1話 今回、応募しようと思った動機をお聞かせください
初めて見たその人は、「魔女」というより、「カラスの化け物」といった感じだった。
頭からすっぽりかぶった黒の長衣。
顔には長いくちばしをつけたカラスの仮面。
目の部分に濃緑のガラスがはまっているせいで、まばたきしていないように見える。それがさらに鳥っぽい。
「魔女」というからには女なんだろう。こうやって向かい合って立つと、かなり身長差ができた。俺より断然小さい。カラスは俺を見上げる形になっている。
「なに用?」
その声からも、性差はよくわからん。マスクとフードで覆われているせいで、声がずいぶんとくぐもっている。
「……用がないなら」
「あ! 違います違います!」
ついまじまじと見つめていたら、あっさりと木の扉をしめようとしたので、慌ててつかむ。それでも強引にぐいぐいとドアノブ引いている。
しめられてたまるか! 急いで足をねじ込んだ。木扉と俺の軍靴がぶつかり、ガンっとすごい音がする。
「あの、俺……」
「押し売りは結構」
「違う、ぎゃ、痛い! ドア! ドア開けて! 待って、待って!」
「なんとしつこい訪問販売……。えいえいえいえいえい」
「ガシガシやめて! 痛い痛い!」
「ならば足を抜け。えいえいえいえい」
「イバク商会から、こちらで雇い人を探していると聞いたので!! あのマジで痛いっす! その攻撃やめて! ドア開けて! 俺の話を聞いて!」
「雇い人?」
ようやく扉が緩む。さっきまで小刻みにガッシガッシされていたのがようやくやんだ。軍靴はいててよかった! 内側に鉄板ないと足が薄っぺらになっていたところだ!
「イバク商会のスコットさんを通じて、家政婦を募集してはいるけど」
「それですそれです! スコットさんからの紹介状もあります!」
でもまだ警戒は解いてくれないらしい。
俺の足分だけの隙間から、にゅっとくちばしだけ出した。
「家政《《婦》》を、探しているのだけど」
「家政《《夫》》、できます」
俺はぶんぶんと首を縦に振る。ついでに軍服の尻ポケットにねじこんだ紙を引っ張り出した。
手が汚れていたのか、それとも軍服が汚れていたのか。しわしわな上にちょっと薄汚れた手紙。
そうだ、とぼんやり思い出す。
ノアリアの家で、「せめて手を洗わせてほしい」と言ったのだけど、嫌そうな顔で断られたんだっけ。
「あの……ちょっと汚れちゃいましたが……」
手紙を木扉の隙間から差し出す。
よく見ようとしたのか、くちばしを近づけて来た。「汚なっ」と断られるかと思ったけど、黒手袋をした手があっさりと手紙を受け取った。
「セイファ・アルバルドさん?」
折りたたんだだけで封筒もないその手紙を広げ、ざっと視線を走らせてからそう尋ねられた。
「はい」
「家政夫希望?」
「家政夫希望で」
ふむ、と。ちょっとだけくちばしが上下した。そのあと肩をすくめる仕草をする。
「最初からそう言えばいいのに」
「いや、最初から俺……」
言ってたような。
「あ」
「なんっすか」
「制服貸与って書いてたけど」
「ああ、はい」
「女ものしか用意してないけど、いい?」
「いい、とは……」
え。それを着ろってこと?
