(32)
「なら、早くつかまえてしまおう。教祖様の目的の為には、あの男を捕まえるのが手っ取り早い」
「ですが、冴島との契約があり……」
「自らこちらに来るようにすれば問題ない。美紅、お前の力があればやれるだろう?」
美紅は、そう言われると体側に沿わせた指を震わせた。
スーツの男はそれに気づいたのか、言葉をつないだ。
「教祖様に救っていただいた恩を返すいいチャンスだ。そうは思わんか」
「……」
火が進まないタバコを口にしてから、男は言った。
「やれるなら、どんな方法でも構わん。とにかくやるんだ」
「……はい」
美紅は会釈をしてから部屋を出た。部屋の外にでると、そのまま壁にもたれ、深いため息をついた。
「あん、動いじゃダメ」
「それにしても…… こんなに濡れてるなんて」
「えっ、あっ、そこ、どうするの?」
「だって」
「そんなところ…… 吸わないで。汚いし……」
「じゃあ……」
「いやっ、ダメッ」
「ここは私の事務所だ! 神聖な除霊事務所で何をしてる!」
扉が開くと、そう言いながら冴島さんが飛び込んできた。
俺たちの様子を見て、キョトンとしている。
「どうしたんですか、あの、今大きい声出すと、こぼれちゃうんで、待ってくださいね」
「もうこぼれてるじゃない」
中島さんは冷静にそう言った。
机の上にはコーヒーがこぼれていた。何もない机の一面をほぼ覆っており、表面張力でギリギリ床にこぼれていなかった。
「コーヒー?」
「ええ、べちゃべちゃに濡らしちゃってすみません。床にシミを作ったら大変だから、さっき俺が机の上をすすっちゃおうとしたら、玲香さんに止められました」
冴島さんは細かく何度かうなずいた。
「ちょっとまって、影山くん。あんたいつのまに中島のこと玲香なんて下の名前で呼んでるのよ」
「すみません」
中島さんが手を激しく振りながら言った。
「所長ごめんなさい。私が玲香でいいから、って言ったものだから」
「……」
とにかく急いで机の上のコーヒーを拭き終わると、俺たちは事務所の奥にある所長室へ移動した。
「玲香、予備計測はどうだった?」
「えっと、見てもらえるとわかるんですが、いろんな値がちょっとずつ、出てる感じです」
俺は中島さんの後ろからのぞき込む。
「こら。あんたが見てどうする」
冴島さんが手をかざすと、体が自然と後退していた。
「そう。やっぱりあれ借りてきて良かったわ」
所長室の扉が開いていて、松岡さんが運送業者の人と一緒に、台車に載せた大きな機械を運んできた。
機械は大きく長い板が立っていて、真ん中あたりにリング状のものがついていた。
運び入れ終わると、業者は帰っていった。
最初台車にあった形は、縦にして載せていたようで、
機械は横に、大きな板が床に敷かれるような方向で置かれていた。
「MRIみたいなもんですか?」
冴島さんがケーブルをつないで電源を入れる。何か説明書のようなものを読んでいる。
電源を入れると円筒を突き抜けている大きな板が少し前後に動いた。
「動き的にはそうみたいね」
「で、これ何なんですか?」
「GPAって呼ばれているやつで、Ghost Phenomena Analyzer:幽霊現象解析機よ。身体から放射されている霊力を捉えて分析する機械ね。あ、言っておくけど。ここで暴れたりしないでね。この機械、かなり高額な代物なんだから」
人差し指を立てて俺を見る冴島さんの目が、怒っていた。
「買ったんですか?」
「まさか。当然レンタルよ。ほら、腕のGLP外して。ここに寝なさい」
冴島さんは言いながらも説明書に必死に目を通している。
いや、何かこれ、失敗するフラグが立っている感じだ。
「あ、あの…… こういうのって、資格もった人が使わなくていいんですか?」
「必要な資格は除霊士だから私が使うことに何の問題もないわ。さっさと横になりなさい」
諦めて、その板の上に横になると、松岡さんと中島さんがやってきて、機械についていたベルトで俺の体を縛り付けた。
「痛い痛い…… 中島さん、強すぎますよ」
「ごめんね。これ強く縛らないと、測定できないのよ」
「えっ、使ったことあるんですか?」
小さくうなずいた。
冴島さんが片手に説明書を持ちながら言った。
「何度か借りたことがあるってだけ。過去、縛り付けが甘くて、被験者が暴れたの。それで機械を壊しかけたのよ。そん時は、それはものすごい金額を請求されたわ」
「松岡さんも、痛い、跡ついちゃいますよ」
「あんたは色んな霊がついてそうだから、厳重に縛っとかないとヤバいわね」
「あうあうあう……」
俺は口のあたりも縛られてしまい、言葉が出せなくなった。
「よし準備はいいかしら」
中島さんと松岡さんがうなずく。
俺の頭の上あたりにある円筒状の内側が光り始めた。音を立てて暗い赤がクルクル回りはじめたかと思うと、あっという間にスピードが上がって青白い光になった。
「おおいあい、あいおううあんえすあ!」
「大丈夫よ。これで死んだ人はいないわ」
冴島さんは機械の表示をじっと見つめた。
「オールレディ。スタート!」
キュィィィィィンと音がなり、ゆっくりと縛り付けている板が動く。
頭が青いリングの下の入り始めると、俺は怖くて目をつぶってしまった。
『影山くん!』
俺はびっくりして目が覚めた。
横になっていたはずだったのだが、しっかりと二本の足で立っていた。
『由恵ちゃん。どうしたの?』
『手、手、大丈夫?』
言われて目の前に手を上げてみると、真っ赤に血塗られた手の甲から、包丁が飛び出していた。
『うわぁっ……』
気分が悪くなり、何かが喉を上がってくる。由恵ちゃんの前なのに…… 俺は後ろを振り返って、吐いた。
真っ赤な体液が床に飛び散る。
『うわっ、待って、こんなに血を吐いたら俺…… 死ぬ』
前のめりになって俺は自分の腹にも包丁が刺さっていることに気付いた。
『大丈夫、影山くん?』
由恵ちゃんの姿がブレる。いや、ブレているように見えるだけで、実際に三人、いや四人の由恵ちゃんが俺を囲んでいる。
『怖いよ、死にたくない!』




