おやすみなさい
「さっきのことは誰にも言わないから安心してね」
竹宮さんの言葉に先ほどの僕が口にしたお姉ちゃん呼びを思い出す。
「さっき……ああああ!!」
たった一回とは言え、どうして僕は竹宮さんをお姉ちゃんって呼んでしまったんだ……!
お風呂の中でいつの間にかぼーっとしていて呼んでしまっていたんだろうか。
それにしても同級生相手にお姉ちゃん呼びはない……。
真っ赤になっている僕の口を竹宮さんが笑みを浮かべながら優しく拭って奥の部屋、おそらく台所に入っていった。
「流石に一緒に寝るのはどうかと思うから」
「ありがとう」
そうか、竹宮さんのラインは一緒にお風呂以上一緒にお布団未満か。
正直よく分からない。
すまなそうに言う竹宮さんに僕は感謝半分むくれ半分の不思議な気持ちを込め、見上げてお礼を言う。
ここは客間。
冷凍庫から持ってきたカップアイスを食べ終わった竹宮さんは、いつの間にか僕用の布団を準備していてくれたらしい。
お風呂ではヒドい目に遭ったものだ。……ヒドいことだけではなかったけども。
すでに客間の電気は消され、廊下から差し込む光で竹宮さんの表情は見えない。
「それじゃあおやすみなさい」
「おやすみなさい」
言葉を交わして竹宮さんが客間のドアを閉める。
僕は敷かれた布団の上に寝転ぶとタオルケットを被って寝る体勢に入った。
横になると胸の下向きの重さから開放され、少しだけ楽になったが、もう敢えて何も言うまい。
今日は本当に、本当に長い一日だった。
お風呂でリラックスしたこともあり、もう眠気を抑えきれない。
ひとまず寝て明日また色々考えることにしよう。
oooooooooo
「あれは何だったんだろう」
私は自室のベッドに腰掛けたまま一人呟く。
お風呂で藤宮くんがいきなり私のことをお姉ちゃんと呼んで、まるで妹のように懐いてくれたのは嬉しかったし、そのあとも私にお世話されるのが当たり前、妹としてさも当然のように振る舞っていたから、お世話するのも楽しかった。
だけれども。
あの照れ屋の藤宮くんがいきなりあそこまで恥じらいも照らいもなく妹という女の子を演じることが出来るのか?
佳奈ちゃんという妹の実例こそあるものの、葵ちゃんの所作は佳奈ちゃんのそれとは全然違った。
まるで私の妹のように振る舞っていた。
でもそのときは私も嬉しくて葵ちゃんありがとう!状態だった。
変化があったのはそのあと。
アイスを食べていたときに急に元に戻ったようだった。
何がきっかけだったのかは分からない。
分かっているのは、私が食べないと言っていたアイスを食べ始めても藤宮くんは何も言わなかったことだ。
藤宮くんの記憶は途切れている。
念のため、この家の中に藤宮くんに気付かれない程度の魔力の薄い、糸のような自律式結界を貼ることにした。
行動を縛るものではないが、あとで何かあったかどうか確認が出来るものだ。
そして私の部屋は身の危険も考慮して何重もの自律式結界を。
こちらは時間稼ぎ用。その間に起きて対処出来れば問題ない。
私は自分で言うのもなんだが飲み込みが早いと自負している。そして頭でっかち。理論第一、実践後回し。
結界だってこうやって落ち着いてイメージすれば……、ほら、出来た。
ただこのままでは戦闘時何の役にも立たないことも先の戦闘で思い知ったので、藤宮くんと一緒に基礎練習をするのもいいかもしれない。
彼は素手で戦っていたが、本来は得意な魔法があるはずだ。それを見極めるのも大事だ。
ああ、藤宮くんのことを魔法少女組織に連絡しなくてはいけない。アレの耳に入らないような伝達をしなければ。
そうなればいずれ彼と私は管轄が変わるだろうから早めに練習しないと。
藤宮くん彼自身には不信はない。
なんだかんだいっても私のことを信用してくれているし、自分の体に起こったことよりも優先して私を相手してくれている。
思春期の元男の子らしくえっちなことにも興味津々だけど、しっかり自制心もある。
……だから私がからかい過ぎてしまったのだけど。これは私が悪い。
問題はあの懐いてきた女の子だろう。
こちらに危害を加える素振りはないが、警戒はしておいて越したことはない。
「おやすみなさい、か」
先ほど藤宮くんと交わした言葉を思い出す。
ひさしぶりの会話。
遠い過去の思い出。
私は部屋の照明を落とすとタオルケットを被って寝る体勢に入る。
今日は本当に、本当に長い一日だった。
「おやすみなさい、藤宮くん」
長い一日でした。




