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小論は連想ゲームのように(後編)

 「ドラクエでチームワークの大切さを学びました……か」


 休み時間の間、トイレに入った勇斗は小便をしながら心の中で(つぶや)いていた。


 ドラクエとチームワーク。当たり前といえば当たり前なのかもしれない。言い方は悪いが、感想文の内容としては「平凡」だ。



 「でも、何で思い浮かばなかったんだろう……」


 言われてみれば簡単な内容で、一見すると誰でも思い浮かぶように思える。



 いや、それはあくまで大人の話。勇斗はもちろんのこと、同じ年代である中学生が思い浮かぶのかどうかは疑問だ。


 現に、その簡単な内容ですら思い浮かばなかった。そもそも今までの課題図書にしたって「平凡な内容文の感想文」とやらを書けたことが、果たして一度でもあっただろうか?



 「やっぱり、思い浮かばないんだろうな」


 少なくとも稔は思い浮かんでいない。そして彼の情報によれば、他の連中も感想文が書けてないという。したがって、思い浮かんではいないだろう。



 ▽


 10分間の休憩(きゅうけい)が終わり、再び杉田が教室に戻ってくる。


 「じゃあ、授業を始めようか」


 杉野は黒板消しを手に取り、ホワイトボードに書かれていたさっきの授業の板書を消し始めた。



 「質問があるのですか?」

 「何でしょう」

 「ドラクエとチームワークって、何か平凡ですよね」

 「確かに、平凡だ」


 いや、そこで認めたらダメだろ……またしても勇斗は心の中で杉田に対し、突っ込みを入れた。



 「でも、言われるまでは気付かなかっただろう?」

 「確かに、そうですね」

 「これって気付かないもんなんですか?」

 「いい質問ですね~」


 あっ、また()()()調子に乗り始めやがったな、と勇斗は思った。


 このまま調子に乗らせておくべきか。それとも何か一言、ガツンと言ってやるべきなのか。



 「それはね、ドラクエ「だけ」に意識が集中しているからだ」

 「ドラクエ()()、といいますと?」

 「もし自分が今、魔王を倒せと言われたら……」

 「そんなの考えるんですか?」

 「それを考えないと、感想文は書けないよ」



 魔王を倒す。即ち「本当に自分がゲームの世界に入り込んでしまったら?」ということだろうか。


 「でも、魔王なんて有り得ないですよね」

 「そうじゃなくて、有ると考えるんだよ」

 「考える……ですか?」

 「そう、実際に現実の出来事として考える」

 「現実の出来事……ですか?」


 いわゆる「異世界もの」という小説のジャンルがある。ごく普通の人間が、実際には有り得ないはずの世界。いわゆる異世界に転生(てんせい)とか、あるいはワープし、そこで現実世界では有り得ないような体験をする話だ。



 「まあ、実際にはないけど」

 「どっちなんですか!」

 「例えば魔王を「困難な出来事」に例えるとか」

 「困難な出来事……ですか?」


 確かに。現実の世界に魔王なんて存在しない。しかし、世の中には困難な事なんていくらでもある。



 「さっきの続きを始めようか」

 「さっきの続き、といいますと?」

 「連想ゲーム」

 「連想ゲーム……ですか」


 なるほど、さっきはとりあえずゲーム、といった感じだった。


 もし夏休みの課題が「自由作文」あるいは「ドラクエでも何でもいいから、とりあえずゲーム」というのであれば、あの内容でよかったのかもしれない。



 しかし、今回の課題はあくまでも「ドラクエのゲーム感想文」だ。


 さっきの連想ゲームは「ゲーム」からのスタートだったし、板書にもゲームが起点として書かれていた。


 「ドラクエから始めたいんですけど……」

 「もちろん。じゃあ、ドラクエといえば?」

 「チームワーク」

 「チームワークといえば?」

 「将棋」

 「将棋といえば?」

 「ハンデ戦」

 「ハンデ戦といえば?」

 「チームワーク」

 「つまり、将棋はチームワークってことか?」

 「そうです。これで文章を書きたいのですが」

 「じゃあ、書いてみようか」


 先程の授業と同様、杉田は今の会話の内容をホワイトボードに書き起こした。



 ドラクエ

  ↓

 チームワーク

  ↓

 将棋

  ↓

 ハンデ戦

  ↓

 チームワーク


 「で、接続語なんですけど」

 「書いてみな」


 杉田がホワイトボードのマジックを勇斗に手渡すと、勇斗は席を立ち、ホワイトボードへと向かう。



 ドラクエ

  ↓

 チームワーク

  ↓(例えば)

 将棋

  ↓(ちなみに)

 ハンデ戦

  ↓(つまり)

 チームワーク 


 

 「ドラクエはチームワークのゲームだ。魔王を倒すのは、一人では難しい。そのためには、仲間を集める必要があります。単に仲間を集めればいいかというと、そうではありません」


