朝ご飯
「おはよう」
「おはよう」
リビングに顔を出すと母さんが出掛ける準備をしながら挨拶を返してくれた。
テーブルには一人分の朝食が置いてある。
佳奈はさっき学校に行ったし、父さんは佳奈よりもっと早くに家を出ている。
「早く食べちゃいなさいね」
「はーい」
そう答えて椅子に座ろうとすると母さんが僕の目の前に来る。
男の頃はとっくに追い越していた母さんの背は、女の子になってまた追い越されていた。違うか、僕が縮んだだけだ。
母さんは腕を組みながら右手を頬に当てて
「ホントに可愛くなっちゃって……」
と僕の顔をまじまじと見つめてくる。
「はいはいどーも。いただきます」
言われ慣れていない褒め言葉に背中がむず痒くなって投げやりな言葉を返してお箸を取る。
「可愛い」を言われて喜ぶようになったら、もう女の子の道一直線に駆け上がってしまうような気がして空恐ろしさを感じる。
……僕じゃなくて「この子」だったらどんどん可愛い格好してほしいと思うのに、自分ごととなると二の足を踏んでしまう。
僕の周囲の人間は僕をどんどん可愛い方向に追い込んでくる。
僕を、僕の男の心を守れるのは僕だけなのだ。
負けるわけにはいかない!
僕は心の中で熱い思いを滾らせながら朝ご飯を頬ばる。
「それじゃあお母さんも行ってくるから。恥ずかしくない格好で出かけるのよ?」
「いってらっしゃーい」
女物の服なんてないので、自分の持っている服を適当にやりくりしてお迎えを待つつもりだ。
昨晩佳奈に言われて服の量こそ減らしはしたけど、最後の一線だけは守っていきたい。
もしくは心の安らぎを得たい。
リビングから出て行く母さんを座って見送り、玄関の方からドアが開いて閉まる音が聞こえてきた。
母さんが出掛けて家に一人になった。
いつもだったらこのまま自分の部屋に篭ってゲーム三昧の一日が始まる。
だけど今日はそういう訳にはいかない。
今晩西園寺さんの家からお迎えが来て(おそらく環さん)、竹宮さんの家にご厄介になる。
点けられたままのテレビがワイドショーをやっている。
しばらくご飯を食べながらぼーっと見るとはなしに見ていた。
特に面白そうなニュースはやっていない。
魔物騒動はもちろん、魔法少女の話題なんか何もない。
有るわけはない。
封鎖結界で魔物が外に出るのは防いでいるんだし。
「あれ?」
でもおかしい。
昨日の二体の魔物が現れた際、僕が現場に辿り着くまで五分近くかかっているはず。
田舎町だから誰にも気付かれなかったのかもしれないけど、目撃者がいたらどうなっていたのか。
この時差はどうするんだろう。
これはまたあとで竹宮さんに聞いた方がいい。
「ごちそうさま」
誰もいないリビングで一人手を合わせ、食器をまとめてシンクに持っていく。
使い慣れたシンクだったけれど背が低くなってしまったため、微妙に届かない。
しょうがないので台所の片隅に足を引っ掛けないよう仕舞われていた踏み台を久々に取り出してシンクまで持っていく。
踏み台の上に乗って洗い物をする。
昨日竹宮さんの家で朝食を作った時から分かっていたけど、洗い物をしていると否が応にも胸の膨らみが目に入ってくる。
こんな急激に自身の体が変化するなんて体験、多くの人はそうそう体験出来ないことだろう。
だからといって率先して体験したいものでもなかったけど。
ほぼ無意識で洗い物を片付け、踏み台から降りて手を拭きながらテレビの電源を切る。
台拭きを濡らしてテーブルを拭き、「ふぅ」と一息つく。




