表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻想のアルキヴィスタ 〜転生者溢れる異世界で禁書を巡る外勤録〜  作者: イスルギ
第一部 【落ちこぼれと空から堕ちた魔導書】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/49

●48 閑話 霧吹カケルの後悔

★35話のその後に続く後日譚の回です。

良ければ35話も観てもらえると嬉しいです。



 鼻をつく薬品の匂いが、冷たい朝の空気に混ざってきた。

消毒液ではない――もっと“濃い”変な臭いだ。


 ごそごそと誰かがカーテンをずらした為、隙間から射す陽光がじりじりと瞼を焼く。



「……うぅ、まぶしい」



 霧吹カケルは顔を手で庇いながら薄目で天井を見上げた。

石灰色の古い天井には蜘蛛の巣が張られ。湿気の染みが広がっている。

ここが清潔な治療院の天井などではなく、廃墟のような救護病棟であることを、思い出した。


 身動ぎをするとパイプベッドがぎしりと鳴いて耳障りだ。

寝巻き越しのシーツは固く、ゴワゴワしている。



 ――元の世界のふかふかなベッドが恋しいよ。



 心の中のぼやきは、すでにため息まで落ちた。

気が付いたら入院していたのだ。


 異世界なんだから回復魔法ですぐに退院できるもんだと思っていた自分が恨めしい。

突然転移した見知らぬ地で、自分がどのような治療を受けているのか心配でままならない。



 ――ここの看護師のお姉さんは美人だけど、めちゃくちゃ雑なんだよね。



 受け入れがたい現実は、あまり逃避させてはくれず、霧吹カケルは、カーテンを開け広げた看護師に目を向けた。

ハイヒールの足音を鳴らし、威圧的な獣柄の上下を着込む美人さんだ。はたして看護師なのか?

ただもう、手つきがとても怪しい。

近くの薬品棚に乱暴な手つきで突っ込むと、ガラス瓶をガチャガチャとかき回す。



「あらまあ、おそい目覚めね患者様」



 まるで、今日はこれにしよう、とでもように無造作に小瓶を取り出した。

群青色のとても臭い小瓶だ。本当に薬なのだろうか。

とても気になるが、知らないほうが幸せな事もあると戒め、あえて聞かない。



「ちょうどいいわ。朝の気付けに一本(回復薬)、いっときましょうね」



 ――親切、なのはわかる。わかるんだけど。



 なんとなく見た先、かき回された薬品棚には、毒々しい色の小瓶がゴロゴロと転がっていた。どれも劇薬感がすごい。



「あとは……隠し味に、なんちゃって。(えいっ)」



 ――いま絶対、なんか吸わせたでしょ?!



