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どちらも狂っていた場合の詰み方

 



 頭を冷やすために水を取りに行くと言って逃げてきた。

 すぐにからかってくる彼女をどうすればいいか考えながら、また彼女と過ごしている自分について考えた。


 今日だってすぐに帰ろうとした。けれど、弱い自分は頼まれたら断れない。断る理由もない。そもそもなんで断ろうとしているのかわからない。

 でも、この距離感は僕にとっても心地の良いものになっている。だから、まあ別にいいんじゃないかな。


 席に戻ろうとしたとき、ふと男女のペアが目に入った。料理を食べさせ合っている。楽しそうにしていることから、付き合ってるのかなと思った。恥ずかしくないのか?


『てっきり、付き合ってるから二人で登校してたのかと思ってた』

 そんなことを言われたことを思い出した。この光景を見て。

 これはさっきの―――そう思い考えるのをやめた。


 頭はもうとっくに冷静になっていた。

 僕と夢が周りからどう思われているか、それを踏まえてどう思ったか。そして、それは正しいことか。

 こんなことは嫌と言う程に考えた。

 彼女が悪いんじゃない、僕の存在が彼女を汚すんだってこと。


 やっぱり、僕はここにいるべきじゃない。彼女との時間が好きだ。永遠を望んだ。でも望む権利はない。幸せは僕には似合わない。




 席に戻ったときには、もうさっきの出来事は忘れていた。いや、もう気にならないほど遠くにある。


 戻ってきた僕を見て彼女が固まった。もしかしたら、今僕は酷い顔をしているのだろうか。心配はかけたくない、かけてもらう程出来た人間ではない。


 ―――謝られた。


 なんで?謝られるようなことは何もしてない。むしろ、加害者は僕で、彼女は被害者側…そういえば、彼女は僕の存在が迷惑だなんてこと言ったことあるっけ?


 ―――また謝られた。


 嫌いになったから避けてる?いや、嫌いになるのは僕みたいな存在の方だ…今まで彼女に嫌いだなんて言われたことあったっけ?


 ―――「ごめんね」


 もう謝るなよ。違う。謝らせてるのは自分なのか?

 あくまで利己的な判断だが、関わらないことが彼女のためになる。そう思っていた。でもそれは同時に重荷になる。

 気になるものは気になる。それが自分のためだったとしても、急に態度が変わったら自分のせいなんじゃないかって、そう思ってしまう。


 そうか、僕は彼女の重荷になっていたのか。彼女は優しい。だから変わった自分を気に掛ける。

 実際は、離そうとして気を引いていた。


 ここまでくると清々しい。どこまで人に迷惑を掛ければ気が済むんだと。

 彼女は、狂ったように自分の悪いところを列挙して私が悪いって言う。何も間違ったことはしていないのに。

 その点、勝手なことをしてただその話を聞き流して、何もしない、何も出来ない。


 もうこれ以上堕ちることはないと確信した。堕ちるとこまで堕ちきった。もうどうでもよくなってきた。じゃああとは堕ちるだけだから。

 これ以上自分を否定する彼女を見てられない。ではなく、自分のしたいことをすればいい。


「この後時間ある?」


 これが初めてかもしれない。他人を誘うなんてこと僕にはハードルが高すぎるから。でも、失うものがなくなった人間は無敵になれると聞いたことがある。


「いや、私…」

「迷惑?」


 そう言って、冷めきった料理に手を付ける。

 最初で最後の我儘なら聞いてくれてもいいでしょ。そういう意味。


 視界の上端に小さく頷いているのが見えた。




 店を出て、すっかり暗くなった道を二人で歩く。夜風が涼しく感じる。

 少しの間、沈黙が生まれた。

 彼女は、同じ調子で俯きがちで歩いている。

 結構歩いたところで、動きを止めた。


「僕はさ、勉強が出来るわけでも、強いわけでも、特別な何かがあるわけでもない。でも、雨間さんは僕に構ってくれる。何一つ勝ってないし、こんな風に隣に歩いていても人間としての格がつり合ってない。だから僕が関わることで雨間さんに迷惑がかかる。それは嫌だ」


 彼女はまだ黙ったままだ。


「だから雨間さんが何考えているのかわからない。なんで、そんな僕に関わるの?いや、言い方が違う…雨間さんはさ―――」


 風が止んだ。草木が動きを止める。はっきりと自分の言葉が耳に届く。それは、とても痛い。


「僕のことどう思ってるの?」

「…黙れ」

「…え?」


 今、黙れって言―――


「うるさいうるさいうるさいうるさい」

「あの…」

「私、迷惑?私のこと嫌い?」

「それはない」


 即答した。いきなりのことでよくわからなかったが、不思議と。

 彼女が雨間夢を否定したとき、それは違うと言いたかった。でも、僕にはそれを言っていいのかわからなかった。


「私も」

「…」

「私も柊くんのこと迷惑だと思ったことも嫌いだと思ったこともない」


 いきなり、手が伸びてきて反射的によけようとした。でも、直前で止めた。避けてはいけない気がしたから。まあ、避けたところで状況(物理的な)はさらに悪化するだろうが。


 頬を思いっきり掴まれて、思わず後ろに下がろうとしたが、なかなか外れない。

 あ、殺される―――死にたくない…あーでも彼女に殺されるなら本望か、死ぬまでに蟹食ってみたかったな―


「何か気にすることある?私はキミがいいの、ダメ?」

「だから…」

「もう変なことしないで。次、私の前で自分のこと…いや、私との関係否定するなら」


 顔が引っ張られる。目の前には真剣な顔で僕を見つめる彼女がいた。


「私の手で殺してあげるよ」


 頬に、彼女の手の感覚が残る。後ろ姿をただ見ていた。

 否定ってさっき、自分のこと迷惑とか言ってたじゃねーか、というのはスルーしておく。言ったら殺されるし。


 これから、どうしよう。やっぱり殺されたくないかな。死ぬのはもっと先にしよう。

 まだ伝えてないことがあるから。


「好き…だな」


 まあ、こんなんじゃいつになっても伝えられなさそうだけど。




 帰ろうと思ったら、もう家がそこにあった。

 途中から彼女の後ろを歩いていたから気付かなかったけど…あれ?ということは彼女がここまで来たってこと?家の場所教えたっけ?


 …うん、たまたまだね




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