「適当な男物になるけどいい?」
「もちろん」
俺はぶんぶんと首を縦に振った。正直、この軍服以外ならなんでもいい。
「ん。わかった」
あっさりと木扉が大きく開かれた。
「まずは面接をしよう。さあ、どうぞ」
そう言われ、俺はようやくほっと息がつけた。
なんとか面接まではこぎつけた。
よいしょ、と腰をかがめて足元に置いていたリュックサックの肩ストラップに手を伸ばす。
目に留まったのは、部隊識別章。
二匹並んだカササギで、片翼同士をひろげた文様。俺が所属していた第二補給部隊の部隊識別章だ。
ボロボロになって汚れてもう……いまではなにがなにやらだ。上官が口を酸っぱくして「たとえ爆風に遭おうと千切れないように縫え」と指導してくれたおかげで、地獄の中にいても部隊識別章は剥がれず、結果的に俺をここに戻してくれた。
ぱすぱす、と形だけ埃をはらって背中に担ぎ、「失礼します」と頭を下げて室内に入った。
ふわり、と。
鼻先をかすめたのは清涼な香り。
瞬間的に脳裏に浮かんだのは池のほとり。ああ、これはミントだ。
そこから連想したのは、風にあわせ、ゆらゆらと揺れて淡く光る水面。
そんな水面に似た光に包まれた室内がいま、俺の目の前にある。
明るい。
俺はぐるりと室内を見回した。
色ガラス窓が多用してあるからだろうか。室内にはさまざまな色の光が差し込み、よく磨かれたタイルを照らしたり、はちみつ色の壁に淡い影をつくったりしていた。
玄関扉をあけてすぐのこの部屋はダイニングなんだろう。
壁には幾何学模様のタペストリーがかけられ、ダイニングテーブルと椅子が4脚。
東側の壁には姿見が飾ってある。
ダイニングの右手側には暖房と調理用を兼ねたらしい自在鉤のついた暖炉があり、その脇にはちょっとした調理スペースがある。
そして奥に見える扉。そこにはきっと井戸がある。
ミントの香りのせいかな。いつもより水の気配が濃い。
視線を前に戻す。
ダイニング。
その左奥に扉がひとつ。
たぶんこの奥が浴室とトイレだ。
それからダイニングの左側に並ぶように扉がふたつ。これは私室だろう。
いずれの扉も可愛らしい塗装がなされていて、『魔女の家』というイメージとはまったくかけ離れた屋内だ。
「そこにかけて」
気づけば魔女は椅子に腰かけていた。
テーブルには俺がさっき手渡した紹介状が広げられている。
ようやく俺は「他人様の家を無遠慮にじろじろ見ている」という無礼に気づいた。
「どうも、失礼を……」
言いながら、リュックサックを床に置く。
椅子に座るとき、きらりとマスクの目が光ったような気がした。
なんだろうと目をまたたかせるが、すぐに質問が飛んできた。
「今回、応募しようと思った動機をお聞かせください」
……予想外に普通の質問、来た。
「はい。俺……わたしは幼いころから家事を手伝っておりまして、それ相応の能力があります。男ですので風呂の水を運ぶとか、家具を移動させるとか、大量の食材とか……資材を運ぶとか。そういった力仕事も可能で……。イバク商会のスコット氏にその旨を伝えたところ、『適材適所ではないか』とご紹介いただきました」
「なるほど。年齢は25歳だとか。以前の職歴をお聞かせください」
……ほんと、普通の質問がくるな。
「18歳で土木設計商会に入職。井戸のさっくつ士を22歳までしておりまして、そこからその……」
「ああ、徴兵されたんだね。どうりでカササギの部隊識別章をつけているわけだ」
呟くように言われた。さっき仮面のガラスが光ったのは、俺の識別章を見ていたからだと知る。
一瞬。
血の気がひいた。
どうして部隊識別章を確認したのか。
その理由に思い当たることがあったからだ。
ひょっとして。
捕虜交換で戻ってきたことを知られた?
その気づきは。
俺に数時間前の記憶を呼び覚ます。
『ほんと……ごめん。無理なの』
蔑むような元婚約者の顔。嫌悪の声。
「ひとつ、お尋ねします」
くちばしが小刻みに揺れる。
俺はごくりと生唾を飲んだ。
『戦地でどんな……』
「得意料理は何ですか?」
「………………………は?」
俺はどれだけ長いこと、仮面にはめられた深緑色のガラスとくちばしを眺めていただろう。
ようやく喉からしぼりだしたのは、「は?」という気の抜けた声だった。




