第8話 超音速の兎
空。目の前にただ、空が広がっていた。
体を動かすと、何かが巻きついていることに気づく。
頭を上げる。
俺はフェトル・イーストラ=スズナ。記憶に異常は無いようだ。
年は17歳。とんでもない国王を倒したら、アリステラド人が現れ。
テノルと言う名の、アリステラド人に蹴り飛ばされ、現在。
たぶんだが、リヤブラム密林に俺はいる。
5000キロロス以上の距離を蹴り飛ばされた?
信じれらないが、現実だ。
体に蔓性の植物が、巻きついていた。
持ち上げた右腕に、蔓が巻きつき続ける。
何度も腕を動かしたらやっと蔓から開放された。
「キョッ、キョッ、キョッ」
気味が悪いな。
木の枝が揺れ、大型鳥が飛び立つ。
勝色の羽を、ばたばたさせ飛行する。
左腕に違和感を感じ、力任せに蔓が巻きついたまま引っ張り長袖をめくった。
「ヒーー!」
左前腕に灰色のやつが血を吸っていた。
蛭!
確か、無理に引き剥がしたらいけなかったと思う。
アルコール系の液体。
運良く、グランデ鞄があったので消毒液を取り出す。
左前腕に蛭が取れるまで、消毒液を掛け続けた。
起き上がって下を見る。
傾斜のついた地面から、這い出た。
上から見下ろすとまるで、噴火口のように数10ロスに亘って窪んでいた。
木々が薙ぎ倒され、飛んできた方向を知ることができるほどだった。
それにしても、よく生きてたな。
剥げた地面から、新しい草木が芽生えようとしている。
この状況を考えるに数日経過していると筈だ。
朝ご飯を食べ、飛ばされた場所とは逆を目指して走っていた。
アナウサギのくせに。
可愛い姿でえぐいウサギだ。
炸裂音。
木々が薙ぎ倒される音と共に、背中に衝撃。
景色が加速する。
吹き飛ばされていた。
目先に大木が迫ってくるのをただ見ることしかできなかった。
「ガファッ!」
強烈な痛みに意識を持っていかれた。
§ § §
発熱板に浄水機能付き水筒の水を注いだ鍋を載せ、沸騰させる。
別の水筒に冷ました水を注ぎ、水の確保成功と喜んでいたら遠くから炸裂音。
同時に自然が破壊される音。
癒し系の殺し屋が近づいてきた。
やつらは、矢より早く飛んでくる。
音の速さを超えると、空気が炸裂したような音と衝撃波。
それらが起こると、小説で読んだ。
近い距離に魔力を感じる。
来る!
両手を前に出す。
残像が飛んでくる。
大木に強打されたような衝撃に意識を砕かれた。
アナウサギは、速かった。
軽く触れても吹き飛ばされる。
走って逃げても、突撃してくる。
あれから何日経ったのだろうか。
密林は、たぶん俺のせいで更地へと変わっていく。
43回日が沈んだ間に草木や蔦、蔓性の植物は直径580キロロス位の範囲から消失していた。
超音速で飛翔してくる、アナウサギに勝つ為。
修行をした。
リヒトが使用した。自己強化魔法、直感。
魔力の流れは見えていた。
発動後、反応速度と瞬発力が強化される。
ルネスが使用した。魔力流下、突撃。
剣へ鱗状に魔力を流し、魔法式記述と同程度の能力を発揮する。
最近思い出したのだが、武器や防具に魔法式を記述した物には古代石が必要だ。
魔法式記述は象形文字や記号が使用される。
魔力供給は、魔法式記述がされた武器や防具の魔法式を記述を展開する為の詠唱文だ。
魔力流下の練習で、形見では無いショートソードとバスタードソード。
斧が2本、使い物にならなくなった。
おかげで自己強化魔法、直感と魔力流下、突撃を物にすることができた。
遠くから炸裂音がやってくる。
グランデ鞄を離れた場所へ置き、砂地の中心まで歩く。
心を整える。深呼吸後魔力を落ち着かせる。
「自己強化魔法《直感》」
今まで、70回以上気絶させられた。
やつらがひと度、はばたけば空気は裂け。大地を振動させる。
魔力の流れを観たところ、輪っか状に魔力を形成。更に、複雑な魔力反発を応用しているみたいだ。
もっと解かり易く言えば、飛び立つのと同時に前へ輪っか状の魔力を展開。それによる反発を利用し加速。
それを、目標に到達するまで繰り返す。
移動距離が、長くなるほど速くなる。なぜ、ウサギに魔力が使えるのか謎だけどな。
「魔力流下《突撃》」
気配は感じないが、くると思った。
飛翔体、兎は羽だが……。
軌道上へ右腕を打ち出す。
炸裂音と轟音が重なり、間髪入れず衝撃波。砂地の地面に亀裂が走り、200ロス上空まで砂埃と言うより砂そのものが巻き上がった。
右腕を打ち出して1秒。
その間に起こった出来事だ。
2秒後に体積が半分へと変わったアナウサギは、弾みながら落下。
「何!」
気づいたときには、炸裂音を聞きながら飛ばされていた。
こいつら余程、俺に恨みでもあるのか?
