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第7話 命価 

「1分前」

 ヴォットは、壁時計と自分の左腕につけた腕時計を見比べる。

「よし、魔法を発動する」

 先にヴォットの周りに集まるよう言われていたので、集まる。

 ヴォットを真ん中。その周りを囲むように俺、リヒト、シュティレ、他の挑戦者4人。

「《嫉妬(ジェラシー)》《親切(カインド)》《寛大(ジェネラス)》」

「《小規模瞬間転送魔法》発動」


    §  §  §


 彼は苛立っていた。

 まさか、宮殿に攻撃を加えてくる輩がおろうとは思わず。

「はー。減点になるじゃないか、これのせいで組織内での出世に響いたらどうしてくれるんだよ」

 舌打ち。

 洒落た小さな机においてある瓶を掴んで、ガラス製のコップへ注ぐ。

 彼が水を飲む。

「ふー……。うわっ!」

 宮殿内に8人が出現した。

「仕事が速い連中だな。まったく……」

 寝間着姿の国王が、溜め息をついた。

「ヤスレク国王。6190年度発効エンセクター憲法、第16条218項王位継承法違反。

 民法第101条5項魔法対人使用法違反。

 民法第45条個人逮捕権を持って、前国王魔法暗殺容疑で逮捕する。

 抵抗があった場合、命の保障は無い」

 ヤスレクは2度目の溜め息。

「《闇光(ダークネスライト)》」

 部屋が暗闇に包まれた。

 誰も、動揺しない。

「明かりよ、灯れ《広域光球(こういきひかりだま)》」

 先ほどまで、寝間着姿だったヤスレクは戦闘に適した服へと着替えていた。

「バスタードソードを持っているぞ!」

 明かりが行き渡った室内で、ヤスレクはあと少しで可視化するほどに魔力を高め続ける。

 2人の例外を除いて、それを知る術は持っていなかった。

「リヒト、気づいたか?」

「あぁ、フェトル師匠。それなら」

 リヒトは、今まで溜めていた物を放出するかのように地面を蹴りつける。

 28ロスの距離を5歩で詰めた。

 ヤスレクの間合いにリヒトが入ったとき、全員リヒトの行いに気づく。

 抜剣。

 ヤスレクの間合いに入ったリヒトは剣を地面につけ、力任せに薙ぎ払った。

 後ろに跳んで、躱したヤスレクはそこから剣を振り下ろす。

 固い床に亀裂が入る。

「魔力浸透剣術、飛ばし!」

 フェトルの答えに皆、同意した。


「少し、時間をくれ」

 剣を打ち付け合いながら、ヤスレクは話をしたそうに声を発した。

 剣が触れ合うたびに、金属音。

「近寄れないな……」

 国王を捕まえにきた挑戦者の1人が、諦めまじりで言った。

「《明察眼(めいさつがん)》!」

 8人全員、頭の中に何かが突き抜けるような感覚を覚える。

 リヒトはヤスレクに蹴り飛ばされ、ヴォットにぶつかって止まった。

「大丈夫か!」

 フェトルの問いに2人が頷く。

 起き上がり、走り出そうとしたリヒトにヤスレクが視線を合わせる。

「リヒト・ガリグラトム=ウォーム。元王子」

 全員の動きが止まった。

「元王子……」

 フェトルだけ、知らなかったようだ。

「明察眼を使えたか、これは精神作用系魔法だ」

 ヴォットの呟きに誰も答えない。

「名前の由来は、ガリグラトム語で『光』。王妃が名付けたな」

 誰も声を発しない。

「あのとき魔人が、邪魔しなければ両親と一緒に送ってやったのにな」

 以外にもリヒトの表情は無だった。

 ヤスレクは、リヒトに言葉の暴力を叩きつける。

「不憫だな。復讐の為だけに、体を酷使してきた人生ってのはどうなんだ。リヒト元王子」


 リヒトは剣を観る。

「……そのおかげで、ラトスさんに救われた後。色んなことを知ることができ、命の重さを知れ。人を思いやる必要性を感じ、解かった」

 フェトルは何かを言いかけて止めた。

「人の命を何とも思わないやつが許せなくなり。そいつ等の命を奪ってきた、俺は復讐する資格さえ無くしたのではと、思い悩んだ」

「胸に秘めた想いってやつか」

「俺はただの人間だ。人を好きになるし、嫌いになったり、恨んだりする。普通の人間、その通りだ。

 だがな、お前だけには王国を任せられない気持ちしか浮かばない!」

 剣を保持したまま、走り出す。

「魔力供給《甲羅(シェル)》」

