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Fated Oath ─血に抗う者たち─  作者: りんごあめ
第二部 壊す者
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第71話 奇妙なお茶会 前編

 ◆リゼ視点


 リゼは部屋の窓辺で、ワイングラスをゆっくり傾けていた。

 夜の街は静まり返り、遠くに学院の尖塔が突き刺さるようにそびえている。


(あの子……本当に、面白い)


 清楚で、素直で、疑うことを知らない瞳。

 生活力のない暮らし。見た目も冴えない。

 取引材料にすらならない、どこにでもいる平凡な少女。


 ──そのはずなのに。


(あなたの表情を崩した、あのレオンの顔。あれは見逃せないわ)


 怒り。焦り。否認。執着。


 どれでもない、もっと根の深い感情。


 リゼはグラスを回す。

 赤い液体が蠱惑的に揺れ、光を反射した。


「レオン。あなた、自覚してる? もう昔のあなたじゃないって」


 あの男は、弱さを持たないはずだった。

 持つ必要がなかった。

 切り捨て、奪い、壊して、生き延びてきた。


 なのに今は違う。


(感情は鎖よ。力では断ち切れない種類の)


 リゼの視線が机の上へ落ちる。

 そこにはレナの資料が整然と並んでいた。

 行動記録、出席状況、交友関係、生活状況。


 一枚の写真が目に止まる。

 学院の中庭で友人と笑い合う、ごく普通の少女。


 リゼはその写真を爪先で軽く弾いた。


「価値のない子に価値を与えたのは、あなた自身よ。ねえレオン──弱点って、一番嫌ってたじゃない」


 彼女の声は低く、甘く、毒のようだった。


 ふと、レオンが身につけていた赤いネックレスを思い出す。


「……ところで。あの赤い魔石の、最近よく見かけるわね。

 どこで拾ってきたのかしら」


 リゼは笑みを深めた。

 興味は少女から、もっと危険な領域へ滑り込んでいく。


(赤い魔石。あの血の色。……面白くなってきた)



 ***


 

 ◆レナ視点

 

 昼休み、中庭の隅に置かれた丸テーブル。

 落ち葉がかすかに揺れ、陽光が水面のようにきらきらと揺れている。


 そこに、三人分の菓子と湯気の立つカップが並んでいた。


「……また視線だ」


 最初に呟いたのはエリックだった。

 菓子を摘まみながら、露骨にため息を落とす。


「視線?」


 レナが首を傾げる。


「ほら、あそこ。木陰。……またオルフェが君を見てる」


 サラもちらりと視線を送って目を丸くした。


「ほんとだ。なんであの人、ずっとレナのほう見てるの? あれ、ストーカーって言わない?」


 レナは困ったように笑う。


「え、だって……何もされてないし」


「何か起きてからじゃ遅いんだよ!」


 二人同時の鋭いツッコミが飛んだ。


 レナは肩をすくめ、視線を膝に落とす。


「……でも、この前オルフェ助けてくれたんだよ」


「あいつが?」


 エリックの顔が露骨に引きつった。


「人助け……? 観察じゃなくて……? そんな、天地がひっくり返る奇跡みたいなこと、ある?」


「あるんだよ。実際助けられたし」


 レナが言うと、エリックは頭を抱えた。


「いやいやいや……信じられない。

 あいつが利害以外で動くなんて……」


「ねえ、お礼したいし……ここに呼んでもいいかな?」


 レナのその一言に、エリックの反応は瞬発的だった。


「えええええ!? あいつを!?

 無理無理無理! 俺あいつ大嫌いなんだけど!!」


 ほぼ椅子から跳ね上がる勢い。


 サラは菓子の袋を閉じながら、慎重に言葉を選んだ。


「まあ……でも、校内で暴れるような人でもないでしょ。

 変なことはしないと思うけど……」


「だって……」レナは少し言い淀む。


「あの人、すごく一人っぽかったし」


 その言葉に、サラとエリックは一瞬だけ黙った。


 たしかに──孤独、という語がこれほど似合う生徒はいない。


「……はあ。レナが言うなら、止めないよ」


 エリックは諦めた顔で手を挙げた。


「でも俺は距離とるからな? 絶対とるからな?」


「それでいいよ。……じゃあ、呼んでくるね」


 レナが立ち上がる。

 その背を見送りながら、エリックは呟いた。


「……あいつ、絶対まともにお茶飲むタイプじゃないと思うんだけど」


 サラは苦笑する。


「でも、レナが普通に接するっていうのは、逆に一番効くのかもね」


 レナは中庭の影へ歩いていった。

 足元に落ちる光が細かく揺れて、そこだけ空気がひんやりしている。


 木の影には、やはり彼がいた。


 白銀の髪。

 風に溶けるような佇まい。

 人を見ているのに人として扱っていない視線。


 それでもレナは怖がらなかった。

 ただ小さく息を吸って、歩み寄る。


「ねえ、お茶会してるんだけど……一緒にどう?」


 オルフェは、ゆっくりと瞬きをした。

 その表情は、反応というより“処理”に近い。

 理解の回路を探しているような、微妙な沈黙。


「……お茶会?」


「うん。サラとエリックもいるよ。この前のことのお礼もしたかったし……よかったら、どうかな」


 風が少しだけ吹き抜け、オルフェの銀髪が揺れた。


 彼の目が、ほんのわずかだけ柔らかくなる。

 けれど、それは気配でしか分からない程度の変化だった。


「……君は、変わってるね」


「変わってる?」


「君が俺を誘う理由は、恩義か礼儀か……それともただの善意か。いずれにせよ……普通じゃない」


 その声はどこか嬉しそうにも聞こえる。


 レナは戸惑いながら首を傾げた。


「来てくれない?」


「……いいだろう」


 オルフェは立ち上がる。

 動作は静かで、影が剥がれ落ちるように軽い。

 そのままレナの横に並ぶ。


「ただし、期待はしないでくれ。お茶会という文化を理解しているわけじゃない」


「大丈夫だよ。座ってくれるだけで」


 オルフェは視線を横に滑らせ、レナの横顔を観察するように見つめる。


「……君のその無警戒さは、いつか命取りになる」


 言葉は冷たいのに、不思議と責める響きはなかった。


 レナが苦笑した瞬間──


「レナ!」


 中庭の向こうから、エリックの悲鳴に近い声が飛ぶ。


「嘘だろ……ほんとに連れてきた……」


「うわ、来るんだ……!」


 サラも固まっている。


 オルフェは一歩、日向に踏み出す。

 銀髪に光が落ち、紫の瞳がふっと細められた。


「……さて。人との会話というのを、試してみるとしようか」


 その声は、興味と実験精神と、微かな愉悦が混ざり合っていた。


 レナは少しだけ緊張しながら、それでも笑顔を浮かべて言った。


「うん、行こう」


 二人は並んで中庭のテーブルへ向かった。


 その背中を見て、エリックは絶望のため息を吐いた。


「……今日、絶対に胃薬いるわ」


 

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