木に激突し、粉砕。
木片や枝が目の前に飛び散る。
激突する度に、衝撃は感じるが痛みを感じなくなっていた。
魔人の血が流れているからだろうか……。
魔力を一気に放出したことで、周りの自然が蹂躙された。
アナウサギも、どこかへ飛んでいく。
体は空中で静止していた。
試しに、体を傾けて魔力を放出すると飛んだ。
風を感じる。
と言うより、瞳や顔に当たって痛い。目蓋を閉じると、体が左右に流れる。
改善する必要性を痛感した。
あれ?
視界が急降下。
砂埃を発生させながら、顔面から地面を滑って進んだ。
少しだけ痛い。
軽い痛みを感じながら立ち上がる。
密林が密林とは言えなくなっていく。
しつこいくらいに巻きついてくる、蔓性の植物を腕を振って落とす。
顔についた砂を掌でサッサッと、取り払う。
掌に自分の血液は、付着してはいなかった。
体の頑丈さが驚異的だ。
これ以降、アナウサギの襲撃が無くなった。
冬眠でも始めたのかな。そんなことを思いながら。ただ、修行に明け暮れた。
密林の中は、以外に寒い。
季節的な物も確かにあるだろう、だが湿度が高く樹木で太陽光を遮られた密林の中は恐ろしく。
寒い。
5着あった服は、最後の1着を残して着ることができなくなっていた。
帯剣しているショートソードは、母上の形見なので余り使用したくなかった。
「魔力流下《突撃》」
両腕に魔力を流し、強化魔法を発動。
強化魔法は自分で名づけた。
草木を薙ぎ払いながら、北西に進んだ。
今日は何月で何日だろう。
寝袋で寝ていたら、寝袋の上に雪が積もっていた。
吐く息が白濁する。
冬用の寝袋、買っておいて本当によかった。
数センチロス積もった雪を手で退かし、寝袋を畳む。
発熱版に魔力を込め、水を入れた鍋を載せる。発熱版の周りから、水蒸気が昇った。
鍋を2個、置ける長さの発熱版へ僅かに油を引いた鉄製のフライパンを載せる。
血抜きと下処理済みのウサギ肉を保存袋に入れていたので取り出し、焼く。
鍋の水はまだ、沸騰させ続ける。
塩を保存袋から一摘まみ。小麦色に焼けたウサギ肉を丸皿に載せ、フライパンにお湯を流す。
油が浮いた、お湯を捨てる。
軽く布で拭き、乾いた地面に置いた。
ウサギ肉は程よい硬さの肉質。
普通に鶏肉の方が美味しいと思う。
沸騰した水を冷ます為。鍋を発熱版から持ち上げ、積雪した場所におく。
強烈な音を立てた。
ここに飛ばされてから、3ヶ月以上。
冒険者ギルドカードを取り出し、見てみる。
【初級冒険者】
【依頼成功回数】【0回】
【依頼失敗回数】【0回】
【一般モンスター討伐数】【163体】
【ダンジョモンスター討伐数】【2983体】
【アリステラド暦6173年3月21日生誕】
いつの間にか、初級冒険者になっていた。
久しぶりに魔力操作でもしてみるか。
乾いた地面の上で、結跏趺坐。
両手の甲、それらを反対側の太腿へ載せて座る。
魔力を広げていく。
空間の魔力、生き物の魔力を感じる。
目蓋を薄く開き、全力の魔力放出。
空気が震える。
木の枝に乗っていた雪が落下した。
意識と魔力が繋がり、北西1000キロロス先。
そこに人の魔力を感じることができた。
向かうべき方角は確りと把握したので、慌てる必要は無い。
荷物をまとめる。
最終確認を済ませ、人の魔力を感じた方向へ自己強化魔法。直感を発動し木や草を薙ぎ払いながら、走り続けた。
あれから、毎日走った。一向に集落に到着しない。
単純計算でも、2ヶ月以上は経過していると思うのだが……。
これが密林の怖さか、上級冒険者でも命が危険な、リヤブラム密林。
認識が甘かった!
