31 とある親友の誓い③
「アルマー、王子さまは街を出たぞ」
ネコの言葉にふと過去から意識を戻す。
「…ああ」
ネコはため息を吐く。
「こんなこと言いたくないが…。別れに突き放すくらいなら、最初から構うべきじゃなかった。そうだろう?」
うるせえな!わかってるよ!!
苦々しく舌打ちをすると、ネコはまたため息だ。
「…城の情報は入ったのか?」
「いや…まだ朝なせいか、目立った動きはないな。王子さまはいつも昼まで寝ていただろう?
いないことに気付いていない可能性が高い」
あのじじい!何考えてやがる!!
思わず、先王に悪態をつく。
会ったことは…一度しかないが。じじいで十分だ。
何故今になって、突き放した?
考えてもわからない。
こんなゴロツキにわざわざお忍びで会いに来て、頭を下げた。
そんな記憶がよみがえる。
あの時は、必死に見えたが…?
再び、過去を思い返す。
「頼みがあるんじゃ」
そう言って先王は切り出した。
今は、たまり場の酒場に来ていた。先日、王子を風呂に入れた場所だ。
「こんな裏にわざわざ来て、なんの頼みでしょうかね?」
俺は嫌そうなそぶりを隠すことなく先王に言い放つ。
正直、迷惑だ。
先日、王子を助けた際に散々、ネコに説教くらった。
王族に関わるな!そう言われて、王子にはもう関わらない、と言質をとられたばかりのコレだ。
ゲンナリする。
王族にも、裏の人間に関わるな、と言う不文律を作るべきだ。
俺が座るイスの後ろに立つネコの空気が怖い…。
「そう邪険にすることもあるまい。
孫が世話になったようじゃ。礼を言わせてもらおう」
先王はふっと笑い、頭を下げる。
少し驚く。
よく知っているな。王子が教えたのか?と思ったが、すぐにその考えを否定する。
恐らく、そんな話はしないだろう。
それに、俺と王子が会ったことは街で少し噂になっている。
聞こうと思えば聞けるだろう?
このじいさんが王子にしているのは、区別ってわけか?
区別と差別じゃ意味合いが変わってくる。
ただ、分けるだけの区別と違って、差別は否定的な拒否に感じる。
「先王、言いたかないが、こんな奴に頭を下げにくるぐらいなら、孫にもっと心を砕いてもいいんじゃないのか?
あの王子の眼は成人までまだ85年あるガキのするような眼じゃねえ。
あんた、何がしたいんだ?」
不快を顔に張り付けて、尋ねるとじいさんはふふと笑う。
なにが可笑しい?このじじい!
「感謝する。あの子のことを気にかけてくれて…」
そして、真剣な顔で俺を見返す。
「あの子の人生はおそらく苛烈を極めるじゃろう…。けっして幸せなものにはならん」
きっぱりと言い切る。
「悲劇でなければいいが…それさえも望めるかわからん。
どんな悲劇であろうと生き抜くために、心を強く保てなければならん」
それは…。
「あの髪の色だからか…」
先王は少し眼を見開き、そして、頷く。
「知っているとは驚きじゃな。左様じゃ。
この500余年…この国で決して銀髪の者が生まれなかった訳はないじゃろうに、何故こうも銀髪の者がおらんのか…。
理由は知っての通りじゃ。
おそらく、どこの街でも村でも、銀髪の者が生まれれば、殺害か幽閉をしてきたのじゃろう」
胸くそ悪い話だ。
生まれたそいつに罪はないのに、過去の『あの男』のせいで、罪の色と化している。
「では、何故育てる気になった?
見つかれば…」
「だからこそ…幸せな人生は望めんと言った。
この国から目障りな色を排除するために動いたものもいると聞く…」
ああ…そういうことか。あの伯爵は、弟王子の婚約者のためだけでなく、それも目的だったのか。
ひどく納得してしまう。
「育てる理由か…。孫を育てるのに、理由が必要か?」
俺はひどく間抜けな顔をしただろうな。先王は苦笑を漏らす。
「さて、お願いと言うのは、あの子のことじゃ。
これかも街に降りることは止めんじゃろう。
だからの……」
俺は、別になにかに心動かされたわけじゃないんだ。
ただ、先王の覚悟を見た気がした。
自分の妻を『あの男』に殺された。
そんな男と同じ髪の色、眼の色を持つ自分の孫。
なにかの呪いかと思うだろう…。
それでも、孫だと言い切る…。
だから、俺はミドラドルを少し気にかけるようになったんだ。
あんなにも…大事な仲間になるとは…。
弟みたいな存在になるだなんて、思っちゃいなかったが…。




