(33)
由恵ちゃんの後ろから、ショートカットの清掃員が近づいてくる。マスクを外すと、つややかな唇が見えた。
『美紅さん! 助けて』
美紅さんはニヤリ、と笑い、掃除機を俺に向けた。床を濡らしていた赤い体液は吸い込まれ、俺の腹や手のひらに刺さっていた包丁も吸い込まれた。
『何をする』
由恵ちゃんがそう言ったかと思うと、由恵ちゃんの肌が見る見る青く、黒くなり、目玉が落ちた。そうやってゾンビ化した由恵ちゃんが、俺の方に向き直った。
『お前をゾンビにしておこう』
口を開いて近づいてくる。
『やめろぉ!』
俺が言うと、美紅さんがゾンビもバラバラにして吸い込んでしまった。
どんどん吸い込むうち、美紅さん自身も吸い込まれていった。世界のすべてを吸い込んだ掃除機は、自身を吸い込んで止まった。
俺の目の前にはただ何もない闇が広がっていた。
いや、何か見える。
俺はどうやっているのかわからなかったが、見えている何かに向かって進んでいく。
見えていたものは、どこかの家にはいるための門だった。
『影山……』
その門の先に、大きな屋敷が見えた。
『あれ? ここって……』
全身に鳥肌がたった。恐怖の対象として、体が近づくのを拒んでいる。
けれど、何か懐かしくも感じていた。
『えっと、ここって、あそこ、だよな?』
突然、顔から壁に衝突したような、全身を打ちつけたような痛みが走り、五感が断ち切られた。
目が覚めると、見覚えのある風景だった。
以前、やはり除霊事務所で打ち合わせした時に気を失ってしまった時、連れてこられた病院の個室だった。
ノックの音がすると、扉を開けて看護婦が入ってきた。
「起きたんですね…… 名前みてびっくりしちゃいました」
「……ああ、こんな短期間に入院するなんて、変ですよね」
「それもそうなんですけど、自分の勤務の時間に合わせるように入院なんて。ちょっと運命感じちゃうというか……」
少し紅潮したような頬、視線をそらすような仕草。この看護婦さんが俺を。もしかしたら俺を好……
「たしかここよ。前もそうだったわ」
廊下から、聴き覚えのある声が聞こえてきた。
「あら、もう御見舞にこられたようですね」
看護婦さんは急に近づいてきて、俺に体温計を渡した。
「お熱だけ測りますので」
「?」
正確な体温を測る場合は、舌下でという話を聞いたことがある。ここではどうするのが正しいのだろうか。
「脇のしたでいいですよ。私がやったほうが良ければそうしますけど」
看護婦さんが俺の服の胸を開いて、体温計を脇に挟み込ませた。
「あっ!」
と声がする方には、冴島さんがいて、俺を指差していた。
「また、こういうことするの?」
俺は病衣の胸元を開けられ、顔を近づけられた状態で固まっている。
看護婦さんがそのまま部屋の外を向く。
「べ、別にそういう訳じゃないんです」
「あんたに言ってんじゃないの。この看護士さんに言ってるのよ」
「体温を測っていただけですよ?」
ちょうど体温計から測り終わりの音が鳴った。
「ね?」
看護婦さんはわざわざ顔を近づけてきて、俺の体温計を取り出す。
「それよそれ、なんでそんなに顔をくっつける必要があるの?」
冴島さんが病室に入ってくる。続けて、中島さん、松岡さんが最後に入ってきて扉を閉めた。
「あっ、この人が録音の時の看護婦さん?」
中島さんが言って、すぐ口を押さえた。冴島さんが中島さんを振り返る。
「えっ?」
「いえ……」
中島さんが視線をそらした。
看護婦さんは体温を記録すると体温計を布で拭ってケースに戻した。そして扉の方へ進み、出ていく直前に俺に微笑みかけた。
「また来ますね」
扉が閉まるのを確認したように、
「二度と来るな」
と、言って冴島さんが手ではらうような仕草をした。
「そんな言い方しなくても」
「あんたが隙を見せるからあんな態度になるんでしょ?」
「所長、あのそのくらいにして、本題にはいってください」
割って入るように中島さんががそう言った。
「影山くん。明日、退院したら、一緒に来て見てほしい家があるのよ」
そう言う中島さんは、タブレットを持って見せた。
「ここですか?」
そこには地図が表示されていた。
中島さんが操作すると、家の門が表示された。
「ここ、なんだけど」
「……」
その映像に見覚えがあった。
黙っていると、冴島さんが口を開いた。
「昨日の解析機に残っていた映像と似てる。ということは、影山くん。あんた見たってことだよね? これどこ?」
「……」
また黙っていると、冴島さんが何か言いかけた。そこを中島さんが止める。
「所長、そんなに焦らないで。影山くんに説明しましょう。まずは住所。これは過去のある事件を伝えるネット記事から見つけたの。今はそのネット記事はなくなってるけどね」
俺はうなずいた。
「だから、この門の映像は実際にこの住所にある風景よ。で、もう一つ。昨日の解析機で分かったこと。一つは影山くんには複数の霊が憑いていること。数もよくわからなった。多くは深いところにいるようで、解析機でしっかり判別できるほどの霊力が検出できなかったの。だからこれは推測ね。もう一つは、さっきの門の映像。あの機械は霊力を解析する機械であって、記憶を読み取るものじゃないの。けれどどうも影山くんの記憶らしいものが見えるわけ」
冴島さんが中島さんの口を押える。
「あなたの記憶は予想だけど、霊が抑制してるみたいね。記憶消しの霊とでもいうべきもの」
「えっ、じゃあ、冴島さんがそれを除霊してくれれば、俺…… 俺記憶が……」
「ダメ。除霊したら記憶ごと消えてしまうわ。この問題の解決方法は、あなたが霊から奪い取るしかないの」
そう言われて俺は少し考えた。
俺の記憶を霊が抑制している。そのせいで、霊を解析する機械で俺の記憶が見えてしまった。
と言うことは、ここにいる人たちは、俺の記憶を……
「冴島さん。ちょっといいですか」
「何よ?」




