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「ああ、雪だ」

 マリオンは空を見上げた。予想通りだ。城の使用人も朝起きた時から今日は絶対雪だといっていた。

 古城で女神像を見つけた一週間後、ジェームズは都に帰ることとなった。彼を見送るべくマリオンは今ユリゼラ駅にいる。ホームに止まった汽車はすでに黒煙を吐き出し出発は間近だった。すでにジェームズの荷物は積み込まれ、彼はホームでマリオンと最後の別れの挨拶をしている。


「初雪ですね」

 ジェームズは向かいに立つマリオンのマントのフードをかぶせた。子供のような扱いに少々むっとしてマリオンは彼を見た。

「風邪ひきますよ」

 一度寝込んだところを知られているだけあってどうも反論しづらい。

 言いづらいことがもう一つある。


「都に戻ってどうするんだ」

「まあちょっとこれから考えて見ます。少しくらいの蓄えはありますので。ここは大変居心地のいい場所なのですが、ここで遠くの都での生活を考えるのは少し難しいですからね」


 なんで帰らなければならないんだ。

 マリオンは口から出そうになった言葉を飲み込んだ。

 ユリゼラは確かに辺境だがそれでも町はそれなりに大きい。仕事だってある。それに仕事をしなくたって、そもそもお前は花婿候補ではなかったのか。

 でもジェームズが帰るというのなら、それを止めることは今はもうマリオンにはできない。止めることで彼の意に反し嫌われたら怖いと思うからだ。

 いつのまにこんなに臆病になったのかと思う。

 他人など気にしないと学生時代にあれほど決意したのに。


「また来るのか?」

「ぜひお招きください。私も手紙を書きますよ」

「うん……」

 こんな会話がしたいのではない。でもどう切り出したらいいのかわからない。


 ヴェルディの杖は、現ユリゼラ城の隠し部屋にとりあえずしまっている。あれほどの財宝にも興味も無く城を去ろうとする彼にいったいどんな引き止める言葉があるのだろう。

 ちらほら舞う雪はまだ積もるとは思えない頼り無さだが、すぐにこの地を白く覆いつくすだろう。それを焦るように出発の汽笛が鳴った。


「ではマリオン様、お世話になりました」

 恭しく頭を下げて、ジェームズはそのまま汽車に乗り込んだ。ただ、すぐに席に向かうことは無くそのままマリオンを見ている。

「お体には気をつけて」


 ああ、これは最後の別れだ。

 ふいにマリオンは気がついた。このまま彼が都に戻れば縁は切れてしまう。最初は確かに手紙のやり取りもあるだろう。もう一度くらいは会う機会もあるかもしれない。でも縁は切れてしまっている。やがては疎遠になりジェームズは日々の仕事に忙しく、マリオンも次の結婚相手を紹介されるだろう。


 そしてわたし達は。


 駆け落ちして他者に引き離されるなんて派手なことにならなくても、ちょっとしたすれ違いで、いとも簡単に繋がりは切れてしまうのだ。

 このままではだめだと思いながらもどう言っていいのかわからないマリオンは、ジェームズを見つめるだけだ。ジェームズがいぶかしげに目をしばたかせたが、彼が口を開く前についに列車は動き始めたのだった。


 重い音がマリオンとジェームズの接点を断ち切るようだった。どんどん離れていく列車のタラップから身を乗り出したジェームズは最後に手に持った帽子を振った。真顔で。

 ……彼ももうわたし達の道が交差することがないと気が付いている。

 マリオンは動けずに遠ざかる列車を見つめる。まばたきすら忘れていた。

 それから大きく息を吸い込んだ。マントを翻してマリオンはホームを走り出た。


「公爵様?」

 二人とジェームズの荷物を載せてきて、そして帰りはマリオン一人を乗せて帰る予定だった御者がマリオンの勢いにぎょっとしていた。

「すまない。馬を借りるぞ!」

 とめてあった誰のものともわからない馬にマリオンは飛び乗った。横にいた馬の主人が状況についていけないという顔をしているが、一応マリオンが公爵であるということはわかったらしい。止める様子はありがたいことにない。


