29 とある親友の誓い①
「ちくしょうが!!!」
通路を歩きながら、目の前にあった桶をけっ飛ばす。
桶は勢いよく壁に当たってバラバラになる。
「落ち着け、アルマー。
そんなにイライラするな」
「落ち着けだ!!?
ふざけやがって。あのクソがっ!!」
「仕方がないだろう?
王子さまは最初から、自分のことはほとんど喋らなかっただろうが!
どんなことが城で起きたのか、お前も理解しているはずだ。
それでも、王子さまはお前にお別れだけを言いに来た。
その意味を理解しろ!!」
ネコの言葉にイライラする。
わかっている!!わかっちゃいるが!!
あいつにとって、俺たちはそんなものだったのか!?
あいつはいつだってそうだ!
自分のことばっか後回しにして!自分の感情は押し殺す!
あの日…
いつだったか覚えちゃいないが…。
珍しくべろべろに飲んでいた。始めは楽しそうだったが、次第に不機嫌になっていった。
なにかあったのか?と聞いても、何もない、としか言わなかった。
それから、いつもは言わないようなことまで漏らしていた。
…怖いって、家族と何かを話すのが怖いって。
そう言っていた。
思い出す。
あれは、初めて見せた弱音と本音だ。
『話をするのがどうしようもなく…怖い。
話をして、家族の言葉の中に諦めや嘲笑があったら!
眼を見て、そこに失望や同情があったら!
もう…俺は…。
何かを言われるのが怖い、何も言われないのも怖い…
でも、離れる勇気もない!
中途半端なんだよ。
俺は…『家族』になりたいんだよ。
『家族』になりたかったんだよ…。
だめなら…せめて…傍にはいたいんだ』
なんで、そんな遠慮するんだ!?
なんで、家族にもっと文句を言わない!?
なんで、家族と話しをしない!?
なんで!!生きているのに!!
話せば、解決するようなことじゃないのか!?
最初に会った時、今にも死にそうな顔をしていたってのに……。
助けを求めろよ、家族じゃないのかよ。
4年前の昼過ぎ、雨が降っていたんだ…。
あいつはただ、びしょぬれになって、裏町をふらふら歩いていた。
この辺じゃあまり見ない上等な服を着ていたから、貴族の坊ちゃんだろうと思った。
このままじゃ、性質の悪い奴らに身ぐるみ剥がされるな、その前に財布だけでも回収しておくか、と思い、声をかけた。
「おい、兄ちゃん!!いい服着てんじゃねーか!!痛い目見たくなきゃ、財布を置いていきな!!」
上げた顔を見て、一瞬、やばい奴に声をかけたと思ったさ。
ここ一年くらい、城下をうろうろしているって噂の王子さまだったからだ。
それでも、そんな考えが吹っ飛ぶような、暗い顔をしている。
まるで、世界が終わったみたいな…。
眼は何も映していないようで、顔色も真っ青を通り越して、白くなっている。
唇もひどく青かった。
こいつは、絶望して、自ら命を絶ってしまった、あの時の弟と同じだ…。
そう思うと、放っておけなかった。
こいつは…こんな下町に、死ににきたんだ。
自分を殺してくれる、誰かを探しに来たんだ。
なぜだか、そう思えた。
「なんで、連れてきたんだ?アルマー」
たまり場に連れていくと、そこにいたネコは不機嫌だった。
厄介ごとだと思ったんだろ。
「…いいから、風呂に入れろ。風邪をひいちまう」
ネコはため息をついて、他の奴に指示をして、王子を風呂に連れていかせる。
「で?なんで王子さまを連れてきた?
面倒はごめんだよ」
「…俺にだってわかんねえよ…。
ほっとけなかっただけだ…」
俺がぼそっと呟くと、ネコはため息を吐く。
「珍しいこともあるもんだ。
苦しんでるやつの傷にたっぷりの毒をすり込んで、もだえ苦しむのを待つようなお前が…」
うるせえな!自分がどんな奴かはわかってるんだよ!!
くそ!!イライラする!!
いくら、弟を思い出したからって、助ける義理はなかったんだ!!
なのに、たまり場にしている酒場にまで連れて来て、風呂に入れてやれとか…。
俺は何を考えてる!?
「アルマー、第三王子のことは知ってるな?」
「ああ…、期待されてない、居なくても構わない王子だろ?」
「解っているならいい。あの王子に肩入れしたところで、返ってくるものは何も期待できないぞ。
あの王子が、旅の奴らに騙された時も、俺らにゃ関係ないから放っておいた…だろ?
さすがに、あの『兄貴』とかい言う奴には、ケジメをつけてもらったが…」
「ありゃ、あいつがこの街の裏の規律を破ったからだ」
ネコは俺を睨む。
「お前は規律を忘れるな!!
王族との接触はしない!!それが裏の不文律の一つだ」
わかっている!そう言ったが、すでにその領域を超えている。
接触をしてしまった。
しかも、こんな中にまで入れてしまった。
理解できない自分の行動に混乱するばかりだった。




