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第二十二話 森の再生

「ああ、久しいな。以前有ったときは人の形をしていたが、今回は樹木か。君達の適応能力には心底驚かされる」


 シラノは過去の邂逅を懐かしみながらそう言った。エルフの森の中でも彼が今いる場所は特別に開けており、その中央には見上げるほど巨大な樹木がそびえ立っていた。彼の周囲には誰もおらず、どうやらその樹木に話しかけていた様ではあるが、しかし当然のごとく返事はない。


「そうか、さすがの君達も樹木に乗り移れば話すことは出来ないか」


 シラノがそう言うと、彼の足下の地面が蠢きだし、文字を形作るように地面の一部が削れていく。


『まずは感謝いたします。精神体の転移をするのはいささか面倒なのですよ』


 削れた地面にはそのように書かれており、それを見たシラノは納得したのか大きく頷いた。イスの偉大なる種族は膨大な魔力があるわけではないが、時間を超越して知識を集めることに執着する種族であるが故に、様々な魔術を取得していた。そのため、彼らは如何なる場面においても大抵の事態には対処することが出来る。


「なるほど、確かにこれならばエルフとのやり取りに困ることはない。しかし君達も人が悪いというか何というか。エルフを騙して手足のように使っているとは……私も見習うべきかもしれないな」

『騙すとは人聞きの悪いことを言わないで頂きたいな。貴方がこの森の盗賊退治に派遣してくださった人達は、貴方の駒なのだろう?』

「そう言われてしまうと言葉もない」


 シラノはカノン達の事を指摘されて肩を竦めた。

 彼はこの森のどこかにいるであろうカノン達にこれから魔術を発動する旨を伝えた方が良いかと考えた。しかし、多少驚くかもしれないが、人体に直接影響のある魔術でもないため別に良いかとすぐに思い直した。


「さて、では早速依頼を完了するとしよう。私も最近書類仕事ばかりで少し退屈しているのでな。鬱憤を晴らすという意味でも、少し派手にやらせてもらうとしよう」


 そう言うとシラノは右手を天に翳すようにして伸ばし、魔力を込めて小さく呟き始める。それはこの世界で使われるどの言語にも当てはまらず、不気味な響きを持っており、不自然なほど辺りに響きわたるものだった。

 しばらくは何も起こらず、奇行にしか見えない彼の行動だが、徐々にその意味が明らかになっていく。

 最初は誰からも見えないほど小さな幾何学模様の光の集合体が天高くに表れ、徐々にその数を増やしながら大きさを拡大していく。しばらくするうちにそれはシラノの立っているこの森の開けた場所ほどの大きさになり、それでも止まらずに巨大化していく。

 この森すべてを飲み込むほどの大きさになってもそれは止まらず、今度は伐採が進んでいる方向へとその大きさを拡大していき、他領土へと侵食していく。

 他領土の半分ほどを魔法陣が飲み込むと、その拡大はようやく収まった。それでも、天高くにあるその幾何学模様の光の集合は未だに蠢いており、その動きは止まっていない。


「さて、これくらいでいいだろう」

『何をするつもりだ?』

「まあ見ていたまえ。少々の意趣返しも兼ねて、切り倒された森の再生をしようとしているだけだ」


 シラノは久々の魔術の行使に少し楽しげな表情をしながら、掲げていた右手をゆっくりと降ろしていき、胸元で指を鳴らす。すると、地鳴りが辺りに響きわたり始めた。




 未だに例のピクニックを続けていたカノン達は、頭上の魔法陣を見上げながら呆然としていた。魔法陣の大きさは魔術の強弱には関係ないが、一般的に魔術の規模に比例すると言われている。それは元々奴隷であったカノンですら知っている常識であり、森一つを飲み込む規模の魔術などこの世界に存在しないことは、その道に精通しないエレナとカインですら知っている事実だった。だが現実として彼女達の頭上には巨大な魔法陣が展開されており、森のすべてを飲み込もうと広がり続けている。


「ははは……何なんですかこれは……」


 エレナは呆然とした様子で呟いており、それが現実に起きていることだと認識すら出来ていない様子であった。カインも呆然としているが、その表情にはすでに諦観の念が表れていた。

 カノンはそんな彼女たちの様子など目に入らない様子で、その魔法陣を呆然と見つめながら呟いた。


「ああ……これがシラノ様の力の一端……」


 彼女はこの魔法陣がシラノによるものだと感じていた。クトゥルフと契約した事により様々な力を感じ取れる様になった彼女は、その魔術は誰が発しているものかも感じ取れるようになったと同時に、そこに込められた膨大な魔力も直接目で見ることが出来ていた。頭上の魔法陣の中に渦巻く強大な力の奔流を感じながら、彼女は分不相応にも憧憬の念の抱いた。


――あそこまで届かなくとも、私もあの方と同じ世界を見てみたい。


 それは彼女が生まれて初めて本気で抱いた感情だった。


「カノンッ! しっかりして!」


 その声にカノンは我に返ると、エレナが彼女に対して肩を叩き呼びかけていた。


「良かった……」


 正気に戻ったカノンの様子に、エレナは本気で安堵していた。カノンは頭上の広がり続ける魔法陣を目撃した時から、しばらくの間呼びかけても反応しないほどに呆然とした様子だったからだ。


「カノン、早くここから逃げましょう!」


 この場から逃亡しようと言う彼女に、カノンは首を横に振った。


「どうしてッ!?」

「この魔法陣は私達には害がないと思います……根拠は有りませんが」


 すっかりいつも通りのカノンの様子に、エレナは若干拍子抜けしてしまった。


「そもそも、森全域を囲むような魔法陣から一体どうやって逃げ切るのですか?」


 彼女が正気に戻れば何か逃げる手だてが有るのではないかと考えていたエレナは、手段がないことを悟りがっくりとうなだれた。

 カノンは森の外まで瞬時に脱出出来る魔術にいくつか心当たりがあったが、頭上の魔術が害をなすものではないことに加え、エレナとカインがその魔術に耐えられないだろうことから黙っていた。

 カノンとカインは冷静に自体が収束するのを待ち、エレナは祈りを捧げるように手を組み合わせ、膝をつき何かを呟いている。そしてしばらくすると、今度は地鳴りが起こりだした。


「帰ったら危険手当要求してやるーッ!」


 泣きべそをかきながら叫ぶエレナの声が、地鳴りとともに森へ響きわたった。




――その日、森を挟んでアードラースの南部にあるヘンネフェルト領土の半分がエルフの森に浸食された。

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