 ここから、最初の文章の説明となる。


 「仲間を集める際にポイントとなるのが「勇者の能力」です。勇者の能力よりも攻撃力、あるいは魔法の能力が優れている仲間を集めることで、ゲームは進めやすくなります」



 接続語を入れると、


 「ちなみに将棋の場合、勇者は王将(おうしょう)のようなものです。当然ですが、全ての駒が王将と同じ動きでは対局に有利どころか、逆に不利になってしまいます。この場合、王将より優れた動き。例えば角行(かくぎょう)飛車(ひしゃ)。あるいは香車(こうしゃ)桂馬(けいま)を使いこなすのが勝つ秘訣(ひけつ)です」



 そしてもう一つの接続語を入れる


 「ちなみに、将棋にはハンデ戦というものがある。飛車落ち、あるいは飛車角落ちといったものだ。この場合、これらがない分、他の手駒でカバーしなければならない。即ちチームワークだ」



 そしてまとめに入る。


 「ドラクエはどうだろうか?例えば、仲間の一人のHPが0になった場合は「戦闘不能(せんとうふのぅ)」だ。この場合、()()()()()()()()()呪文(じゅもん)が仕える仲間にその呪文を(とな)えさせる。あるいはその仲間抜きで戦わなければならない」



 最後の接続語である「つまり」を入れる。


 「つまりドラクエは、常にベストメンバーで戦う事が出来るとは限らない。むしろそうでない場合にどう戦うかが重要となるゲームである。将棋も同じだ。あるいはチームワークが求められるもの、例えばスポーツだったり仕事だったり、そういったもの全ての基本なのかもしれない。ドラクエのパーティー編成(へんせい)、あるいはパーティーのチームワークが問われる「ボス戦」は、そのチームワークの大切さについて考えさせてくれる」



 ――上手くできた、と勇斗は思った。


 「どうですか?」

 「う~ん。50点」

 「えっ、何でですか?」


 単にドラクエの話だけをしているのではない。ドラクエ以外の「何か」と結び付け、そこから自分の意見を述べている。



 「これ以上、書けないですよ」

 「まずね、「()()」「()()()」は統一しような」

 「です、である、ですか?」

 「小論文は「~である」で締め、感想文は「~です」が基本だよ」

 「そんなの聞いてないですよ」

 「ゴメン、言ってなかった」

 「言ってないんですか!」


 最初に言えよ、と勇斗はまたしても心の中で突っ込んだ。しかしその一方で「何だ、そういうことか」とも思った。



 ということは、


 「じゃあ、それを直したら何点ですか?」

 「5()5()点」

 「全然変わらないじゃないですか!」

 「まあ、でも点数が()()()()じゃないか」

 「いや、そういう問題じゃなくて」


 確かに。全く書けない状態から書けている。そして点数ももらえているのだから、それはそれでかなりの進歩なのかもしれない。



 「あのさ、結局このドラクエ、面白かったの?」

 「面白かったです」

 「じゃあ、それを書こうよ」

 「あっ……」


 確かに、これは小論文ではなく感想文だ。単にドラクエについて評論しているだけで、面白いか面白くないかを書かないようでは感想文の(てい)をなしていない。



 「面白かったです」

 「なぜ?」

 「ゲームを通じてチームワークが学べたし」

 「それがドラクエの面白さってこと?」

 「そうです」

 「じゃあ、ちゃんとそれを入れないと」


 つまり、ドラクエの面白さはチームワークにあるわけだ。少なくとも勇斗が考えた感想は、それだった。



 魔王を倒す、という仲間との共同作業を通じ、現在そこにいる仲間の能力をどうやって引き出すか……将棋でいえば手駒をどう活用するかという話につながる。


 そして何より、チームで何かをやるという作業。例えば自分達の学校行事(ぎょうじ)や放課後の掃除(そうじ)まで、ありとあらゆる部分に「ドラクエから学ぶ話」は存在するのではないか?



 「常にベストメンバーとは限らない」

 「むしろ、如何(いか)に不利なメンバーで冒険するか?」


 そう、ゲームの中はもちろん、現実の生活でもこういったことを考えさせてくれるドラクエ。だからこそ面白いのだ。



 勇斗は「何故面白かったのか?」についてまとめてみた。


 「チームワークの大切さ。それをドラクエは一番楽しめる部分にしている。いいメンバーはもちろん、悪いメンバーでもクリアできる。そして、それを考えてパーティー編成を考えていた時がゲームを最も楽しめた時でした。この経験は()の分野でも()かされる思います」



 どうだろうか?ここまで書けば「合格」なのではないか?