 21ロスの距離を走って、ヤスレクに迫りながら魔法式記述を展開。

「自己強化魔法《直感(インチュイシェン)》」

 間合いに入った瞬間。剣を振り下ろす、2人の剣が交差。

 魔力が茜色に可視化され、辺りに飛び散る。

 2人同時に離れ、体勢を安定させた。

 壁の向こう側から、ガチャガチャと音がやってくる。

近衛(このえ)がくるぞ!」

「話を聞く資格があるか、試してみるか」

 剣を収めたヤスレクは、魔力でリヒトを吹き飛ばした。

 リヒトが起き上がる前に、魔力を広範囲へ飛ばす。

 空気が振動し、挑戦者たちが倒れる。

 リヒト、フェトル、ヴォット。

 倒れはしなかった3人も、魔力に押さえつけられ膝を地面についていた。

「3人だけか……」

「体が重い」

「リヒト元王子、静かにしてくれ。話を始める」

「この王国で人の思想を、操る実験を行った訳だが。予想以上の成果を得ることができた」

「な……」

 リヒトの言葉が途中で途切れる。

「戦争はその延長線上、全て実験なんだよ」

 リヒトとフェトルは魔力を立ち昇らせていた。

「人とは、自分に都合がいい話を受け入れたがる。敵を作れば国がまとまると、昔から言うだろ?」

「ふざけるな、そんなことが許されるか!」

「落ち着けよ、リヒト。初等学校からの教育に軍事学と殺人法を入れてみたら、生徒によって捉え方が違った。軍事力が全てだと思った生徒も居れば、命の重みを知って均一な軍事力で世界を平和にしないといけない。他に戦場で人を殺すことは正義、そう個人の価値観だ。だから1択にはならなかった」

「何を行いたいんだよ、お前は!」

「リヒト、この程度の話に腹を立てるのか……。お前は百年先、千年先、1万年先のことを考えたことはあるか?」

「……何だよ」

 油絵の入った額縁(がくぶち)が落下し、音を立てた。

「時が経てば経つほど、人の命価(めいか)は薄れて行き。人としての貞操観念は欠落し、今までとは比較にならない争いが起きる。人間であると言うことが、本当の意味で他人に対して思いやりを持て無い。これの意味を答えられるか?」

 フェトルは静かに立ち上がる。

「人の未熟さ、人を知ろうとも学ぼうともしないこと。人間の生物学的構造上の問題、感情」

 ヤスレクは頷く。

(最後は……)

 ヤスレクへ歩いて向かう。

 ヤスレクから、12ロスの辺りで立ち止まる。

「人間てのは何かを考えるとき、脳の中で信号を出したり接続したりしている」

「頭のいいやつは、嫌いじゃないぜ」

 ヤスレクは指を弾き、音を鳴らした。

「魔法と一緒で、まだ脳の中で何が行われているのか全ては解明されていない。人間てのはな、感情論や心理学で語れるほど浅くは無い」

「解かっているじゃないか、素晴らしい」

(復讐の代行みたいに、なってしまったが)

「自分で解かっているからこそ、言わせて貰う」

 フェトルはガラスの破片を踏みつけ、更に細かく砕いてしまう。

 音にヤスレクが気を取られた。

「知らないことがあるなら」

 地面を蹴ったフェトルは、常人を超えた瞬発力でヤスレクに迫る。

 抜剣。

 鮮血の舞い。剣の軌道に沿って噴出。

 ヤスレクは地面に倒れた。

「学べばいいし、教えてあげればいいだけだ」

 フェトルは左手をポケットに突っ込み布を取り出す。

 剣に付着した、滴る血液を拭った。

 剣を収める時、鞘と(つば)が当たり爽快な音を立てる。


    §  §  §


 体の感覚が可笑しい。たったの1蹴りで10ロス以上の距離を移動できた。

 幻みたいだ。

 リヒトたちの近くによって、シュティレを見るとやはり気絶していた。

 

 ヤスレクの体が突如、発光した。

 床に亀裂が走る。

「来るぞ!」

 ヴォットの叫びが耳に届く。

 今までに感じたことの無い魔力質量と色が、ヤスレクの周りに集まる。

 衝撃波。

 背中に衝撃、体を何かに引っ張られたのではと間違った認識をしそうなほどに異常な力場。

 前方の視界に砕けた壁石が、浮いていた。

 更に衝撃。体を前と後ろから押し潰されたのでは無いかと、言うような痛みを感じた。

 落下する。

 痛みが早く引いたので体を回し、受け身を取った。 

「それでもアリステラド人ですか、タイオン」

 タイオン?

 女性?

