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第7話 剣士と術師

 オルフェ・クライドが教室の扉を開けると、空気が変わった。


 いつも通り、空調の効いた魔術制御空間。カリグレア魔術学院、Sクラスに久しぶりに戻ってきた。


 静かな空間の中、いくつかの視線がこちらを刺すように突き刺さる。オルフェはそのすべてを無視した。


(変わらないな、この場所も。替わるのは生徒だけだ)


 事故の件を、誰も口にはしない。けれど、何人かは明らかに身構えていた。


 オルフェは静かに自分の席につき、背筋を伸ばして座る。魔術書の準備をしていると、見慣れぬ顔がSクラスの教室へ入ってきた。


 金髪、碧眼。肩にかかる短髪。


(……ああ、新入りか。俺がいない間に変なのが入ったもんだ)


 けれど、数秒後。オルフェは眉をわずかにひそめる。


(……ん?あの顔……どこかで……)


 記憶の奥から、何かが引きずり出される。輪郭、目の形、仕草……妙に引っかかる。


(……似ている……)


 口には出さない。ただ、無意識のまま視線がその新入り、レオン・ヴァレントに注がれていた。


 

 ***

 


 廊下の足音だけが静かに響いていた。


「……君が、新入りか?」


 レオンは背後から声をかけられた。わずかに振り返ると、オルフェが立っていた。金髪と銀髪、碧い瞳と紫の瞳、異質な組み合わせが、視線の中で交差した。


「レオン・ヴァレント。17歳。……あんたは?」


「俺はオルフェ・クライド。18歳。復学だ。教室の君の席、元は知り合いが使っていた」


「……そうか」


 短い沈黙。


「……で、俺はまだ、君のことをよく知らない。レオン、でいいかな?」


「好きに呼べばいい。敬語も必要ない」


「それは助かるよ。──ところで、ひとつ聞いてもいい?」


 レオンは視線を戻す。オルフェは興味深そうにレオンの表情を見つめていた。


「君、どこかで誰かと“似てる”って言われたことは?」


 一瞬、空気が引き締まる。


「──そうか?」


 レオンは軽く目を細めた。それだけだった。

 だが、その瞳の奥に一瞬だけ“何か”がよぎったことを、オルフェは見逃さない。


(やはり、何かある)


「……まあ、気のせいかもしれない。僕の記憶違いってことにしておこうか」


「それが賢明だな」


 互いに笑わない。皮肉も、感情もない。

 ただ淡々とした“対話”だけが交わされた。



 ***



 砂塵が舞う訓練場に、重たい空気が降りてきた。先ほどまでの模擬戦で立ち昇った煙がまだ残り、陽光を反射して揺らめく。


「次の組──レオン・ヴァレント、オルフェ・クライド」


 審判役の教官が短く名を告げた瞬間、それまでざわついていた場が嘘のように静まり返った。砂の落ちる音すら響きそうな緊張が走る。


 「……おお」


 「さっきまでの連中とは、まるで違う」


 Sクラスの生徒たちが、誰からともなく息を呑む。

 普段なら嘲笑や軽口が飛ぶはずの観覧席も、押し黙った。AからEまで、立場の違う生徒たちがそろって目を凝らす光景は、異様ですらあった。


 立ち上がった砂煙の中で、二人の影がゆっくりと対峙する。金の髪に青い瞳の少年は剣を軽く握り、殺気を帯びぬまま静かに構える。

 対する銀髪の青年は、外套の裾を翻しながら、無造作に指先を動かす。そのたびに空気が軋み、目に見えぬ魔力の波が地面を震わせた。


 「オルフェって人……あんなに魔力を放っていいの?」


 観覧席の最前列で見ていたレナが、小声で呟いた。


 隣に座るエリックが、苦笑を浮かべながら首を振る。


 「ダメに決まってる。普段オルフェの首にかけてるペンダントは魔力の封印具なんだ。それを外してるなら──誰も止められない。そういう奴なんだ」


 空気が張りつめていく。


 砂煙の中で、二人の立ち位置が決まる。


 合図と同時に、砂煙が爆ぜた。


 レオンが一瞬で間合いを詰める。剣に纏った青白い魔力が、砂を裂きながら一直線に走った。

 その斬撃を、オルフェは指先の一振りで結界陣を展開し、寸前で受け止める。

 衝突の衝撃で訓練場の地面が爆ぜ、観客席にまで熱風が吹き込んだ。


「は、速ぇ……!」


「片や剣だけであの速度、片や結界で完璧に防ぐなんて……」


 見学者たちがざわめき始める。


 レオンは間断なく攻め続けた。鋭い斬撃、踏み込み、体勢を崩す連撃──そして、剣閃に混じる青白い線が、オルフェの結界を走る魔力の“骨組み”を狙っていく。

彼の特異な技──魔術の構造そのものを切断する一撃。普通の魔術師なら、術式ごと一瞬で崩壊させられる。


「……君、結界の構造を“切って”るのか」


 その多重結界は揺らぐことなく再構築され続けていた。

 レオンの斬撃が“骨組み”を断とうとしても、まるで底なしの海に刃を振るうように、オルフェの魔術はすぐさま自己修復し、形を変えていく。


「……君の剣、触れると厄介だね」


 オルフェの口元に、かすかな笑みが浮かぶ。


「だが、僕の術式は“ひとつ”じゃない。触れさせなければいいだけの話だ」


 その声と同時に、訓練場の上空に幾重もの結界が展開された。透明で多面体の結晶が連なり、刃状になっていく。次の瞬間、きらめく無数の刃が雨のように降り注いだ。


「レナ、危ないっ!」


 観覧席でエリックがとっさにレナを抱き寄せる。

 次の瞬間、レオンの青い光が地を走り、全ての刃を両断していた。


 剣士と術師──どちらも一歩も引かず、ただ精度と速さを競い合う。

 観客には一切ついていけない攻防だった。


 そして──


「そこまで!」


 教官の怒号が響いた。結界が強制的に展開され、砂煙の中の二人を隔てる。


 レオンは息を荒げ、剣を下ろした。

 オルフェは結界の向こうで、肩をわずかに上下させながらも笑みを浮かべている。


 「勝負は──引き分けとする」


 審判の言葉に、訓練場は一瞬沈黙した後、大きなどよめきに包まれた。


 「模擬戦じゃなくて殺し合いじゃねえかよ。どちらが勝ってもおかしくなかったな……」


 最前列で見ていたエリックは、そう呟くと心の奥で冷や汗を流した。



 ***


 

 訓練場の熱気とざわめきを背に、二人は黙ったまま歩き出した。靴音だけが、砂にまみれた廊下に響いている。


 レオンは剣を背に収め、表情を変えずに前を見据えていた。一方で、魔力を微かに漂わせるオルフェは、どこか楽しげにその背を追う。


 出口に差し掛かったとき、彼は、ふと視線を横に流し、低くつぶやいた。


「──イリア・ヴァレンティア。聞いたことない?」


 言葉は軽く、何気ない調子だった。だが、確実にレオンの耳に届くような、意図的な響き。


 レオンの足が、一瞬止まった。

 青い瞳が横目にオルフェを射抜く。


「……知らない。誰だ、それは」


 オルフェは口元にだけ微笑を浮かべ、答えなかった。ただ歩き出すレオンの背を見つめ、その横顔に刻まれた硬さを観察するかのように。


 廊下の空気は冷え、二人の間に交わる言葉は、それ以上なかった。

 

 

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