二十五話 【石動像】狩り
二十五層に入り、ギデアはじっくりと自身の剣技と向き合うことにした。
本来ギデアは、常に全力を出して魔物と戦ったりはしない。
魔物の攻撃を見極めてギリギリで避け、相手が晒す隙を的確に突くという、最小行動で最大効果を狙う戦い方をしている。
そのため本気で剣を振るうのは、敵一つに対して一振りということが多い。
例外となるのは、体が石で出来ていて防御力が高く、かつ体が大きくて急所まで斬撃が届きにくい【石動像】だ。
耐久度が高いため、ギデアが自身の剣技を見直す相手としては、良い的になってくれる相手である。
「ふむっ。今の剣撃は、動きの連続性が今一だった。もう少し腰と肩甲骨の動きを見直してみるか」
ギデアが相手にしている【石動像】は、体のいたる場所が切り裂かれている。体の各部の心中まで傷は達していないが、無理に動けば傷から破断してしまいそうだ。
そんな傷を負っているにも拘らず、【石動像】はギデアを叩き潰そうと踏み込んで拳を振るう。
ギデアは、【石動像】の拳の先が胸元に振れた感触を得てから、横に体を回しながら移動することで回避する。そして回転した勢いを乗せて、剣を一閃。【石動像】の二の腕から先が切り飛ばされた。
「一撃で腕を斬れたか。満足いく出来だな」
体の動きを連動させるコツを一段階進歩できたことを、ギデアは嬉しく感じた。
十二分に練習相手として勤めてくれたので、この【石動像】に止めを刺した。掴んだばかりのコツを生かし、横振りの一撃で【石動像】を斜めに斬り裂いて。
ギデアは【石動像】の【魔晶石】と【顕落物】を回収してから、剣を振る具合を改めて確かめる。
「練習すら止めていたことで、剣の腕は若干だが鈍っていた。しかし鈍った腕前を戻そうと試みる中で、今まで見過ごしてきた問題までもが見えてくるとは」
ほんの少しの剣技の鈍り。それを戻そうとしてみると、もっとこうした方がいいんじゃないかという思いつきがでてくる。
踏み込みを足指一本分前に出すか後ろにするか、腰の回し方や肩の使い所の勘所を早くするか遅くするか、腕の位置を髪の毛一本分上げ下げするか、などなど。
戦闘技術を習っていない人からすると、それは些細な違いに思うことだろう。
しかし、そんな些細な違いで、剣技の出来栄えは驚くほど違ってくる。
踏み込みが深すぎても浅すぎても剣に威力が乗らなくなり、腰や肩の使い方が拙いと剣の速度が損なわれ、腕の位置の差異によって剣の軌道にはブレが生まれる。
そうした要素の全てが完全一体となって初めて、極限の一撃が放てるようになるのだ。
ギデアは極限の一撃に近づいているとは思っているが、まだまだ道は果てしないとも感じている。
それもそうだろう。一人一人の骨格や筋肉量は違っているし、同じ人でも訓練を重ねて骨格が整ったり筋肉量が増えたりする。仮に全く同じように剣を振ることができたとしても、人によって最適なものが違うし、同一人物でも日によって最適なものが変わっても来る。
そうした肉体の違いを把握し、そのときそのときに合わせた体の動きを的確に判断できて初めて、ギデアの思い描く剣の頂きに指を掛けることができるのだから。
「ふむっ。こうか――いや、こうだな」
ギデアは得たコツを忘れないよう、その場で剣の演舞を行って体に染みつけていく。しかし染め切ったりはしない。仮に他に良いコツを得た際には、以前のコツを直ぐに忘れることができるように。
一通り満足いく結果を得て、ギデアは次の魔物を探しながら歩く。
そして出くわした魔物を斬り捨てる度に、自身の剣術に新たな発見を見出していく。
その発見の連続は、ここ最近のギデアには感じられなかったもので、さらにこれだけの頻度の気づきの連続は剣術に面白さを見出した幼い頃以来のことだった。
