二十四話 拾い集める
ギデアは迷宮に入ると、久しぶりに腰に剣を吊った。たった数日装備していないだけだが、随分と久しぶりに剣を手にした気がした。
「木剣は握ったが、あれは模擬剣であって真剣ではないからな」
模擬剣と真剣では、手に伝わる感触が如実に違う。その違いがあるからこそ、ギデアが自分の剣を腰に吊った時、久しぶりという感覚になったのだ。
ギデアは、その久しぶりの感覚をより確かなものにしようと柄に手を乗せた。しかし剣は抜かずに、柄から手を離してしまう。十層までの魔物を相手なら、剣を使うまでもないからだ。
「十層までの魔物は無視していくか」
ギデアは駆け出す。選ぶ道は、他の挑戦者が存在しない道。他者がいないため走りやすいという理由でだ。
迷宮の一層から十層までの道は洞窟のような見た目で、多岐に分岐している。そんな道を進んで層から層を越えていくと、やがて多岐だった道が十層の【層番人】で一つに収束するようになっている。そのためギデアが進んでいる道も、最終的に【層番人】に到着するという意味では、正解の道ではある。
しかし傍目から見ると、迷宮に入ったと思えば、【互助会】が推奨している道筋から外れて明後日の方へと駆け出していくのだ。他の挑戦者からしてみれば、不可解な行動でしかない。
このギデアの誰も居ない道を選んで進む行動こそが、結果的に誰もギデアの戦う姿を見たことがないことに繋がり、そして実は迷宮の中に隠れて戦っていないのではないかという憶測を呼ぶことになり、その憶測から【ホラ吹きのギデア】の仇名がつけられることに通じたわけである。
ギデアにしてみたら、少しでも早く先の層に進みたいたからそうしているだけなのに、迷惑な話ではあった。
ともあれギデアは、人が他にいない場所を走り抜けて、層を次々と越していく。途中で魔物と遭遇するが、大した相手ではないので、通りすがりに殴りつけたり蹴り上げたりで殺害して進んでいく。
そして挑戦者の迷宮行としては破格の早さで、ギデアは【層番人】の手前までやってくると、ここで漸く腰から剣を抜いた。そして【層番人】と既に戦っていて苦戦中の挑戦者たちの中へと走り入っていった。
「すまない。急いでいるんだ」
ギデアは挑戦者たちに断りを入れると、一撃で十層の【層番人】を斬り捨て、十一層へと走っていった。
挑戦者たちは、なにが起こったかわからずに呆然としていたが、【層番人】の【魔晶石】と【顕落物】が出現したのを見て、それらの収拾に移った。彼らの目では、黒い塊が通り抜けていったら【層番人】が倒れていたとしか認識できていなかったため、これがギデアの行動だとは思いもしなかった。
ギデアは十一層に入る。十一層は丘陵と森が広がる場所だ。天井はあるが、なぜか青色に光っているため、地上の景色と誤認しかけるような光景になっている。
十一層から二十層まで進むには、層毎に広い場所のいくつかに存在する次の層へ進むための階段なり祠なりを探さなければならない。
ギデアは、自分が知るいくつかの層を移動出来る場所のうち、手近なものを選んで進んでいく。
十五層を越えたあたりで、魔物と遭遇。立派な角を持つ雄牛の魔物だ。
雄牛の魔物はギデアを見つけ、突撃するべく頭を下げて前足で地面を掻く。その予備動作の間に、ギデアの接近を許してしまい、首を一撃で搔っ切られて絶命した。
ギデアは何時ものように放置して進もうとしたが、やおら足を止めた。外街で、魔物の肉を出す食堂や、魔物の牙を装飾品にする露店を見てきた経験から、この雄牛の魔物の【魔晶石】と【顕落物】は無視しない方が良いだろうと判断したからだ。
絶命した魔物が分解されるようにして消えると、指先ほどの大きさの【魔晶石】と雄牛の角の【顕落物】が出現した。
「……肉ではなかったか」
ギデアは残念そうに言いながら、背中にある大型の不思議な鞄の中に【魔晶石】と【顕落物】を入れた。ちなみに雄牛の角は、雄牛の魔物の【顕落物】の中では一番の当たりだったりする。それこそ【顕落物】で出る雄牛の肉と比べたら、十倍の差が出るほどに。
もっともギデアにしてみたら、角よりも肉の方が良かった。角の利用法は知らないが、肉なら食堂で料理してもらえると知っているからだ。
「ふむっ。ここからは少し走る速度を弱めて進むとしようか」