 ゴミ箱にポイ捨てされた小瓶が、軽やかな音を立てて割れた。



「じゃぁ、お尻、出してちょうだいね?」



「い、いや待って、毎回の事なんですが心の準備ってものが……」



 言い終えるより早く、体をひっくり返され、寝巻きをずらされる。



「痛っ――ひぃいいいッ!!?」



 ドスっと力任せに鋭い衝撃。直後にぞわりと這い上がる謎の悪寒。

すぐに体を貫くような酩酊感が波となって押し寄せる。

だが、苦痛は一瞬で、体の震えはサッと引いた。



「ほらね、大丈夫でしょ? 顔色よし。安心安心」



「本っ当に、安心していいんですよね、それ……?」



 涙目で問うと、美人な看護師はにっこり微笑み、しかし無言なのだ。足早に背を向けて去っていった。

閉まる扉は音を立て、疑念だけが残る。薬棚は開けっ放しだ。



「……いや、不用心すぎるって」



 視界の右下でぽんっとアイコンが灯った。



【毒物耐性】 → 【猛毒耐性】



「……はい闇医者ぁああ!!!」



 思わず叫ぶと、廊下の方で、うちは健全な方なのよぉっと返ってきた。


 何からツッコんでよいかわからない。

視界のアイコンもそうだ。自身のチート能力【警機けいき好機こうき】が変化したのか、

最近、へんてこな獲得スキルが表示されるようになった。ぽんっ。



【猛毒耐性】 → 【劇毒耐性】



「――僕の身体負けないでえええ!!!」



 とりあえずは礼を言うべきなのか、訴えるべきか――そんな葛藤の間にも、視線を下げると、頬が引きつった。

包帯が余計な箇所まで増えているのだ。腕だけでなく腹、脚。

嫌な予感がして鏡を見れば、なぜか頭上にリボン結び。

完全に治療の方向性を見失っている。


 ミスマッチに覆われた身体で。霧吹カケルの復調の朝は、こんなにも騒がしく幕を開けた。



「どうしよう……。さすがに二日も音信不通だと、泡立のぼる布木ふきさん達に、心配かけすぎちゃったよね」



 独りごちた息は部屋の冷気に吸われて、かすかに白く曇った。


 病室は朝でも薄暗く、石壁に掛けられた薬瓶の影が細長く伸びている。

ここでは治療も療養も「なんか胡散くさい」の一言で片付く。

けれど、他に頼る場所もない。裏町の治療院。


 経営の実態を考えても仕方ないと。寝巻きの上から、愛用する安物のコートを羽織り。

受付へと続く廊下に足を踏み出した。


 通路を抜けて階段を下りると、受付に顔なじみの老医者が帳簿を睨んでいる。

 岩のように動じぬ体躯、鋭い白眉。どう見ても普通の医者じゃない。



「なんじゃコートなんぞ着て、もう退院したいのか?」



 低く太い声に促されるまま、霧吹カケルは椅子に座らされ、背筋を伸ばして身構えた。


 老人の指先が書類を弾き、机から取り出した鑑定魔法具をつかって体の状態を観察される。



「まぁ、いいじゃろう。なんか変なスキル生えとるし」



 ――医療事故だった!!



 石像のように硬直する目の前で、退院手続きは恐ろしいほどスムーズに進む。

手際が良いのか、適当なのか判断つかないが、結果だけ見れば早い。



「ほれ、もう良いぞ。お会計?……なんだそりゃ。

 支払いなら毒島ぶすじまの旦那が既に払っとるよ」



「なん、……です、と?!」



 思わず心臓が飛び跳ねた。

聞こえてはいけない名前が勢いよく頭の中を駆け巡る。


 目の前の闇医者は、怪しさ満載でも嘘をつかない。

チート能力【警機】に意識を向けるが反応はない。


 ――つまり。

   闇ギルドのギルドマスターが、僕の治療費を立て替えたってこと!?



 あの毒島が。僕たちの弱みを握って馬車馬のように働かせた。あの、恐怖の権化が。


 思考はほぼ反射の速度で飛躍した。



 ――また弱みを握られたぁあ!



 だが、感情が喉から吹き出す前に、押しとどまる。

代わりに湧いたのは、理解しがたい、むず痒い感情。



「ちょ、ちょっと待ってくださいよ……!」



 ドタバタと頭を抱え、すぐに顔を上げて首を振る。

ぶんぶんと、切れ味の悪い感情を遠心力で振り落とす。



 ――感謝だって? あの大悪党に? ないない!!



 自分で自分の感情を否定しつつ、それでも胸の奥がもやっと熱くなる。

ちぐはぐな引っ掛かりよ、止まれ止まれ。



「そ……そうだ。僕はあの人をここまで運んだんだ。これは、いわば送迎のお駄賃。病院に運び込んだお礼で貸し借りはなし――」



 ――毒島さんは、なんだかんだ僕たちが死ぬような事はさせなかった。ミカサさんにも直接手を出さなかったし。

   もしかしたら子供は傷つけないとか、そういう事かもしれない。きっと。たぶん!



