を伝えていた時と、まるで変わってはいない。
断固たる厳しさや決意が滲んでいる。
しかし青龍は何故か少し微笑んでいた。
「朱雀よりも遥かに、遥かに長い付き合いです。綾麿様の本心からの言葉や殺意なのか、それとも一軍の将として、無理にでも情けを捨てて作らねばならない我慢の仮の顔なのか。私だけは手に取るように分かります。⋯⋯それに、真実を唯一理解して差し上げるのも、貴方様に仕える副将としての私の務めでもありますから」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯綾麿様の力になりたい想いに焦がれる朱雀に狙われ、仮に鬼切丸を破壊する本気の玄武とも出逢っては、その命は間違い無く⋯⋯、果てます」
「⋯⋯だろうな」
「⋯⋯伊賀の鎌足。⋯⋯本当に、本当に殺してしまってもよいのですか?」
「⋯⋯⋯⋯」
綾麿は黙ったままだった。
そんな綾麿を横目に、青龍は昔を懐かしむような穏やかな表情を浮かべていた。
そして爽やかに微笑んだ。
「それに。憎い、殺す、最大の敵。ふふふ、綾麿様。かつて私と出会った直後も同じ事を言っていましたよ?」
綾麿は罰が悪そうに、少し目線を逸らす。
そして障子の隙間から差し込む光や、庭木の木漏れ日を見つめながら、素知らぬ顔で呟いた。
「⋯⋯遠い昔の話だ。⋯⋯記憶に無い」
そして溜息混じりに薄っすらと微笑むと、一言一言を噛み締めるように言葉を続けた。
「朱雀への命令に後悔などは微塵もない。⋯⋯ただ」
「⋯⋯ただ?」
「⋯⋯もう二度と、鎌足のあの減らず口を聞く事は無い⋯⋯。そう思うとな、いささか寂しい気もする。⋯⋯それだけだ」⋯⋯━━━━。
━━━━妖刀『村雨』を振るい、鎌足と『鬼切丸』、そして江戸徳川にとっても最大の宿敵。
未だ多くの謎を秘めた『六歌戦』、不知火中将綾麿━━━━⋯⋯
⋯⋯その瞳に映る明日は、善か悪か。
⋯⋯その心に描く未来は、正か邪か。
⋯⋯その口にした言葉は、嘘か真か。
綾麿の秘めた胸の内を、出羽への旅路の最中の鎌足は、知る由もない━━━━。
━━━━「⋯⋯ふぁ、ふぁ⋯⋯ふぁっくしゅんッ!」
燈十郎から教えてもらった下りの山道で、当の鎌足は豪快にくしゃみをしていた。
「⋯⋯んー? ⋯⋯誰か噂してるな。⋯⋯誰だろう」
鎌足を取り巻く縁の輪。
その誰もが鎌足と鬼切丸に並々ならぬ想いを抱き、これから始まる長い物語、運命を共にしようとしていた。
「⋯⋯噂話、まさか綾麿じゃないよな。鎌足が居なくなって、麿は寂しいのじゃー! なーんて今頃言ってたりして。⋯⋯はは、まぁ、そんな訳無いよな。⋯⋯てか、有り得ない有り得ない、何を考えてるんだ、私は!」
目指す出羽までの旅路はまだ始まったばかり。
雪国への路は長く、そして険しい。
そして待ち受ける数々の試練、背後や地獄から忍び寄る魔の手にも、まだ何一つとして気付いてはいない。
「⋯⋯にひひ。たぶん、美桜か櫻ちゃんだな、うん」
それでも今、鼻をこする鎌足の心の中とその表情は、今日の陽の光のように明るく輝いている。
「久々だ、伊織や乙葉に会えるの。楽しみだなあ。鬼との戦い、私の武勇伝、色々と聞かせてあげなくちゃ」
鎌足は足取りも軽く、次の一歩を踏み出した。
その度に出羽への距離は確実に縮まっていく。
(⋯⋯まずは伊賀の仲間、九人と約束の刻限に落ち合わないと。次の満月、亥の刻までに出羽国の関所の近く、古の城趾⋯⋯、とやらだっけ)
続く道の先、前を向いた鎌足。
その目は確かに、明日への希望と期待に満ちていた。
「⋯⋯待っててよ、伊賀の皆。役小角様。そして、⋯⋯もう一つの鬼切丸!」
━━━━江戸と伊賀の危機を救うため、まだ見ぬ鬼切丸の半刃に想いを馳せる、記憶を無くした少女。
伊賀御庭番衆小頭、鎌足━━━━。
━━━━現世の人間と、地獄の蒼鬼紅鬼。
双方に様々な想いが交わり、ぶつかり、交差しあいながら、物語は桜舞う春の京都から、その舞台を変える。
次なる舞台は、出羽三山の奥地。
万年雪に覆われた、極寒の銀世界へ━━━━。
━━━━『羅生門怪鬼譚』
第一鐘「京都六歌死闘編」
完
第二鐘「出羽白雪血風編」へ続く━━━━。
第一鐘 全100話、最後を締め括る第109話も最後までお読み頂きありがとうございました。
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次回第110話、第二鐘の予告編は11月7〜8日の投稿予定です。
次回は第二鐘の各シーンの台詞などの切り抜き予告となっています。テレビの次回予告を観ているイメージで楽しめるような内容を考えています。どうぞお楽しみに。
序鐘9話、第一鐘「京都六歌死闘編」100話、全109話。
皆様の応援や励ましのお陰で、1月から始めた連載&第一鐘も完結を迎える事ができました。次回、第二鐘への予告編1話(110話)を挟んで、111話から物語はいよいよ、第二鐘「出羽白雪血風編」に突入していきます。
現在進捗は135話あたり。投稿までにもう少し書き溜め準備期間を頂く事になるかと思いますが、引き続き当作『羅生門怪鬼譚』をよろしくお願い致します。
【改稿履歴】
改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。
過去話も誤字脱字を見つけ次第、訂正しています。
内容は全く変わっていませんので御安心ください。