ギデアは【顕落物】で肉が手に入らなかったことが不服だったようで、道を先に進みつつ、出会う魔物を倒しに倒して【顕落物】を集めていく。もちろん、肉が出現することを願いながら。
そうしてギデアは、ついつい二十一層まで来てしまった。
犯罪挑戦者たちは、十一層から二十層までが活動範囲だったのに、ついうっかりと二十一層まで足を運んでしまっていた。
「来てしまったものは仕方がない。このまま三十一層まで行くとするか」
近所に散歩するかのような物言いで、ギデアは二十一層を先に進んでいく。
この層から先が属性耐性を持つ魔物が出現するわけだが、ギデアには全属性の片手剣がある。この剣であれば、どんな耐性を持つ魔物であっても攻撃が通じてしまう。
そして攻撃が通じるのなら、ギデアの剣の腕前で倒せない魔物はない。
出くわす魔物を全て倒しつつ、【魔晶石】と【顕落物】を収拾していく。二十層から先は限られた挑戦者しか来れない場所なので、これらの【魔晶石】と【顕落物】が持ち込まれた【互助会】は嬉しい悲鳴を上げることだろう。
普通の挑戦者なら、売却益を考えてホクホク顔になる場面だろうが、ギデアは終始詰まらなさそうな顔だ。
それもそのはず。十五層からは肉を目当てに収拾していたが、この層からは会長に頼まれたから収拾しているだけ。どんな耐性の魔物でも一撃で倒せてしまうし、剣技に対しての実りもないのでは、面白さの欠片もない。
「しかし全属性の剣があるとしても、二十一層から先の魔物は、これほど簡単な相手だったか?」
ギデアは周囲を警戒しながらも、首を傾げる。
ギデアが全属性の剣をまともに使うのは、三十一層から引き返すとき以来の二度目。真新しい剣は手に馴染み切っているとは言えず、ギデアは自分の剣筋に多少の不満点を見つけている状態でもある。
以前使っていた武器は、長く使いこんで良く手に馴染ませていたため、ギデアが望む通りの剣筋が出来ていた。
その慣れの差があるにも関わらず、全属性の剣を使うと苦戦らしい苦戦どころか、容易すぎて飽きを感じるほどである。
「武器に隠れた性能があるのか?」
この武器に全属性がついているのは、各種属性のナイフで確かめてあるので間違いはない。しかしそれ以外の機能があった場合、ギデアに調べる伝手はない。
とりあえずギデアは、周囲に人や魔物の気配がないことを確かめてから、その場でを降り始めた。
最初は軽く振り、段々と早く鋭く剣撃を強めていく。
その中で、ギデアは自分の筋力が増していたり、反応が良くなっているわけではないことを確認した。むしろ最近は剣振りすらせずに散策に明け暮れていたこともあり、ほんの微小な差ではあるけれども、筋力にも反射神経にも陰りが出ていた。
これで、剣に身体強化の類のような効果がないことが確実になった。
では以前とは何が違うのかというと、ギデアは気づいた。自分の剣技の質が、なぜか向上していていることに。
先ほども記したが、ここ最近、ギデアは剣から離れた生活を送っていた。
一日稽古をサボると取り戻すのに三日かかる、などとよく言われているが、その例に従うとギデアの剣の腕は衰えていてしかるべき。
しかしながら、実際にギデアの剣技は、半引退する前よりも向上している。それも剣を振る鋭さが増しているのではなく、剣を操る巧みさが向上していた。
不思議な現象であるものの、ギデアは内心では腑に落ちる気持ちがあった。
ギデアは、なんとなく感じている。今まで我武者羅に剣技の向上を目指して進んでいたが、その道の途中で取りこぼさざるを得なかった剣技のコツがあることを。そして取りこぼしたはずのコツが、なぜかいまギデアの体の中にあることをだ。
この不可思議な現象に、一応の理屈をつけることは出来る。
ギデアが剣技から離れて休息をとる中で、そのコツを無意識に拾い直していたのだろうと。
そんなことがあるだろうかという思いは、ギデア自身も感じている。
しかし実際、ギデアがいま振るっている剣の中には、ギデアが身に付けていなかったはずの剣技のコツが含まれていることは間違いない。
「求めれば求めるほどに遠ざかり、少し距離を置けばすり寄ってくる。その自覚が、剣技を極めるために必要な意識だとでもいうのか?」
なんとも剣の道は気ままな猫のようだと、ギデアは肩をすくませる。
なにはともあれ、剣技に対する新しい知見を得たことに対して、ギデアは素直に喜ぶことにしたのだった。