 もはや祈りに近い、願望だ。



「入院代を肩代わりしただけ……。貸しでもなんでもない。

 善性ではなく礼節。あの人なりの“けじめ”……。

 よし、筋は通ってる。だから感謝なんて、僕がする必要はなくて――」



 ぶつぶつ言っていると、老医者は歯をむき出して笑い飛ばした。



っかいのう。顔も心も忙しすぎじゃろ」



「そこは認めますけど、今はそういう話じゃなくて!」



 思い返せば、毒島ぶすじまは謎が深い男だった。

数日前、ノアの街全体を巻き込んだ大騒動に巻き込まれ、慌てふためき逃げ惑っていると、連れ去られるミカサを見つけた。


 即座に自身のチート能力が警報を鳴らした。

怖かったが追跡し、ミカサと毒島の戦いを覗き見たとき。

力量差は明白。すぐに決着はつくはずなのに、ミカサを殺さない毒島に違和感を感じた。


 記憶が鮮明に戻って来る。

 夕暮れだ。幻想図書館のジョシュアが到着すると、激しい戦闘が始まった。

壁や天井に亀裂が走り、どこも安全ではなくなった刹那、一瞬目が合ったのは気のせいかもしれない。


 心臓を突き刺すように『警機けいき』がざわめいた瞬間。

突如、天井を突き破って現れた巨大な零式艦上戦闘機――その墜落を、豪快に断ち割る毒島の太刀筋。


 『警機』が止まったと同時。割れた機体が豪速で隣を滑り爆発。爆風にあおられながらも目が離せなかった。

正面に伸びる轍。その先に大盾を構え。

勇壮な背中に心が動かされたのだろうか。


 そういえばと思い出す。

自分のチート能力「警機と好機」によると毒島は。



――僕たちへ危害を加える様子がなかったっけ。

  なんなんだろう、この人は。



 激しい死闘に決着がつき、気づけば敗れた毒島の体を背負っていた。

まわりの隙を見て、地下道へ逃げ込み……治療院へ運び入れた。



 ――そうだ。まだ居るかも知れない。

   なんせ僕より大怪我だったんだから。



 こっそり様子を見ようと、病室を探し、病棟にも立ち寄ったのだが。既に転院したのか、見つからなかった。

まぁ、闇ギルドの大物……ギルドマスターなのだ。

見つかりそうなところで隙をさらして療養などしないのかもしてない。



 ――あまり長居しては怪しまれるよね。



 そろりと出ようとした時だ。



「迷子の小鼠が一匹。奇遇じゃないか、霧吹きりふきカケル」



 すぐ後ろに赤髪を結った男がいた!!



 ――闇ギルドのサブマスター!

   ヤバい人に見つかっちゃったよ!



「いやあの、これはその、ちょっと気になったと申しますか、お加減はいかがなものかと……思いまし、て?」



 赤髪の男は怪訝な目を向け、数瞬考える素振りをし。ふと、合点がいったのか少し驚いた顔を見せた。



「なんだ、ボスの容態が気になったのか。

 可愛いところがあるじゃないか」



「いやいや、そうなんですけど、そうではなくて!」



 ドタバタ慌てる姿に、呆れた顔を向け、赤髪の男は珍しく、鼻を鳴らして笑った。



「知らせを聞いて驚いたぞ。ボスを治療院ここまで運び入れたのが、お前だったと」



 それについては自身も激しく同意したい。

依然として闇ギルドは恐怖の対象なのだ。



「警邏隊が押し寄せる中、俺たちまで出し抜き、よく逃げ隠れたものだ」



 赤髪の男の目は、射抜くほどの輝きを放ち。

思わずその美しい顔立ちに釘付けになってしまう。ぽんっ。



【パニック】



 ――わかってるよ!



 新しく芽生えたスキルに翻弄される少年を訝しむ赤髪の男。

眉間を軽く指で押さえながら、ある仮説が組み上がる。



「窮地を脱したお前の危険予知……異世界転移者、霧吹カケル。

 俺は、お前のチートが気になってきたよ」



 ――怖すぎるって。そんな事を聞かないでほしいよ!



「まぁ、いずれわかることだ」



 赤髪の男の胸中ではすでに、目の前でうろたえる稀有な少年が今後どんなことに利用できそうか、次々と試してみたいことが山積みされはじめていた。


 それらをいったん思考の隅に追いやって。

どうしても確認したいことが一つある。



「小心者の霧吹カケル……。お前、なんでボスを助けたんだ?」



 理由を聞かれ、しどろもどろに、なってしまう。

無言はまずいと口が開き、しかし出てきたのは、そのままの気持ちの表れだった。



「……カッコいいと思ってしまったんです。

 …………ん? いやいやいや、そんなバカな?!」



 思わぬ返答に赤髪の男はくしゃりと顔を歪め、腹を抱えて天を見上げた。

あごが上を向き、その眼差しは見えないが、笑いのツボに入ってしまったようだ。



「はぁ……。仕方のないやつだ。

 いいだろう、学生は学校にもどれ、しばらくは休みをくれてやる」



 そうと言って背を向けた。


 キョトンと、ふってわいた現実。

解放の幸せを手にした霧吹カケルは嬉しさのあまり飛び上がり。

右手にガッツポーズを握りしめた――その時。


 ふと、赤髪の男は背中を向けたまま立ち止まった。

首だけ少し曲げ、流し目にこちらを見やり、静かに口を開く。



「そうだ……。

 おまえ、見どころがあるな。 闇ギルドに入らないか?」



 悲鳴ともつかぬ叫びが街中のにぎわいに紛れたとか。



 ――これは憧憬ではない、絶対に後悔だ! ……たぶん。




★前話に、学生組の中で霧吹カケルがいなかった……その時、カケルは何処にいた?!の回でした。


★次回、とっておきの後日譚……闇ギルドの閑話をお楽しみに!


――


宜しければ評価/感想など頂けますと嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