第12話 洞窟戦
◆ 洞窟広間 ― レナ視点
──その時だった。
広間の奥、轟音と共に空気が震えた。
閃光のような斬撃が、突如としてゴーレムの腕を弾き飛ばした。地を滑るように飛び込んできたその影は、金の髪を風に舞わせた。
レナの目の前に立ちはだかる、細身の背中。
「遅くなって悪い」
その声に、レナの瞳が震える。
「レオン?何でここに……」
「嫌な予感がしただけだ。よくここまで持たせたな」
レオンの声は冷たく、怒気を含んでいた。足元に血を流して倒れたレナに目もくれず、彼は目の前の怪物に向き直る。
「そのゴーレムは通常の魔法攻撃は通らない。魔力強化した刃で、装甲ごと潰すしかない」
剣を、ゴーレムに向ける。レオンの手に握られたそれは、明らかに“殺す”ためのものだった。
ゴーレムが咆哮を上げる。大剣を振りかぶった。
「潰れるのは、お前の方だ」
空気を断つようなレオンの剣が振るわれた。その一撃はまさしく神速だった。
装甲の表層を正確に見極め、そこへ魔力強化した刃を叩き込む。ゴーレムの装甲が砕け、石の破片と粉塵が爆ぜた。
レナは、目の前で起きている光景が理解できなかった。ただ、鋼鉄の怪物が、音もなく吹き飛ばされ、壁へとめり込むのを見つめていた。
(……ああ)
震える指先で、レナは彼の背中に手を伸ばす。
(来てくれた……)
レナは安堵したと同時に、意識が闇に飲まれた。
***
◆ 広間・交戦 ― レオン視点
レオンの剣が、床を鳴らす。
ゴーレムが動いた。岩と鋼鉄の合成装甲を軋ませながら、唸るような低音で息を吐く。全長二メートル半。その巨体が、わずかに身を屈めた。レオンを──ただ一人の“敵”として認識したのだ。
「いい子だ……俺のこと、殺しに来てる顔してるな」
レオンの瞳が細く光る。次の瞬間にはその身体が音もなく跳んでいた。
──斬撃。
軽く見える一撃で、ゴーレムの腕が弾け飛んだ。まるで紙のように切り裂かれる。装甲の裂け目に、黒い紋様が走った。装甲が蠢き、質そのものを変えていく。
(これは、再生?違う、適応してきてるのか)
レオンは口角を上げる。
「面白い」
ゴーレムが大剣を振り上げる。岩の剣、その質量は数百キロ。レオンはそれを一歩の踏み込みだけでかわすと、横合いから喉元めがけて斬り上げた。
ガンッッ!
火花が四方に散る。首がわずかに削れた。だが斬り裂くには至らない。レオンは即座に後ろへ跳び、距離を取った。
(完全に適応される前に……)
地を蹴った。加速の魔術を足元に集中させ、剣に重圧を纏わせる。ゴーレムが突進してくる。
「お前がこの数時間で、どれだけの命を奪ったと思ってる」
レオンの声は低く、乾いていた。
「せめて、苦しまないようにしてやるよ」
真っ直ぐに叩き込まれた一撃が、ゴーレムの胸部を陥没させる。内部の魔核が剥き出しになり、光が漏れた。
「終わりだ」
レオンは跳躍し、剣を両手に構える。次の一撃で仕留める。
ゴーレムの動力源である魔核に向けて、剣が突き刺さった。
轟音と共に魔核が砕ける。ゴーレムの身体が崩れ、鈍い音を立てて倒れ込む。
静寂が、広間に戻った。
「ゴーレム一匹で……派手にやられたな」
レオンは、剣を下ろしながら広間を見渡す。そこには、生徒や護衛の散り散りになった死体。
◆ 広間・戦闘後 ― レナ視点
しばらくして、レナは意識を取り戻す。ぼやけた視界の中で彼の背中を見つめた。辺りを見渡して状況を把握した。レオンがあの魔物を倒したのだ。
「一体、どうやってあのゴーレムを……?」
弱々しい声に、レオンは振り返らず答えた。
「単純なことだ。潰せないなら、潰れるまで力を込めればいい。魔力で剣を強化して、装甲の密度を上回らせただけだ」
「……ね、ねえ、どうしてゴーレムがここにいるの?ここは、初心者用の洞窟だよね……?」
レナが尋ねると、レオンは目を伏せた。
「奥の部屋に行けばわかる」
ぐらつく足取りで、レナは立ち上がる。レオンが支えようとしたが、彼女は静かに首を振った。
「……自分で、歩く」
血の臭いが鼻を突き、吐き気が込み上げる。それでもレナは、足を運んだ。洞窟の広間の奥。
そこに広がっていたのは──死の絨毯だった。
魔物、魔物、魔物。骸、骸、骸。
Aランク以上、中にはS級に匹敵する個体もいた。どれもこれも、首をもがれ、身体を潰され、あるいは細切れになっていた。
「……なっ……。なにこれ……」
声が震える。息が止まりそうになる。
「ここは元々、Aランク以上の魔物を封じて、“初心者用”にしていた洞窟だ。俺が安全確認で入った時点では結界はまだ生きていたが……誰かが結界を破ったみたいだな」
「これだけの数を一人で……?」
「ああ、ただ全滅させるのに時間がかかった。数が多すぎて……取り逃した奴がいたんだ」
その“取り逃した奴”こそが、ゴーレムだったのだろう。
「……ありがとう、助けてくれて」
その言葉に、レオンは一瞬だけ目を伏せる。
「礼はいい。お前が無事なら、それでいい」
ほんのわずかに、微笑んだ。