 「70点。一応、合格」

 「よっしゃ!」


 ここまで書いたのだ、もっと点数をもらえてもよかったじゃないか……しかし、そもそも採点不可能な状態から70点にまで来たのは勇斗にとって満足のいくものだった。


 

 「だんだん文章が書けるようになって来たじゃないか」

 「確かに、書けてますね」

 

 そう、今の勇斗は間違いなく文章を書けている……



 「おっと、もうこんな時間だ」


 杉田が壁に()けてある時計に目をやる。時計の針は午前11時50分を回っていた。しかし、予定では授業の時間が終了するのは午後12時だったはず。



 「もう、終わりですか?」

 「今日は何の日だったっけ?」

 「何の日、といいますと?」

 「終戦記念日だよ」


 8月15日は終戦記念日だ。毎年夏休みに入ると、TVも新聞も戦争特集が多く組まれる。


 ついこの前の6日は広島。9日は長崎に投下された日で、その日の朝のニュースは必ず、それぞれの市長が黙祷(もくとう)(ささ)げるシーンが現地から生放映される。


 杉田は自分のスマホを操作する。その画面には戦没者(せんぼつしゃ)の前で慰霊(いれい)行為を行う天皇(てんのう)皇后両陛下(こうごうりょうへいか)の姿が(うつ)し出されていた。



 「この(あと)正午(しょうご)時報(じほう)を合図に、戦没者に黙祷を捧げます」


 スマホの画面から慰霊会場のアナウンス音が聞こえる。するとそれまで騒がしかった隣の教室も少しずつ話し声が止み始めた。


 そして誰も何も、一言も発しなくなった。



 ――10秒か、20秒か。あるいはそれ以上経っただろうか。


 「ピ、ピ、ピ、ポーン」


 どうやら時報は午後12時を告げたらしい。


 まるでその場に存在する音が何者かに(うば)われたかのように、一斉(いっせい)に辺りが静まり返る。


 窓の外から聞こえる蝉の声が、いつもよりも大きく聞こえる。まるで人の声を吸い上げ、その力を(かて)に鳴いているようだ。



 まるで異空間にでも飛ばされてしまったのような、そんな不思議な時間が流れる。


 どのくらいの時間が経過しただろうか……


 「黙祷を終わります」


 杉田のスマホから、黙祷の終了を告げるアナウンスが聞こえる。再び隣の教室から騒がしい声が聞こえる。まるで魔法が解けたかのように。



 ――どうやら1分が経過(けいか)したらしい。


 「なんか、不思議な感覚ですね」

 「そうか、初めてなのか」

 「いつもやってるんですか?」

 「まあ、恒例(こうれい)の行事だよ」


 勇斗は黙祷というものを、TVでは見たことがあった。しかし実際に、自分が参加するとは全く考えていなかった。



 「誰もしゃべらないんですよね」

 「まあ、そういうものだから」

 「時間が止まったみたいでした」

 「R()P()G()()に言うと魔法ってやつか」

 「確かに、言われてみれば」


 むろん、これは魔法でも何でもない。戦没者に対する黙祷は毎年目にするものの、事故や災害(さいがい)犠牲者(ぎせいしゃ)に黙祷を捧げるシーンも何度かTVで見たことがある。



 「そういえば」


 確か小学校の時も朝礼の際、校長の合図で黙祷を捧げた時があった。確か震災(しんさい)の犠牲者に対するものだっただろうか。


 「何故、みんな黙ってられるんですかね?」

 「確かに、教わった事なんてなかったな」

 「じゃあ、何で」

 「何かな、いわゆる「共通認識(きょうつうにんしき)」ってやつか」


 

 共通認識。確かに言われてみればそうなのかもしれない。その場にいる人達の目的は慰霊行為で、そこに立場の違いはあれ、目的は「全て一緒」だ。


 「つまりチームワークですよね」

 「ああ、確かにそうかもな」

 「もしかして、これ狙ってたんですか?」

 「狙ってないよ。不謹慎(ふきんしん)な!」



 確かに、これはさすがに言い過ぎだったのかもしれない。


 「じゃあ、宿題を出すけど」

 「えっ、宿題ですか……」

 「何、簡単なことだよ」

 「簡単、といいますと」


 勇斗は今日、何とか文章が書けた。そしてそんな勇斗に対し、杉田は今日学んだ「連想ゲームを書いてこい」という。



 「まあ、自由作文ってとこだな」

 「自由作文、ですか?」

 「別に、ドラクエネタでもいいけど」

 「何字くらいですか?」

 「何字でも。下書きだけでもOK」

 「分かりました」


 昨日までの勇斗であれば、おそらく露骨(ろこつ)に嫌な顔をしたのかもしれない。しかし、不思議と今日出された宿題に嫌な感じはしなかった。


 それは、下書き「だけ」ならば数分で終わるかもしれない、という安心感もあった。そして何より、



 「もっと文章が書けるようになりたい」


 自分自身、思いもよらない「学習意欲」が出てきていることを勇斗は感じ取っていた。

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