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Fated Oath ─血に抗う者たち─  作者: りんごあめ
第二部 壊す者
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第67話 誰の許可であの場所にいた

 ◆リゼ視点/リゼの館

 

 そのとき、重く軋む扉が開いた。

 冷気のような緊張が、廊下の奥から一気に流れ込む。


 レオンが現れた瞬間、空気が変わった。


「……レナがここにいると聞いた」


 声は低く、平坦だった。

 言葉の端に滲んだわずかな震え。その揺れが怒りであることは、この場にいる誰にでも分かった。


 碧い目がレナを捉える。次にリゼへ移る。

 視線が触れた瞬間、リゼの肌に鳥肌が立った。歓喜だった。


「来たのね。思ったより早かったじゃない」


 リゼは微笑んだまま、赤い扇子を揺らした。

 まるで予定通りの客を迎えるように。


 レオンはリゼを一瞬だけ見ると、すぐに視線から外した。

 その目は、見続ければ本当に殺しかねないほど冷えていた。


「……なぜ、レナをここへ呼んだ」


「彼女が働きたいと言ったのよ。私は場所を用意しただけ」


 リゼは扇子の端で唇を隠した。

 その奥で、口角が持ち上がっている。


「あなた、まさか――レナちゃんの行動まで管理しているの?」


 その言葉に、レオンの表情が初めて揺れた。

 それは怒りとも焦りともつかない、制御を失いかけた男の顔だった。

 

 リゼの胸の奥で、何かが弾けた。

 ずっと見たかったのだ。この顔を。

 

「レナ」


 レオンがレナの名を呼んだ。

レオンが一歩踏み出した。レナの腕を掴む。

 強い。拒む隙など、最初から与える気がない。


「帰るぞ」


「待って……」


 レナの声が震える。


「あの書類……あの人たち……全部、本当なの……?」


 問いが、廊下に落ちた。

 レオンの足が止まった。

 

 沈黙。

 

 一秒。二秒。三秒。

 

 廊下の灯りが、かすかに瞬いた。

 レオンの顔が、歪んだ。

 自嘲と、後悔と、認めたくないものを認めなければならない瞬間の、人間の顔。

 

「……いいから来い」

 

 否定も肯定もしなかった。

 レオンがレナの腕を引く。

 引かれるまま、レナの足が動いた。

 

 二人が廊下を歩いていく。

 重い扉が閉まる音。足音が遠ざかる。


 残されたリゼは、笑わなかった。

 ただ、目だけが笑っていた。

 閉じた扇子の先で、自分の顎を軽く叩く。

 レオンの、あの顔。

 仮面が割れた瞬間の、あの目。


 隠したかった男と、知ってしまった少女。


 リゼは静かに目を細める。


(それでいい。もっと見せて。あなたの綺麗に整った顔が、壊れていくところを)



 ***

 


 ◆レナ視点

 

 館を出て、どれほど歩いただろう。

 夜の街は息を止めたように静まり返っていた。

 風が背中を押すように吹いて、レナの髪を攫っていく。

 腕はまだ、掴まれたままだった。

 

 レオンの指は最初から同じ力で巻きついている。

 振り払おうと思えばできるのかもしれない。

 だが、試す気にはなれなかった。

 試した瞬間に、この手がどう変わるのか、想像するのが怖かった。

 

 二人の足音だけが、夜の通りに響いている。

 やがて、レオンが足を止めた。

 路地の角。街灯が一つだけ灯っている場所だった。

 

「……なぜ、リゼの誘いを受けた」

 

 怒鳴ってはいない。声量はいつもと変わらない。なのに、一音一音が、冷えた刃のように空気を裂く。

 

「リゼさんに……普通のバイトだって言われて。レオンには伝えておくって……」

 

「普通のバイト」

 

 レオンは繰り返した。

 口の端が、わずかに持ち上がった。


「俺には何も言わず、あの女の言葉は聞く。……それでいいと思ったのか」

 

 レナの心臓が速くなる。声量も表情もほとんど変わっていないのに、胸の奥を直接握られているような圧迫がある。

 

「レオン……怒ってるの?」

 

「怒ってはいない」

 

 嘘だった。

 碧い目が、それを証明していた。

 そこに燃えているものは炎ではなかった。

 凍った激情。燃え上がるより先に凍りついて、温度を失ったまま膨張し続けている。

 レオンが一歩、距離を詰めた。

 手が、レナの両肩に置かれた。視線を外させないように。

 

「俺の知らない場所で、俺の知らない人間に、名前を呼ばれる。視線を向けられ、言葉をかけられる」

 

 一つずつ、並べるように言った。

 

「その事実が――殺したくなるくらい、不快だ」

 

 言葉は冷え切っていた。

 なのに、重かった。焼け付くように。


「……っ、レオン……?」


 名を呼んでも、彼の表情は動かない。

 整った顔立ちは静かなままなのに、その静けさがもう普通ではなかった。


「お前は、誰の許可であんな場所にいた」


 許可。

 その言葉が、レナの耳の中で反響した。

 自分の行動に、他人の許可がいる。

 レオンはそう言っている。本気で。

 そして、それが異常であることに、この人は気づいていない。  

 気づいていないから、こんなにも静かに言える。


「もう行くな。次はない」


 告げる声は、穏やかですらあった。


 レナの指先が震える。

 気づけば、レオンのコートの裾を掴んでいた。


 なぜ掴んだのか、自分でも分からなかった。

 怖いのに。怖いから、かもしれない。

 この手を離したら、レオンが歯止めを完全に失う気がした。

 自分が繋ぎ止めなければ、この人はどこまでも壊れていく。


「ねぇ、レオン……」


 呼びかけても、彼はすぐには答えない。

 夜の街の真ん中で、ただ静かに立っている。


 レナは唇を湿らせる。

 聞かなければならないと思った。

 怖くても、今ここで逸らしたら、もう二度と聞けなくなる気がした。


「……あの館でのこと……どこまで関わっていたの?」


 レオンの睫毛が、わずかに揺れた。

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