ヤンデレは不治の病
雲一つない青空の下、ティム公爵家では盛大な結婚式が行われていた。
会場は、ブラックな職場から脱出した聖女ユミルの永久就職先を連想させるような白い花で埋め尽くされている。
真っ白なドレスに身を包んだユミルのことを蕩けそうな瞳で見つめているのは、今日彼女の夫になるティム公爵家当主、クロードだ。
「美しいきみの視線を独占するために、街中の鏡を割ってしまおうか」
鏡を割ったところでユミルの視線が独占出来るはずもないが、己の愛しすぎる女性を独り占めしたいあまり、クロードは破壊行動に出ようとしている。
ユミルはそっとクロードの手を握る。
「治療のお時間ですよ」
繋いだ手から温かな魔法が流れて来る。
(クロード様の『ヤンデレ』は不治の病かもしれないわね)
これまですでに手の施しようのない患者以外は救ってきた聖女のユミルでも、クロードのヤンデレは治せそうもない。
けれど、それでもいいのだ。ユミルは一生クロードの治療をし続けると決めたのだから。
式に参列した王太子は、寂しがりだった年上の幼馴染が唯一の愛を手に入れた幸せな日を心より祝福していた。
(神殿との騒動を収めた労力はご祝儀としてやるか)
早くに両親を亡くして心の拠り所を求めるように恋愛に依存してヤンデレ化していったクロードを見守ることしか出来なかった。
そんな彼が心から幸せそうに笑う日がくるなんて、なんて良い日だろう。
王太子が投げた白い花びらは、真っ青な空に映えて美しかった。
ユミルが神殿に攫われたあの日、クロードは魔力を暴走させ神殿を半壊させた。
神殿側がユミルを誘拐した非があったとはいえ「ごめん」で済むような状態ではない。
しかし、そのどさくさに紛れて王太子は神殿のテコ入れに成功してもいた。
その功績は彼の王太子としての地位を盤石にさせた。
中央神殿に居住していた多くの聖女を保護するという名目で王家の施設に移動させた。そこで、聖女解雇の実態を説明することが出来たのだ。
その後は、実はクロードが進めていた事業が聖女の受け皿になる。
これまで聖なる力を発動すると神殿に保護されることが慣例となっていた。聖女はそのまま神殿に生涯搾取され続けることになる。
しかし、今後は神殿で聖力の認定を受けた後、王家から正式な証書を授与されることで、初めて『聖女』と認められる制度が成立した。
聖女は神殿に属することも可能だが、フリーで働くことも出来る。いずれも聖女として働く場合は正当な報酬が義務付けられる。
また、新たに設立された治癒院で働く選択肢も出来た。
ユミルをティム公爵家で雇用することになってから、クロードは神殿と街の治癒院に関して調べていた。これまで聖女が一手に引き受けて来た治療を魔道具で補うことは不可能だろう。これまで通り聖女がすべて担うには、いくら報酬が発生しても負担が大きすぎる。
そこで、聖女と医師、薬師が滞在する治療院を設立した。
聖力の弱い聖女には治療ではなく最初の診断にあたってもらう。そこで医師や魔道具へ振り分け、薬で済む者は薬師へ。緊急性がある場合などは治癒力の強い聖女へと担当を振り分ける。
治療費が払えない場合はそれを補助する仕組みを、国で請け負うことになった。
これまで神殿は聖女を囲っていることにより王家と対立するほど強い勢力を誇っていた。しかし聖女の能力を搾取していた実態が暴かれた今、神殿の力は弱まっている。
デッド神官は意外にもその神殿に残ることを決めた。
淡く抱いていたユミルへの恋心は、魔王のようなクロードを優しく癒す聖女の前に消え去った。
半壊した神殿を前に、自分はこれほどまでユミルを愛することは出来ないだろうと、戦う前に敗北を悟ったからだ。
腐敗した神殿を立て直す中で、わずかに残っていた信仰心が顔を出す。
そして政治的な力も権力もなくなった今の神殿は、本来の信仰の場所を取り戻し始めていた。
『光の聖女』と呼ばれていた広告塔の役割を担っていた聖女の多くはもともと聖力が弱く、治癒にかける情熱も低かった。
しかし『聖女』と縁を結びたがる者は多い。
裕福な生活に慣れ親しんだ光の聖女たちはの多くは、望まれるまま妻や養女として縁付き神殿を出て行った。
これまでは神殿への寄付金に応じて聖女の意志に関係なく縁付いていたが、今回の騒動以降、王家の許可も必要になり、望まない縁を結ばれることは減っていくだろう。
聖女の手かざし治療の廃止は取り消されたが、無償治療の禁止は義務付けられた。
今後は、聖女の力は搾取されるものではなく、必要な時に必要な者へ行き渡るよう、国も尽力していかなければならない。
とはいえ、クロードは国一番の聖力の使い手である聖女ユミルを独占することに関しては譲らなかったが。
神殿半壊事件で実力が証明されたユミルは、国から『大聖女』の称号を与えられた。
しかし、クロードの専属治療師であることに変わりはなかったので、神殿や治療院に所属することはしない。大病を患う患者や災害などの緊急時のみ出動することを約束して、普段はティム公爵家でどこよりも充実した福利厚生を受けてのんびり暮らした。
どうしてもユミルが聖女として活動しなければならない時は、どんなに忙しくてもクロードが付き添うことだけは譲らなかった。
仲睦まじい聖女と公爵の夫婦は、やがて国でも名物となって、見た者は幸せな結婚が出来ると言われるほどだった。
聖女は年をとるごとに治癒力が弱まっていくというのが通説であったが、ティム公爵の妻となった聖女ユミルの力は晩年まで衰えることはなかったという。
公爵が生涯の幕を閉じるその日まで、治ることのない『ヤンデレ』に温かな治癒魔法を掛け続けたそうだ。
「クロード様、治療のお時間ですよ」
夜、眠る前にユミルはクロードを抱きしめて治癒魔法をかけた。
何度かけても治療の手応えは感じないけれど、嬉しそうなクロードの顔を見ると、ユミルも嬉しくなる。
「今夜も『ヤンデレ』は治せませんでした。また明日、治療しましょうね」
そう言ってユミルは抱きしめた腕を離して布団に潜り込む。
「ユミル、きみのことが好きすぎて眠れそうにない」
クロードが掛けたばかりのユミルの布団を剥がしてしまう。
そんな愛しい夫の行動に慣れっこなユミルは、「じゃあ追加のお薬です」とクロードの額にチュッとキスを落とす。
「おでこじゃ足りない。もっと強い特効薬を処方してくれないと、全然足りないよ」
返事も聞かずにクロードはユミルに覆いかぶさってくる。
「今夜は一晩中、僕の治療に専念して」
返事を聞かずに、クロードはユミルの唇を奪ってしまう。
(今夜は、じゃなくて今夜もでしょ)
クロードの腕の中でユミルは言葉を紡ぐことも出来ずに目を閉じる。
ユミルはブラック職場の神殿から解放された。
普通の生活以上の手厚い福利厚生が保障された永年雇用の就職先を見つけたユミルだったが、ここでも睡眠不足だけは解消されなかった。
寝不足な朝は(就職先、間違えたかも……)と思うこともあるけれど、過剰な愛情を注いでくるヤンデレ夫への治療を拒むことは一度もなかったという。
数ある作品の中から見つけてくださり、読んでくださり、ありがとうございます。
ブックマーク、評価、リアクション、どれもとても嬉しいです!