 目の前に砕け散った壁。その先に女性とヤスレクは元気に話していた。

「すいません。テノルさん、一瞬の隙を突かれました」

「タイオン。修行が足りてないの、解かってる?」

 ヤスレク改め、タイオンはテノルに謝る。

「私の彼氏なんだから、もっとバシッとシャキッとしてよね」

 その女性に肩を叩かれたタイオンは、床に膝をつく。

 床が振動した。

「作戦変更だ。人体形成変換魔法《変態解除》」

 ヴォットに魔力が集まり膜のように覆う。

「作戦遂行にはこの体が、最適だな」

 お父上の声。

 膜が消える。

 見覚えのある体。

 謎の男!

 俺に家族やら愛、強さの意味を訊ねてきた男だ。

「ラトスさん!」

 リヒトの知り合い?

「リヒト。私は、お前の師匠ラトスでもあり伯爵家。ヴォット卿でもある」

 わりと大きな声で話すので、2人に気づかれる。

「私は魔人イーストラ。解かり易く言えば、イーストラ家の始祖(しそ)だ」

 言葉が出ない。

 先祖は魔人だったの……。

「リヒトにもわずかだが、私の妻。勇者の血が流れている」

 魔人と勇者の家系と言うだけで混乱する。

 更に、王族家のリヒトと遠い親戚なのか。

「フェトルくんだったよね。死に場所は、リヤブラム密林とガリグラトム山脈のどっちがいい?」

(は!?)

 部屋の壁に開いた穴から、テノルを見詰める。

 軽く怖いこと言いやがった。

「決まり」

 指を鳴らした音と共に、テノルの姿が消えた。

 気づいたときには右から蹴られ、壁を通過し更に壁を突き破って部屋の外。

 急速に景色が前へ流れていく。

 体が寒い。

 意識が保てなくなる。

 目蓋を閉じたら、全ての枷から開放された気がした。


    §  §  §


 フェトルを蹴り飛ばしたときに、発生した高密度の魔力衝撃波。

 それにより、リヒトは気絶させられた。

 リヒトを、イーストラは守っていた。

「これほどまでに、アリステラド人は強いのか……」

 鳩尾へ2打。

 体が空間に浮いた、イーストラは血反吐を床へ撒く。

「38打も打たせるなんてやるじゃない」

(今までのキャリアを持ってしても、通用しないのか!)

「魔力の消耗が多いですよ。テノルさん」

 テノルが残念、と言った表情をした。

「タイオン実験結果は、まとめ終わってる?」

「完璧です」

 崩れ落ちた壁の1部を手で掴み上げ、棚を破壊。

 グランデ鞄を取り出し、肩に掛ける。

 頷いたテノルは何を思ったのか、右足に魔力を込め。

 右膝を持ち上げ、床へ打ち下ろす。

 数秒後、部屋全体に亀裂が走った。

 振動は少しずつ大きくなり、振動が止まらなくなる。

「そこまで行うか!」

「帰るよ、タイオン」

 空間に2は浮き、体の回りに魔力をまとって直ぐ。

 傾き始めた部屋から消えた。

「くそったれどもめが!」

 リヒトの元へイーストラは走って向かう。

 天井が落下してくる。

 壁が崩れ落ちる。

「シュティレ!」

 リヒトの左手首を掴んだイーストラは、アリステラド人と同じように浮く。

 左右を見渡し、探す。

 足場がどんどん無くなっていく。

 左下に降下し左手でシュティレの右腕を掴み、一言。

「これは、消費魔力がとんでもないな」

 イーストラは、魔法を詠唱。

 3人の姿が崩落し続ける宮殿から消えた。


    §  §  §


 彼らの目先で、元宮殿を解体する為。

 王国騎士と作業員が忙しく動き回っていた。

「あと2時間以内に足場を組み立てろ!」「資材の確認、お願いします」

 命令や指示が飛ぶ。

「フェトル師匠、フェトルさんはどこにいるのか解かりませんか。イーストラさん」

「確認終わりました!」

 何とも言えないタイミングで、王国騎士が声を発した。

 風が吹きつけ、木材の上に被せてある布がなびく。

「リヤブラム密林辺りだろうと思うが……。空気中魔力濃度が濃ゆく、把握でき無い」

 深呼吸をしたリヒトは、リヤブラム密林の方へ顔を向けた。

「これから生まれてくる子供たちに、誇れる王国へ変える」

 1人の女性が、彼らに近づいてくる。

「リヒト国王。午後3時から、エンセクター王国財務大臣との会合ですので。準備をお願いします」

「解かった。シュティレ秘書官(今までありがとうフェトルさん……)」

 最後、聞こえない程度の声で呟いた。

「戦いから今日で5日か……」

 イーストラの呟きは、風に掻き消されるのだった。

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