第16話 完璧な王子様
◆レナ視点
「理想のタイプ? イケメンでー、お金持ちでー、優しい人がいいよね〜!」
「ホントホント! あと頭良くて気遣いもできて、できれば背も高くて……!」
「そんな完璧な王子様、どこにいるんだろ〜〜〜!」
休日の午前。学院近くの小さなカフェでは、女子生徒たちが明るい声ではしゃいでいた。制服ではない分、皆少し浮かれていて、その空気にふんわりとした幸福感が漂っている。
その隣の席で、一人静かに窓の外を眺めていたレナは、彼女たちの声を耳にしながら、心の中でそっと呟いた。
(うーん、都合よくそんな人、いるわけ……)
「……待った?」
その声に顔をあげる。金色の髪、切れ長の蒼い瞳、整った顔立ち。日差しを浴びて立つその姿はまるで一枚の絵画のように美しく、レナの前に現れたその青年に、隣席の少女たちが一斉に息を呑んだ。
「あ……いた」
整った顔。全教科満点を狙える知性。類まれな実力。
そして何より、その完璧な仮面。レオン・ヴァレントは、表面だけを見れば、理想の王子様そのものだった。
「さっき来たところだよ」
「そうか、よかった」
レオンは席に着き、店員に飲み物をさらりと注文した。
一つ一つの動作に隙がなく、気品がある。その振る舞いだけで、周囲の注目が自然と集まっていた。
だが、当の本人は、その視線にまったく無頓着だ。慣れているのか、あるいは全く興味がないのか。
「飲み終わったら買い物に行こうか」
「……うん」
「服と靴と……あとは何にしようか」
無邪気な少年のように、目を細めて笑う。
その笑顔は本当に眩しくて、まっすぐで、少しも邪気を感じさせなかった。
レナは小さく首を振った。
「でも……いつも悪いよ、レオン。こんなに買ってもらってばかりで」
「気にしなくていいよ。Eクラスの支給金、少ないだろ?」
「……うん、まぁ……食費でほとんど消えるし」
「俺、Sクラスになって学院からの支給金がかなり増えたんだ。簡単に言えば、Eクラスの二十倍だな。だから、好きでやってるだけ。それに──バイトもしてるから」
その仕草があまりにも自然で、思わずレナは聞き返した。
「バイト?……どんな仕事してるの?」
「ギルドの仕事とか、色々だよ。俺は身寄りがないからさ、金を稼ぐ必要があるんだ」
カップを傾け、レオンは薄く笑う。
「ああ、そうだ。おねだりしてくれたら、もっと買うよ?」
「……お、おねだり……?」
「甘えた声で“買って”って言ってくれれば」
「えええ、恥ずかしすぎて無理っ」
レナが耳まで真っ赤になって言うと、レオンは肩を震わせて噴き出した。
「冗談だよ。……でも、もし言ったら本当に何でも買ってやる」
口調は穏やかで柔らかい。でもその奥に、何か深いものが見えたような気がした。言葉に込められた熱に、レナは思わず目を逸らした。一方、レオンは穏やかな笑顔を崩さない。
その穏やかな横顔の奥。誰にも見せない、誰も知らない、“本性”が確かに息づいていた。
それを知る者は、今、学院には誰もいない。
***
◆ 少女視点
「……え、今の人、見た?」
「見た見た……あれ、ヤバくない? 顔、やばい……」
「ほんとにいたんだ、理想の王子様……!」
隣席の女子たちがざわついていた。その言葉は全て、レオンの一挙手一投足に向けられたものだった。
澄んだ金髪と、海のような深い青の瞳。
完璧な振る舞い、柔らかく落ち着いた声色。
少女たちが夢見ていた“王子様”は、あまりにも自然に、その場に座っていた。
「……なんか、芸術品っていうか、絵本の中の人みたい……」
「うん、しかもあの子と一緒にいるんだよね?Eクラスの……ちょっと羨ましいなあ」
「レナさん……だよね。地味だけど、可愛い感じの子……」
ざわめきは少しずつ、嫉妬混じりの熱に変わっていく。けれど、その輪の中にいた一人の少女だけは、笑わなかった。彼女は、ゆっくりとスプーンを置き、首をかしげた。そして、レオンの席、レナの向かい側に座る彼の横顔を、じっと見つめていた。
「……なんか……あの人、変じゃない?」
ぽつりと、呟いた。
「え?変って……完璧じゃん?」
「うん、完璧すぎるの。だから、怖いって思わない?」
少女の声は、あくまで静かで冷静だった。だが周囲の子たちは、ふふっと笑って誤魔化すように言った。
「なにそれ~、イケメンに怖いって言っちゃうの、嫉妬じゃないの~?」
「本当にやばい人だったら、あんな優しい笑顔しないって~」
少女はそれに返事をしなかった。ただゆるやかに、息を吸って、吐いた。
(あの人、笑ってるけど……目が、笑ってない。隣の子と話してるときだけ、表情に一瞬だけど、すごく濃いものが混ざった……あれ、恋じゃない。愛でもない。あれは……)
彼女には、それが“狂気”だと断言できるほどの経験も知識もない。ただ、本能的に嫌なものを見た気がした。
完璧すぎる人間。
理想の王子様。
けれど、その“完璧”の裏側に、“絶対に触れてはいけないもの”が確かにあった。
(あの子……レナさんっていうんだっけ?向かいに座ってる彼女はどこまで、気づいてるんだろう)
ふと視線を向けると、レナは微笑んでいた。
ほんのりと頬を染め、恥ずかしそうに言葉を返す彼女の横顔は、まるで絵のように綺麗だった。だが、それを見て少女は、ほんの少しだけ背筋が冷たくなった。
(まるで、檻の中の鳥みたい……)
彼女のその呟きは、誰にも届かない。
誰も気づかない。誰も知らない。
……ただ一人、気づいてしまった少女は、何も言わずに目を伏せた。
「……完璧って、怖いね……」
それは、彼女だけが見た“理想の崩れ”だった。




