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夢見た力

「ふう……」


 登校する竹宮さんを玄関で見送り、扉の鍵を念のため全部かけると(ドアチェーン含め全部で4つあった)、僕は胸に抱いていた本とノートを大きな靴箱(竹宮さんがここから靴を取り出していた)の上に置き、大きな大きなため息をついた。


 昨晩の客間でも一人だったが、あのときはとめどなく押し寄せる情報の波と、慣れない体とのギャップに蓄積した疲れにと、文字通り心身ともに大きく疲労していてすぐ睡魔に襲われてしまった。


 今は。

 頭もすっきり体も軽くて(文字通り体重も軽くなっているのは関係ないと思う)、何ら気にすることなく自分の変化と向き合える。


 改めて横に据えられた姿見に目をやる。

 そこには自分では想像も出来ないほどの美少女がクリーム色の寝間着を着て僕を見つめている。

 まず目を惹くのは長いサラサラとしたストレートの銀髪にぱっちりした右目が茶色、左目が青色のオッドアイ。

 そして優しげな眉に長い睫毛。温和な顔立ち。整った鼻立ちにぷっくりとした唇。

 背丈こそ低いが頭自体が小さいため、とてもバランスが取れている。

 胸は……僕は女性の胸のサイズには詳しくないから、何カップとかは断言出来ないけど、少なくともAではないと思う。もしかしたらBよりも大きいのかもしれない。


「あーあーあーあーあー」


 小声で発声練習をしてみる。

 とてもきれいなソプラノが心地良く僕の耳に響き渡る。


 指を見てみる。

 白魚のような指、というのは単なる比喩表現だと思っていたが今目の前にある指はまさにそうとしか表現出来ない。

 以前までの自分にはナルシストの気はなかったけど、この美少女は未だに自分だと認識が薄く、見ててドキドキしてしまう。


「ふう……」


 一通り自分の体を眺めることに軽く満足すると、本とノートを引き寄せるとリビングへと向かう。


 まずは、まずは勉強が先だ。

 何はともあれ結界魔法の勉強が終わってからだ。



 リビングに入る際、少し違和感を覚えた。

 これが竹宮さんが言っていた結界だろうか。


 まずは本ーテキストーを開いてみる。

 中の文章はとても分かりやすい日本語の文章とイラストで構成されていた。

 魔法少女という突飛な単語に魔法少女組織という不思議なネーミング、そしてこの分かりやすいテキスト。

 魔法少女の性質上、彼女たちが扱う秘術はそれこそもっと秘されているものだろうに、この落差。

 今いち納得がし難いものがある。

 それも含めて魔法少女というものだ、と色々なものを飲み込まなければならないようだ。


 おそらく他の本には組織の成り立ちなども詳細に書かれているだろうが、まずは結界魔法、結界魔法。

 テキストを最初から読み進め、設問に突き当たる。


「内なる自分とそれ以外を区別してみよう、魔力をテキストのこの丸の部分に当てて色を変え、判定してみよう、か……」


 この女の子の体になった今、魔力は実感している。イメージも出来る。

 おそらく藤宮葵という人間には魔力はなかった、と思う。そもそも魔力を認識したことがない。認識していない、知の外に在るものを感じたこともない。

 強いて言えば昨日のコンビニでの不思議体験時だけど、あの時はすでに体は女の子だったんだと思う。


 テキストを開き、右の掌に魔力をゆっくりと移動させるイメージを脳裏に描く。

 心臓が在る部分から白く穢れなく煌々と輝く光が僕のイメージに沿って右の掌に移動していく。

 そして右の掌に白い光がピンポン球くらいの大きさとなって集まった。

 ここまでは特に問題ない。イメージ通り。

 あの化け物(竹宮さんは魔物と呼んでいた)の体内に取り込まれた際の生死の狭間でコントロールしきっている。


「この○に魔力を当てる……?掌を押し当てるでいいのかな?」


 ゆっくりと掌の光をテキストに触れるか触れないかくらいの距離で手でテキストを拭くように動かしてみる。

 その軌跡に赤い色がついていく。

 色を変えることには成功した。


 判定はどうか?

 赤色は……内なる自分の力、と書かれていた。判定は×だ。

 合格するには青色、外界に影響する力にしなければいけない。

 外界に影響する力とは、自分の体を離れても魔力の減衰がない力、のこと。


 おそらく昨日の戦いで僕が使ったのは内なる自分の力。だから接触時に魔物に魔力を通していた。

 竹宮さんが使っているのは外界に影響する力。

 だから竹宮さんがいなくてもリビングの結界は維持されている。

 おそらくマンガやアニメで見るような攻撃魔法とかもこちらに分類されるんだろう。


「うーん」


 外界に影響する力はそこに在ること、存在を確実にイメージすることが大事だとテキストには書かれている。

 存在しないものを在るようにイメージする。

 しばらく考えてみて、アニメやゲームの魔法使いをイメージしてみる。

 結界で守られたリビングの壁に掌を向け、イメージした魔法の名を叫び撃ち放つ。


「ファイアボルト!」


 その瞬間、僕の掌から炎を纏った魔力の矢が次々と飛び出し壁に突き当たるとたちどころにかき消える。


「おお……!」


 思春期に罹患するという病気に僕も例に漏れず罹っていた。

 あの頃妄想した夢が具現化するなんて。

 誰でも一度は夢見た力、それを扱える快感に思わず身震いする。


 興奮冷めやらぬままに再びチャレンジした設問の丸はキレイに青く染まった。

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