第二十六話 ユリアの現状
「それで、シラノは今回の事には関わっておらず、全てエルフが行った事だということか?」
ルドルフが怪訝そうな目でシラノを見る。
王女が化け物になり村を虐殺した事実を交渉のカードとして切ったシラノは、早速本題を切り出した。シラノはルドルフの反応から、彼は王女が現在どのような状況か知っていると確信していた。
「然り。それに私はエルフの森には手を出さぬよう進言したはずなのだが……」
シラノは偉大なるイスの種族が森にいることが分かっていたため、単なる気まぐれで王に忠告をしていた。元々彼にとって親交があるイスに手を出さぬように出した手紙だが、この場においては交渉のカードとして切っていた。
「ああ、それなら届いているが……宮廷貴族がどうにもな……」
ルドルフもシラノ権力が拡大しないように宮廷貴族の行動を黙認していたが、まさか一領地が滅びるほどの大事になるなど想定もしていなかった。そしてシラノはユリアが今どのような状態になっているかを知っているようなことをほのめかした。それ故に、これ以上不毛な取引をしないため、無理な交渉をやめざるを得なかった。
王家の第三王女が化け物になり守るべき国民を虐殺したなど、暴動が起こっても可笑しくはない大問題だ。そんなカードを切られてしまえば、国王である彼にはどうすることも出来ない。
(どうしてシラノはいつもそんな強力な交渉のカードを持っている? いくらなんでもやつに都合が良く運びすぎではないか……まるで国内中に監視の目があるようだ)
そう考えて、ルドルフは背筋が凍り付いた。それは、シラノという強大な魔術を扱うものならば、国内中に監視網を張り巡らせることも可能なのではないかという疑問を思いついてしまったからである。事実、シラノは国中に動物型の使い魔を召還して放っている。非常に高度な魔術で隠蔽されているため、一般人にはただの動物にしか見えず、技術力の劣っているこの世界の魔術師では到底見破れるはずもなかった。
「手紙にあった人の身には余るとは……一体どういうことだ?」
「言葉通りの意味ですよ。エルフだけなら問題なかったが、あの地には人の身には余る偉大な意志が働いている」
イスの偉大なる種族は平穏を好む。自衛程度はするだろうが、もし自身の生活出来る環境がなくなれば、時間を跳躍し精神体のみを別の個体に送り込み、またその生物として生活するため、シラノも彼等が亡びる心配は全くしていない。しかし、この退屈しない世界をシラノは気に入っていた。それ故に彼は森を守りるよう行動していた。
「ふむ。ひとまずその言葉を信じよう」
ルドルフはそういう割には顔をしかめ難しい顔をしている。
「しかし、それでは宮廷貴族達が納得しないのだ……」
「なるほど。それで私を呼びどうにか説得しろとおっしゃるのか」
「ああ……」
シラノの言い分をルドルフが認めたとしても、宮廷貴族の面々は納得しないだろう。彼等にとって領地の壊滅などどうでもよく、ただシラノの権力を削ぎたいだけなのだから。かといって単純に軍縮を王から命じてしまうと、シラノの反感を買うと同時に、帝国に隙を与えてしまうことになりかねない。
それゆえに彼等は異種族との不仲という点から権力削ごうとしていたのだが、それも失敗に終わり王国そのものにダメージを与えてしまっている。
宮廷貴族達も自国にダメージを与えたいわけではない。彼等がより手段を選ばずにシラノの権力を削ぎに来る可能性は濃厚だった。
「ならば是否もない。それで、今日呼び出された理由はそれだけですかな?」
「……いや、これは個人的な頼みになるのだが、さっきの口振りからユリアが現在どういう状態か知っているのか?」
ルドルフはすでにシラノを探る様なまねはしておらず、国王としては不釣り合いな不安げな顔でシラノに問うた。
(ふむ、まあここで偽っても仕方がないか)
「勿論知っているとも」
シラノは偽ることに特に意味はないと考え、正直に答えた。
「ならば頼む。娘をどうにかして欲しい」
ルドルフは思い切り頭を下げる。その国王たる者として不釣り合いな所作に対して、一連の流れを横で見守っていたエヴィンは何も口を出さない。シラノは頭の隅で疑問に思いながら、シラノはもう一つの疑問を口にする。
「どうにか……とは、具体的にどうすれば良いのですかな?」
「出来れば救って欲しいが、そうでなければせめて楽にしてやってくれ」
その言葉にユリアを殺してくれという意味が含まれていることは、この場にいる全ての人物が理解していた。
「別に私はかまわないが……貴方はそれでかまわないのですかな?」
「ああ、ユリアは夜になると意識が怪物に支配されているようだが、朝になると正気を取り戻すようでな。自分の行った行動に対しての自責の念に駆られて悲痛な叫び声を上げるのだ。王として虐殺を許す訳にはいかないのは勿論だが、親としてもあんな様子の娘は見るのは忍びない」
シラノは使い魔を通してユリアを陥れた神父の姿を目撃しており、その人物の事も知っていた。故に、彼はますます疑問に思った。
(あれが契約させ損なったとは考えられない……ということはわざと不完全な形の契約を結ばせたか。用いたのは十中八九黄衣の王の写本。それも意図的に写し間違えた箇所のあるもの。全く、あれのやることは相変わらずだな)
「ふむ、件の彼女は今どこにおられるのか?」
「地下の牢獄だ。さすがにこれ以上虐殺を繰り返させるわけにはいかんからな」
ルドルフは唇を噛み締めながら悔しそうに答えた。彼は王としては未熟かも知れないが、親としては良識のある人物だった。それ故に、ユリアをそんな場所に閉じこめなければならないことに苦悩している。
(そういえば城の構造的に牢獄は闘技場の下に位置していたはず……ならば、これは一種の余興になるか。出来レースな感は否めないが、万が一にもユリアが覚醒したら、地上に神話が再現されるからな。それを期待してみても面白そうだ)
「カノン、君が行きたまえ」
ルドルフの苦悩など全く気にせずに、シラノは次の遊戯を考えていた。
「了解しました」
シラノの命令に、カノンは一言返事で了承し部屋を後にした。
「では我が王よ。向かうとしましょう」
カノンが部屋に出ると、シラノはルドルフに向き直りいつもの笑みをより深めて言い放った。その笑みにルドルフは背筋を凍らせ、震える声でシラノに尋ねた。
「どこにだ……?」
「訓練場へ」