食料は、ほぼ尽きた。
今頃。気づいたのだが、空を飛べば早かった……。
少し後悔しながら、魔力を体の外へ放出する。
魔力を足へ、太腿へ、足の甲へ流していき。
アナウサギの加速原理を応用する。
魔力の性質を変え、自然魔力と反発させ飛び立つ。
急激な加速。
相変わらず。顔の全てが痛い。
リヤブラム密林の全容が見えた。俺のせいで密林と言うよりは、荒地だ。
上空で静止する。
右手にガリグラトム山脈。
雲がこんなにも近い。
左手にセイヴィアス皇国。
真下に集落があった。
体が震える。かなり寒かったことに気づく。体の震えが止まらない。
視界が突如、降下した。
とてつも無い力に、体を引っ張れているみたいだ。
ぐんぐんと密林が迫ってくる。
風で服と言うより布切れが、ばたばたと音を立て飛んでいく。
ズボンしか、穿いていないじゃないか!
視界が恐怖で歪む。
集落へ向かって降下する。
制御できない……
衝撃と共に意識が消えた。
『人が降って来た!』
『嘘だろ……』
『リョリル、これ生きてると思う?』
珊瑚色の髪の女性が、髪質の似た女子へ話し掛けた。
『生きていると思うんだけど……。魔力総量に対して、魔力保有量が少ないような』
人が集まってくる。
『(リリョル、作戦決行は一週間後だからね)』
『(お父さんにだけには、露見しないようにね!)』
薄い小豆色の髪を持った彼女が頷き、地面に噴火口のような窪みを形成した人物へ対して左腕を突き出す。
『(魔力流し。《乙》わたしの魔力を彼に与えよ)』
その人物へ向かって引っ張られた。
「熱い!」
部屋にいた。
掛けられた布団を少し退ける。
左前腕が燃えるように熱く感じた。
息を吹きかけてどうにかなるような、温度では無い。
よく見ると、い草の畳み。
その上に、布団が敷かれていたことに気づく。
殺風景な部屋、といったら失礼になるな。
目の前にある扉が開いた。
「おはよう……。まっ、起きていないですよね」
少し驚かれる。
「おはようごさいます」
薄い小豆色の髪、シュティレより色は濃い。おかっぱなのだが、前髪は右斜めに線が入っているような大人な髪型だった。
「初めまして」
相変わらず、右腕が熱い。
着ているものをよく見たら、絹製のパジャマだ。
近づいてくる。身長は169センチロスくらい。
何と無く17歳な気がした。
右側で、女の子座りをする。
持ってきたお盆には、湯気を発する白いタオルが載っていた。
「名前はフェトル・イーストラ=スズナさん」
心の中で驚く。
だが、冒険者ギルドカードを渡され、落ち着いた。
「お名前お聞きしても、いいですか」
「わたし、そうでしたね。わたしはリョリル・ロガールセン、17歳です」
家名を聞いた瞬間から、心音を感じる。
この世界。貴族かエルフでも無い限り、父方や家主の家名の次に=と続かない。
母方が本家なら、その後に父方となる。
そもそも貴族は、始祖たる父母の家名が一生家名だ。
あと、左腕が痛い。
復讐はしないと数年前に決めたじゃないか。
心を落ち着かせる為に自己紹介することにした。
「改めて、フェトル・イーストラ=スズナ。18歳かな?」
「何で疑問、なんですか」
「今日が、何月何日か解からなくて」
「今日は6191年3月28日ですね」
「それなら、18歳です」
扉が開き、男性と女性の2人が入ってくる。
「おはよう」
高濃度の魔力を挨拶をした男から、感じた。
サンデス・ロガールセンなのか。
子供が成人している割には、若い顔だった。
服を圧迫する筋肉。その隆起の仕方には恐怖さえ覚え……。
精悍な顔つき、眼光鋭く俺を見詰める。
珊瑚色の髪を弄っている女性は、無言。
顔には、シワひとつ無く透明度の高い肌。
リョリルと同等の輝きだった。
「おはようございます」
会釈する。
「気になることは色色あるが、歓迎する」
リョリル以外が出ていった後に男性はサンデス・ロガールセン。
女性はディレット・ロガールセン、19歳。
サンデスはリョリルのお父さんで、長女ディレット。次女リョリル。