ギデアは自分の剣技が磨かれていく感覚を得ながらも、ついつい自嘲してしまう。
「確りと考えて剣技を磨いてきた心算でいたが、こうも発見が多いということは、我武者羅に過ぎたということなのだろうな」
ここでギデアは、剣の道に一意専心するだけではなく、腰を下ろして休んで自身を顧みる必要性を自覚した。
「そう考えると、半引退は良かったのかもしれん。迷宮では一心に剣に注力し、迷宮外では剣から離れて生活を楽しむ。これこそが俺の剣の道に適した行いなのだろうからな」
ギデアは魔物と戦い続け、得られる気づきを全て得た。
それからもう少し戦ったが、新たな気づきがなくなったことを自覚し、休憩することにした。
迷宮に入って二十五層まで走り続け、そして二十五層では魔物と戦い続けた。体力の回復と、気づきで行使した脳を休ませるには、良い機会だった。
ギデアは二十五層の道を進み、あえて行き止まりの道の最奥まで行く。そして行き止まりの壁に背中を預けて座ると、鞘に入れた剣を太腿の上に置いた状態で目を瞑る。
普通の迷宮挑戦者なら、こんな袋小路で休もうとはしない。魔物が来ても必ず逃げ道があるよう、少なくとも二方向へ行けるような場所で休む。
しかしその普通は、仲間を組んだ挑戦者の場合である。
ギデアのような単独行の挑戦者の場合、敵が一方からしか来ない袋小路の方が警戒しやすく、そして背後を気にする必要もないため戦いやすい。
ギデアはそんな安心できる場所で、眠りと覚醒の中間のような意識で、休憩する。眠るよりは回復が遅いものの、起きながら休むよりは各段に疲れが取れる、そんな休み方で。
ギデアは休憩を終えると、二十六層に踏み入った。
休憩で思考能力が回復したことで、また少しの気づきやコツを得る。しかし、それらはほんの少しでしかない。
「やはり、剣の道から完全に離れて休む必要があるようだ」
ギデアは残念に思いつつも、それならと今ある剣技を磨きいて突き詰めてみようという気になった。
意識を切り替える。
自分の剣技や動きを確かめるため残していた意識の領域を、全て戦闘行動へと振り分ける。
視野の上下左右が広がり、聴覚は真後ろの些細な音まで拾えるように、肌感覚と髪の毛に触れる空気の感触が如実となる。その一方で嗅覚と味覚が鈍磨して、何も感じなくなった。
完全に戦闘用に意識を切り替えると、ギデアは迷宮を進み始める。
ちょうどその時に【石動像】が一匹、通路先の曲がり角から姿を見せた。
その姿を目にした瞬間、ギデアは意識することなく走り出していた。そして【石動像】が気づく前に、ギデアは【石動像】の右足、左腕、首を一呼吸で斬り裂いた。
理不尽とも言える出会い頭の攻撃で【石動像】は倒され、【魔晶石】と【顕落物】に変わった。
ギデアはそのまま立ち去ろうと一歩踏み出し、そこで意識領域を少しだけ戦闘行動から離す。
「会長からの頼まれごとを失念するところだった。いけない、いけない」
ギデアは【魔晶石】と【顕落物】を回収してから、再び歩き出した。
そこからのギデアは、圧巻の戦闘を披露し続けた。魔物は全て、出会い頭の攻撃で屠っていく。それがどんな耐性を持っていても、どんな姿形をしていても、ギデアの全属性の剣で急所を斬り裂かれてしまう。瞬く間に倒してしまうため、ギデアは盾を装備してはいるものの、戦闘の役には全く立っていない状態だ。
魔物を倒して現れる【魔晶石】と【顕落物】は、作業的に回収される。挑戦者なら誰もが喜ぶような、希少な【顕落物】が現れたとしても、ギデアは眉一つ動かすことなく――それどころか拾い集める行動を一々挟まなければいけないことを疎んでいる様子で回収する。
そうやって戦闘に没頭し続けながら移動していくと、ギデアの目の前には真っ赤な体の【石動像】――【紅玉石動像】が立っていた。
