第二十五話 王都への召喚
「ふむ、あまり年月は経っていないとはいえ、なかなかに感慨深いものだ」
その日、シラノとカノンは数ヶ月ぶりに王都へ呼ばれていた。正確には数日前に勅使がアードラース城に直接訪れて、召還令状を彼に対して渡していた。
要件は言わずもがな、ヘンネフェルト領の壊滅についてだった。エルフの森がヘンネフェルトの半分を浸食し、その上あまり時を置かずして今度は津波がもう半分を綺麗に浸食。どう考えて自然災害とは思えないこの事態に、各貴族からの声もあり王は勅命にてシラノを召還したのだった。
「それにしても、証拠もなしにシラノ様を疑うとは……万死に値しますね」
馬車の中で二人ということもあってか、カノンは自身の気持ちを正直に述べていた。彼女はシラノから魂を取り込む術式賜って以来、畏怖や憧れといったものが信仰といっていいほどのものになっていた。これまでの様なぬるい人間基準のものではなく、人から見れば狂っていると思っても不思議じゃない言動を彼女はするようになっていた。
常に行動をともにすることは勿論、シラノの邪魔をするものは全て排除するといった過激な発言を彼女は常日頃から繰り返していた。そして彼女自身シラノに必要だと言われれば、自身の腕を切り落として調理し、彼の前に捧げるといったような、悪鬼羅刹な所業も嬉嬉として実行するだろう。それほどまでに、彼女はシラノを信仰していた。
「そこまで躍起になるほどのものでもない。所詮は有象無象が私を陥れようと躍起になっているだけだ。それに人間と同じ土俵に立っても、私はそうそう遅れをとらんよ」
「さすがはシラノ様です」
以前よりも気軽さが増したシラノの話し方に、カノンは以前よりかしこまった話し方をするという奇妙な会話は、馬車が城に到着するまで続いた。
城に到着すると近衛兵が出てきて、シラノ達を囲む様にして案内した。カノンは常時冷たい眼差しで睨みつけており、それに恐怖しているようでカノン側にいる近衛兵達はシラノ側よりも距離をあけて囲んでいた。
部屋に付いてみると、シラノは少し驚いていた。他国の国賓を迎えるような部屋に、彼は案内されていたのだ。
(これは……近衛が案内してこの部屋に案内したということは、少なくとも国王自身は私を優遇しようとしているのか。私の権力拡大を恐れていたようなのだが……一体どういう心境の変化があったのか)
この部屋に通されて当然と言わんばかりのカノンの態度を横目に、シラノはこの状況を楽しんでいた。
(黒い神父が妙な事をしてくれたようではあるが、あの程度ならカノン一人でも問題はないだろう。所詮はただの契約者、旧支配者そのものを取り込んだカノンとは格が違う)
「さて、今度はどんな狸が出てくるのか。楽しみで仕方ないな」
「そうですか。シラノ様が楽しそうでなによりです」
シラノが楽しそうに軽薄な笑みを浮かべているのに対し、カノンもまたその表情を見ながら微笑んでいた。
しばらくすると、近衛兵がシラノ達を呼びに来る。
「……我が王がお呼びだ。付いてこい」
入室した際にもの凄い形相で睨みつけるカノンに若干怯む近衛兵だが、それでも自らの責務を全うするためシラノ達を部屋から連れ出し先導した。
「ここだ」
近衛兵がそう指し示した扉にシラノが入室すると、室内にはルドルフ一世とエヴィンがいた。
「シラノよ、まずはおまえ達には聞いておかねばならぬことがあるためここへと呼んだ」
ルドルフ一世は近衛兵が退室するなりさっそく話を切り出した。
「おまえ達に関して一つの疑いがかかっているのだ。エルフの住む森がヘンネフェルトに侵犯し、残る半分も未曾有の大津波に見舞われた。これらは全ておまえ達の仕業なのではないかと」
「おや、それは嘆かわしい。私はこんなにも領地の未来を憂い、日々邁進している
というのに、そんな事を言われるとは」
シラノはその疑いに対し大げさにさめざめと泣くような身振りをし、いつもの芝居がかった口調で答えた。
しかし隣で控えていたカノンはその限りではなく、憤怒を隠さず国王であるルドルフ一世と宰相のエヴィンを睨めつけていた。その迫力はすさまじく、ルドルフの側に立っていたエヴィンは腰を抜かし、ルドルフも体の全身が震え、座っている椅子がカタカタと音を立てていた。
今回の事件をシラノ達が起こしたというのは事実そのものであるが、カノンに取ってはそんな事は関係なく、理由もなくシラノを疑って貶めようとしていることが腹立たしくて仕方がなかった。
「やめたまえカノン。普通の人間の前でその威圧はするべきではない。まともに話し合いも出来なくなってしまうだろう」
「これでも随分と抑えています」
「分かっているとも。だがそもそも今の君が本気で威圧したら、常人なら発狂は必至。ならば話し合いに来ているこの場においてそれは不適切なものだ」
「……申し訳ありませんでした」
シラノになだめられたカノンは渋々と言った様子で後ろに下がった。
しばらくルドルフとエヴィンが落ち着くのを間ってから、まるで世間話でも語るかのような気軽さで話始めた。
「ああ、そういえば話をする前に、一つだけ王に伝えておかねばならない事がありましたな」
「……なんだ?」
いきなりの突拍子もない申し出に、ルドルフは眉間に皺を寄せて怪訝そうな表情を作る。その内心ではシラノの自由にはさせまいと、細心の注意を払って彼の話に傾聴しようとしていた。この話が出た時点で、すでにルドルフ達の優位はなくなっているとも知らずに。
「なに、大した事ではないのだが、私の懇意にさせて頂いているアーベライン領のとある村で虐殺が行われたようでしてね」
シラノはアーベライン領で起こった虐殺の様子を全て、動物型の使い間を通して見ていた。当然、その犯人の姿も目撃している。
「全くひどいものです。そして風の噂で偶然その犯人とおぼしき人物像を耳にしたのです」
身振り手振りをつけながら演劇の様に大げさに話すシラノの様子は、どこか嫌みが感じられるほど白々しいものだった。
「なんでも全身黄衣を纏い左腕から触腕を生やした化け物なのだとか」
そこまで聞いて、ルドルフは一体彼が何を言っているのかを悟ったが、そのときにはすでに手遅れだった。これ以上話をさせてはまずいと彼は思ったが、王の強権を発動しないかぎり止める手立てを持たなかった。そしてそれをしてしまえば、シラノを権力で無理矢理押さえ込む形になってしまう。
「こんな話を聞いたら心優しい第三王女はさぞお嘆きのことでしょう」
それでも、彼の独白は続く。
「あの方は元気にしておられますか?」
そこでシラノは趣向をかえ、突然ユリアの容態について訪ね始めた。今度は何をしてくるかとルドルフは考えを巡らせるが、すでに場はシラノが発する独特の雰囲気飲まれ、彼はシラノの問いに対して嘘は付かないように答えるしかなかった。
「そ、それはもう元気過ぎなくらいでな。世話を焼かされて困っている」
「そうですか。それならば安心しました」
シラノはそこで一拍置いてから、堂々と、そして愉悦に笑みを歪めながら言い放った。
「さて、では楽しい話し合いを始めるとしよう」




