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「あ、そんなこと言っていましたよね。えっ?じゃあ、香川さんの話はなんなんです?」
「ついでね。ついで。私が依頼された事件とは無関係な、まったく別の事件。だから、後始末を警察にまかせちゃったけど」
「……なんか、話逆になってなってません?」
「ああ、最初の見当とは違ったわね。最初、データセンターの誰かが霊に取り憑かれているのだと予想した。それが最終的にサーバー利用会社の業績ダウンにつながっているハズ、そう思ったの。たまにはそういうこともあるわ」
俺は思い出したことがあった。
「あの、ゾンビは俺にしか見えないのはなんでだったんですか?」
ルームミラーの中に見える冴島さんがニヤリ、と笑った。
「聞きたい?」
「……ええ。もちろん」
「あなたに死が近づいているからよ。つまり、ゾンビはあなたの未来の姿」
「えっ……」
冴島さんはまだニヤニヤしている。俺はその顔を見て安心した。
「ウソウソ。あれは完全霊体。だからあの壁で封鎖できなかったのよ。GLPはGLPを使う術者と霊体の区別が出来なかったって訳」
「完全霊体??」
「何か別のものに霊が宿っているわけじゃなく、何から何まで霊体という意味で『完全霊体』ね。けど、今回の件で言えば、あなたが作り出した、というのがポイントよ。だから区別ができなかったんだから」
「俺が作った……」
どうやって、というか、いつの間に。俺にそんな力があるのか?
冴島さんはペットボトルを取り出して少し水を口に含んだ。
「あなたがこのバイトをやることになった理由。説明してたわよね? あなたには霊感、というか霊力があるって」
「俺に霊力があるって……」
「契約の時最初に行ったはずだけど? 見えない看板に気づき、開けれない扉を開いた。あの場で契約し、夕飯をごちそうまでしたのは、それだけの価値があるからよ。手付金もそれだけ多く払った。わかるでしょ」
「……」
「ただ調子には乗らないことね」
「はい」
そうは言ったが、能力を評価され悪い気はしなかった。
調子に乗るな、と言われ、俺は、死んでしまった前任者がそうだったのか、と考えた。
「前任者のようにはならないようにってこと……」
言いかけて殺気のようなものに気づいて話すのを止めた。
冴島さんが話しだした。
「前任者が死んだ話しはしたけど、その話しは調子に乗ったとか乗らなかったとか、そんな単純なことではないのよ。あんたが軽々しく口にするようなことではない」
「その前任者の件って聞いてもいいですか」
冴島さんは窓の外を向いて話し始めた。
「前任者という表現が正しいかは別にして、亡くなった私の助手は、除霊士の試験を受けている最中だったの。『除霊士』の話は知ってる? 『師匠』の『師』をつかうのは民間除霊師で、弁護士の『士』を使う方が国家認定の除霊士で、こっちは法人からの依頼を受けることが多いのね。その子は、冴島除霊事務所助手中のトップの能力を持っていて、除霊士の国家試験の筆記を一発合格して、最終試験として実地試験をしていたの。実地試験にうかれば一級除霊士よ。冴島除霊事務所から独立して、自分の事務所を立ち上げる話も出ていた」
声の調子に寂しさが現れていた。
「実地試験の最中、低級霊の襲撃にあったの。複数の試験官やら受験者が集う場に引き寄せられるように霊が集まることがある。その子の実力なら、低級霊にやられることはないはずだけど、その時は数を見誤った。低級霊とはいえ、数を増やし、群れをなせば上級霊にも匹敵することがある。けど、そんなことは理解しているはずなのに」
ルームミラー越しに俺の顔を見たようだった。
「ああ、そんなに脅す必要もないわよね。あんたの場合は女ね。女で失敗するタイプ」
「そ、そんな。俺も生涯のなかでモテたことが……」
「電話で言ってることと違うじゃない」
「あの時はちょっと、気が動転してました」
俺は自分の発言に対して何十回目かの後悔をした。
「ちょっと思うんだけど、影山くん、あんたについている霊を調べてみない?」
「えっ? どういうことですか、さっきは霊力がって」
「霊力がある原因として、霊がついている場合もあるわけよ。調べる準備しとくから今度、事務所来なさい」
冴島さんがルームミラー越しに指さしてきた。俺に断ることなど出来るわけがなかった。
「わかりました」
3話 おわり
俺は冴島さんに呼ばれ、大学の授業の後、除霊事務所に来ていた。
扉のインターフォンを押すと、そのまま入り口から入ることが出来た。
奥に落ち着いた木目調のカウンターがあり、そこに秘書兼受け付けの女性が座っていた。この前と同じ金属フレームのメガネをかえていて、髪はショートだった。グレーのスーツを着ていたが、今日は以前に比べてシャツの胸元が大きく開いているように思えた。
「どうかしました?」
視線に気づいたか、と思ってとっさに視線をはずした。
「いえ」
「バイトくん、今日は保有霊の検査ですよね。まずは、こちらに記入しておいてください」
問診票? 除霊事務所に来たはずだが? なんだろう、病院に来たような雰囲気になっている。
俺は渡されたボードに挟んである紙を読み、はい、いいえ、に丸をいれていった。
「え?」
受付の女性が俺の顔をのぞき込むように見てくる。
自然と俺の視線が女性の胸元にいってしまう。下着が…… 黒。
「やっぱり普通の人じゃないわね」
胸に気を取られていて、何を言われたのか意味が分からなかった。
「ご、ごめんさい。あの、ネームプレートを見てただけです」
「……あっ、そう。じゃあ、ちょっと読んでみて」
女性は胸を突き出すようにして立った。
俺は堂々とそこに視線を向けることが出来なかった。
「さっき読んで覚えてますよ。中島玲香さんでしょう?」
「正解。すごいわね。記入終わったなら、それ、ちょっと貸して」
中島さんはそう言うと俺の持っていたボードを受け取り、紙をひっくり返して何か書き込んだ。
「冴島所長がくるまでにやれることやっときましょう」
そう言って奥の扉にスタスタと歩いていく。
俺は中島さんの魅力的な腰つきに見惚れていたが、扉を開けた時、ここが無人になることに気が付いた。
「えっ? 受付はいなくてもいいんですか?」
「大丈夫。今日はもうおしまい」
そう言って中島さんが手招きした。
目の前の魅力的な女性とイイことをする。そんな、ものすごい自分勝手な妄想をしながら、俺は中島さんのもとに駆け寄った。
薄暗い部屋で、黒いスーツにサングラスをかけている男が、タバコを吸っていた。
吸っているタバコは、赤く光っているが、一向に燃え進まず、同じところが光っている。
部屋の扉開き、大きな茶封筒を持った女性が入ってくる。
「美紅か。どうだった」
部屋を進んでくる女性はシャツにジーンズというカジュアルな恰好だった。
「戸籍を確認しましたが、あの影山家の家族構成と一致します。また、長男が通っていた大学と、冴島除霊事務所のバイトが通っている大学も一致しますから、間違いありません」
そう言って女はスーツの男の前に茶封筒を置いた。