ギデアは没頭しすぎるあまりに時間と場所の感覚が麻痺していたため気づいていなかった、とっくに三十層に入っていて、しかも【層番人】の前まで来ていたのだ。
しかしギデアの感覚では、気づいたら【紅玉石動像】がいた感じなので、驚きから目を瞬かせている。
「お、おおっ。もうこんなところに。いかんな、集中が過ぎたか」
反省するギデアを無視して、【紅玉石動像】が動き始めた。そしてズンズンとギデアに近づいていく。
ギデアは改めて体の調子を確かめ、なんら問題がないことを把握した。
「『挑まれ屋』の景品は、こいつの【顕落物】でも良いか? いや挑戦者を集めるのなら、武器の方が望ましいか。そうなると、やはり三十一層へ行くしかないな」
そんな皮算用をしているギデアに対して、【紅玉石動像】は右の拳を繰り出した。【石動像】よりも速く重い一撃は、当たれば人の肉体など粉砕してしまえるほどの威力を持つ。
ギデアはそんな攻撃を前にしても逃げださず、そのまま【紅玉石動像】の拳が外套に触れる瞬間まで動きもしなかった。
しかし【紅玉石動像】の拳が外套に触ったと感じるや、ギデアは横へ移動しながら体を回転させることで避けた。そして、剣の一撃を【紅玉石動像】の伸びた右腕へと放った。
【紅玉石動像】の右腕が斬られた。しかし斬り損じられたかのように、まだそこにある。しかし斬られた部分に線が生まれたと見えた瞬間には、重力に引かれるようにして、肘元から先が地面へと落ちた。
右腕を落とされて、【紅玉石動像】は一度ギデアから体を離すべく下がろうとする。しかしそのときには既に、ギデアは更に二度斬り終えていた。
【紅玉石動像】が後ろに下がろうとした瞬間に、袈裟懸けの斜めと腹元の横一文字に線が現れ、その線に沿って【紅玉石動像】の胴体がズレていく。
すると、【紅玉石動像】の上半身だけが地面に落下し、下半身はまだ立ち残っている状態になった。
ギデアは自分の行いの結果を目にし、そして不満そうに鼻息を吹いた。
「ふっ。曲芸の域には、どうにか行けているようだ」
ギデアの呟きと鼻息に押されたわけではないだろうが、立ち残っていた下半身は横に倒れて地面に落ちた。その直後、【紅玉石動像】の体が消え去り、【魔晶石】と【顕落物】が現れた。
【魔晶石】は前に倒したのと同じだった。
しかし出てきた【顕落物】は、凝った装飾が表面にある丸盾。その真ん中には拳大の紅玉がはめ込まれている。これはまるで、貴族の客間の壁に飾ってあるかのような、煌びやかに過ぎる盾だった。
ギデアは【魔晶石】を大型の不思議な鞄に入れると、装飾のある盾を拾い上げてしげしげと眺める。
「三十層の【層番人】から出た盾というからには、かなり良い物なのだろうが……」
ギデアは自分の腕に装着している盾と交換した場合、どんな姿に自身がなるかを想像してみた。
藪睨みの目とボロボロの黒外套に、やたらと豪華な見た目の盾。あまりに不似合い過ぎた。
「これを景品にする手もあるが――いや、他の挑戦者であっても、この見た目では要らんか」
明らかに豪華な見た目の盾は、騒動を呼び込む呪物と変わらない。ましてや宝石が盾の真ん中にあるなんて、盗人に襲ってくださいと言っているようなものだ。
ギデアは残念な気持ちで盾を大型の不思議な鞄に入れ、三十一層へと向かうことにした。
その道の途中で、ふと思いついた。
「迷宮に隠れ住んでいる犯罪者をおびき寄せるには、良い餌になるんじゃないか?」
あれほど豪華な見た目の盾なら、目の色を変えて襲いに来るに違いないと、ギデアは考えた。
ギデアの目的は、その犯罪者たちと戦うこと。そうなると、豪華な盾が出てきたことは行幸といえるだろう。
これは犯罪者がいると目されている層へ戻るのが楽しみだと感じつつ、ギデアは三十一層への歩みを再開させたのだった。




