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Fated Oath ─血に抗う者たち─  作者: りんごあめ
第一部 真贋の饗宴
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第5話 剣士と術師

 Sクラスの特別見学日。

 砂塵が舞う訓練場に、重たい空気が降りてきた。


 先ほどまでの模擬戦で立ち昇った煙がまだ残り、陽光を反射して揺らめく。


「次の組──レオン・ヴァレント、オルフェ・クライド」


 審判役の教官が短く名を告げた瞬間、それまでざわついていた場が嘘のように静まり返った。砂の落ちる音すら響きそうな緊張が走る。


 「……おお」


 「さっきまでの連中とは、まるで違う」


 Sクラスの生徒たちが、誰からともなく息を呑む。

 普段なら嘲笑や軽口が飛ぶはずの観覧席も、押し黙った。AからEまで、立場の違う生徒たちがそろって目を凝らす光景は、異様ですらあった。


 立ち上がった砂煙の中で、二人の影がゆっくりと対峙する。金の髪に青い瞳の少年は剣を軽く握り、殺気を帯びぬまま静かに構える。

 対する銀髪の青年は、外套の裾を翻しながら、無造作に指先を動かす。そのたびに空気が軋み、目に見えぬ魔力の波が地面を震わせた。


 オルフェが、首元に指をかけた。小さな金属音。

 ペンダントが外され、掌に落ちる。

 それだけで、訓練場の空気が沈んだ。

 

 レナが眉を寄せた。

「オルフェって人……何か外した……?あんなに魔力放ってていいの?」


エリックは視線だけで状況を測り、喉の奥で息を殺す。


「……レナ、下がれ。あいつ、魔力の封印具外した」

 

 声が低くなる。

 

 空気が張りつめていく。


 砂煙の中で、二人の立ち位置が決まる。


 合図と同時に、砂煙が爆ぜた。


 レオンが一瞬で間合いを詰める。剣に纏った青白い魔力が、砂を裂きながら一直線に走った。

 その斬撃を、オルフェは指先の一振りで結界陣を展開し、寸前で受け止める。

 衝突の衝撃で訓練場の地面が爆ぜ、観客席にまで熱風が吹き込んだ。


「は、速ぇ……!」


「片や剣だけであの速度、片や結界で完璧に防ぐなんて……」


 見学者たちがざわめき始める。


 レオンは間断なく攻め続けた。鋭い斬撃、踏み込み、体勢を崩す連撃──そして、剣閃に混じる青白い線が、オルフェの結界を走る魔力の“骨組み”を狙っていく。

彼の特異な技──魔術の構造そのものを切断する一撃。普通の魔術師なら、術式ごと一瞬で崩壊させられる。


「……君、結界の構造を“切って”るのか」


 その多重結界は揺らぐことなく再構築され続けていた。

 レオンの斬撃が“骨組み”を断とうとしても、まるで底なしの海に刃を振るうように、オルフェの魔術はすぐさま自己修復し、形を変えていく。


「……君の剣、触れると厄介だね」


 オルフェの口元に、かすかな笑みが浮かぶ。


「だが、僕の術式は“ひとつ”じゃない。触れさせなければいいだけの話だ」


 その声と同時に、訓練場の上空に幾重もの結界が展開された。透明で多面体の結晶が連なり、刃状になっていく。次の瞬間、きらめく無数の刃が雨のように降り注いだ。


「レナ、危ないっ!」


 同時に、教官の展開した防護結界が観覧席の前面を覆う。

 その膜に火花が散り、透明な刃が砕ける。

 砕けた破片だけを、レオンの青い光がまとめて薙いだ。


 剣士と術師──どちらも一歩も引かず、ただ精度と速さを競い合う。

 観客には一切ついていけない攻防だった。


 そして──


「そこまで!」


 教官の怒号が響いた。結界が強制的に展開され、砂煙の中の二人を隔てる。


 レオンは息を荒げ、剣を下ろした。

 オルフェは結界の向こうで、肩をわずかに上下させながらも笑みを浮かべている。


 「勝負は──引き分けとする」


 審判の言葉に、訓練場は一瞬沈黙した後、大きなどよめきに包まれた。


 「模擬戦じゃなくて殺し合いじゃねえかよ。どちらが勝ってもおかしくなかったな……」


 最前列で見ていたエリックは、そう呟くと心の奥で冷や汗を流した。



***



審判が「引き分け」と告げた瞬間、訓練場を包んでいた緊張の糸が切れたように、ざわめきが広がった。


「……マジかよ」


「今の見たか?結界ごと斬り裂いてたぞ」


「いや、オルフェの術式、あれ複層結界だろ?普通なら一撃で崩せない……」


 Aクラスの生徒でさえ顔を引きつらせ、囁き声を交わす。

 E〜Dクラスの見学者たちは、ただ呆然と口を開けたまま言葉を失っていた。


 Sクラスの中にも、恐怖と畏怖の入り混じった沈黙が走っていた。彼らは知っていた──この二人の戦いは、ただの“模擬戦”ではなかった。一歩間違えば、本当に命が散っていた。


 「……レオン、あんな顔するんだな」


 Sクラスのジークが低くつぶやく。軍人一家の出である彼でさえ、目にした光景に声を震わせていた。


「オルフェも……余裕に見せかけて、本気だったろ」


 宮廷魔術師の名門に育ったノアにとっても、今の攻防は“理屈では説明しきれない異常”に見えた。


 誰も軽口を叩けなかった。ただただ、あの二人を“同じ人間”だと認識すること自体が恐怖だった。



***



 訓練場の熱気とざわめきを背に、二人は黙ったまま歩き出した。靴音だけが、砂にまみれた廊下に響いている。


 レオンは剣を背に収め、表情を変えずに前を見据えていた。一方で、魔力を微かに漂わせるオルフェは、どこか楽しげにその背を追う。


 出口に差し掛かったとき、彼は、ふと視線を横に流し、低くつぶやいた。


「……君は、お兄さんに似てないね」


 言葉は軽く、何気ない調子だった。だが、確実にレオンの耳に届くような、意図的な響き。


 レオンの足が、一瞬止まった。

 青い瞳が横目にオルフェを射抜く。


「……誰の話だ」


 オルフェは口元にだけ微笑を浮かべ、答えなかった。ただ歩き出すレオンの背を見つめ、その横顔に刻まれた硬さを観察するかのように。


 廊下の空気は冷え、二人の間に交わる言葉は、それ以上なかった。



***



 レオンは剣を収めたあとも、胸の奥に違和感が残っていた。オルフェの最後の言葉が、耳の奥でこだまする。


「君はお兄さんに似てないね」


(……何者だ、あいつは)


 一瞬で背筋に冷たいものが走った。他人の口からその言葉を聞くこと自体、ありえないはずだった。あの言い方は、確かに“知っている”者の口調。


(俺の……正体に気付かれたのか?)


 額に滲む汗を拭うこともなく、レオンは奥歯を噛みしめる。あの無機質な瞳、観察するような声音。どこまで探られているのか分からない。


 だがひとつだけ確かなのは、あの銀髪の青年は決して侮れない──ということ。彼は、ただの学院生ではない。

危うさも、狂気も、兄の面影を思わせるものを纏っていた。

 

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