 本当に、ドレスなんて着てこなくてよかったよ。

 マリオンは馬の手綱を握り、そして馬に掛け声をかけた。はじかれたように馬は走り出す。


「すぐに戻る!」

 後ろも見ずに怒鳴るように告げるとマリオンはひたすら列車を追って馬を駆った。列車はまだ発車したばかりで速度が出ていない。今しか間に合わない。

 すぐに町は出て、マリオンは雪で白くなり始めている野原に出た。全力で馬を走らせる。客室に入ってしまったのかジェームズの姿は見えない。


「ジェームズ・ベルティ!…………ジェームズ!」

 マリオンは怒鳴った。

 なにが言うべき言葉がわからないだ。自分の要求もわからない幼子でもあるまいし。

 マリオンは自分に怒りを覚える。

 ジェームズ、君が帰ったらとても寂しい。

 それぐらい言えただろうに。たとえ相手の気持ちがわからなくたって。

 ……それが己の恋だとわからなくても。

 わたしはジェームズが好きなのだ、マリオンは白い息を吐き出して呟いた。だから従兄弟とかとんまなことを言われて腹が立った。


「ジェームズ!」

 もう一度叫んだが、鋼鉄の列車の音にかき消されてしまう。それどころか列車は徐々に速度を上げていく。列車の最後尾にたどり着くことすら出来ない。マリオンはそれでも諦めまいと馬に手綱を与えたが、追いつけず距離は離れていくばかりだ。

 ゆっくりと雪の中に列車が消えていくかと思った。


 その時だった。

 突然列車の乗降口のあたりから、ぽーんと飛び出した何かが空を舞った。


「は?」

 思わず馬の勢いを緩めてしまったマリオンのしばらく前にそれは叩きつけられ、地面を滑って転がる。古いトランクが一つ。

 そしてもう一つ、見覚えのあるものが舞った。

 黒い外套姿、長身で体格のいい男が列車から飛び降りて、草原に雪まみれになって転がる。


「ジェームズ!」

 青ざめたマリオンだが、その目の前で、彼は何事も無かったかのようにすいと立ち上がった。落ち着いた動作で身についた雪や枯れ草を払う。

 列車は彼を見捨てたように、止まることも無く雪の中に消えていった。暗い風景と重い音、それを風景にジェームズは明るく、嬉しそうに笑って見せた。

 いつもの穏やかな微笑でもなく、シナバーをむき出しにしたような凶暴な笑顔でもなく。

 ただ嬉しそうに。

 馬で彼の元まで辿りついたマリオンはよろりと馬から下りた。

 動いている列車から飛び降りるという、シナバーということを加味しても衝撃的な光景に度肝を抜かれたままだ。


「お、おま、おまえは一体!」

 あわあわと震える言葉でこの無謀な行動を追求するがジェームズは飄々としたものだ。

「ああ、列車から降りたことですか?」

 それから一瞬考えていう。

「……いけない、帽子を車内に忘れました」


 とぼけた返事にマリオンは怒鳴る。

「あんな危ないことをして!」

「あなたが呼んだ」

 ジェームズはふいに身をかがめてマリオンの顔を覗き込んだ。

「まだ聞こえました。だから留まったんです」

 ジェームズはマリオンの声を待っていた。


「間に合ってよかった。マリオン様」

 彼が待っていたのはマリオンの恋の言葉だ。それだけが彼の欲しいものだったのだ。

 彼はマリオンへの好意を、まあ少々わかりづらい言葉と態度ではあったが隠すことはなかったのだ。ただ、マリオンが受け止められなかっただけ。

 マリオンはいつになっても鼓動が穏やかにならないことに気が付いた。先ほどの驚きも馬で駆けたための息切れもすでに落ち着いている。でも心臓はいつまでも激しく打っている。耳も頬も熱い。


 こんな、恋をした若い娘みたいな……。

 恥ずかしさにジェームズから目をそらそうとしてマリオンは今更気が付く。

 ……わたしは若い娘で、別に恋をしたって全然おかしくないんだ。

 誰かを好きになったって、仕方ない。

 今まで限りなく遠かった感情が、今は急に自分に寄り添っていることに戸惑う。


「マリオン様」

 ジェームズは問う。

「それでどうなさいました?」

 マリオンはジェームズの穏やかに光る黒い目を見つめた。

 しばらくためらってから思い切って口を開く。

 ユリゼラの雪の景色の中、初めて口にする恋の言葉を。




悩める女公爵の華々しき破談

終わり


こちらで完結となります。

お付き合い頂き皆様ありがとうございました。

ポイント、感想(ツイッターにましゅまろさんを設置してあります)など頂戴できれば嬉しいです。次作への励みとなります。


それでは、また別の話でお会い出来たら幸いです。


※あともう一つ、外伝がありますので近日UPします。

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