竜人種、容姿は人そのもの。
大丈夫だ。
普通に接することはできる。
リョリルに見詰められ、少し左腕の熱を忘れた。
「左腕を診てもいいですか」
同時に左腕を掴まれ、長袖をめくられる。
「……これは、細菌性熱毒ですね」
急ぎ足で、部屋から出ていった。
パナケイアと言う液体を、リョリルから飲むように言われ、数分後。
左腕の熱が嘘のように消えた。
朝ご飯、食べませんかと誘われたのでパジャマのまま階段を降りる。
自分の服は、リヤブラム密林で全て破れていた。
服の話を切り出す前に、リョリルから近所の仕立て屋で購入して下さいと言われたので仕方無くだ。
「お父さんには、解からないでしょ!」
床に、何かを叩きつける音が届く。
「その力を外の者たちは、脅威に感じる。解からないのか」
「そんなの……」
珊瑚色の髪がなびく。
「もう、知らない!」
2人、並んで歩くのがやっとの階段へディレットは小走りで向かってきた。
「最近の娘はこれだから」
左側にある手摺りへ左手を載せ、飛び降りる。
推定6ロスの高さを、軽やかな着地で決めた。
「嘘……」
同じ高さに到達したディレットは、軽く絶句する。
「サンデスさん。昔みたいに、年頃になったらお見合いをして嫁ぎ、子孫の繁栄に尽くす。それは今の子たちの価値観とは、相容れ無いの」
誰?
「時代か……」
サンデスは小声で呟く。
「恋愛結婚した、あなたがそれを言いますか」
瑠璃色の髪を、首まで伸ばしている女性。
30代位の女性に気づかれる。
「君が、フェトルくん」
「そうです」
ゆっくり近づいてきた。
顔を近くで見るとほとんど、シワが無いことに心の中で少し驚く。
「わたしは、レシアクスです。宜しくね、フェトルくん」
ただのパンとクリームスープをご馳走になった後。
リョリルは薬の調合があるとかで、ディレットに案内して貰い、仕立て屋へ。
上着だけ、採寸を行った。
仕立て人から、先払いと言われたので上4着、パンツ6本。
肌着と下着を合わせて13枚。
合計12万グート。
その内1着とパンツ1本は店内に展示されていた物だ。
勿論、パジャマのまま仕立て屋まできた。
長袖のシャツと茶色のパンツ。
現在の所持金は772万251グート。
「聞きたいことがあるんだけど、いい?」
頷きながら、承諾の返事をする。「外の世界は、どうなっているの?」
「冒険者にはどうすればなれる」「どんな食べ物を食べてる?」
矢継ぎ早に質問してきた為、返答に困った。
「質問は、ひとつずつにしてくれ」
首を襟で締め付けられている気がし、右手で襟を掴み。緩める。
ディレットと並んで家の方へ向かって歩き始めた。
「冒険者になる為に、必要なことを教えてくれる」
舗装されていない道を歩く。
「15歳から誰でも、冒険者になることはできます」
数人とすれ違いざま、ディレットに対して挨拶をする。
2人で挨拶を返す。
「ダンジョンに潜れる実力があれば、いい稼ぎになります」
「ダンジョンかー……。モンスターを倒すと、砂になってお金が取れるんですよね」
「ええ」
緑樹が立ち並ぶ道を、話しながら歩いた。
ロガールセン家の前に、高価な服を着た青年。
扉を叩く。
「リョリルさん、お話があります」
大きな声で発した。
左腰に帯剣していた。
無言。
「また、ルットさんですか……」
「どんな人物だ?」
右手の指を右頬へ当て、思い出すような仕草をしながら。
「リョリルの元お見合い相手、なんだけど。絶賛片思い中」
(絶賛と片思いを、繋げる使い方があったのか)
「や、丁度いいところにディレットさん。と?」
(今時。や、と言うやつはいないと思っていたのだが……)
「フェトルだ」
「ディレットさん。リョリルを呼んで貰えませんか?」
無視された気がする。
「ルットさん、家の前で騒ぐのは止めてくれませんか」
「……私は、リョリルと話したい」
いけ好かない。ただ、そんな感情しかルットに対して湧かなかった。
家の扉が開かれる。少し開いた扉から、リョリルは現れ。
全員、部屋へ入るよう呟いた。




