第10話 心の強さ
サンデスは、知っていた。
明日、ディレットとリョリルが家出することを……。
「理解して、上げてくれませんか?」
「レシア、それは無理だ」
水が無くなったガラスのコップを掴んで、サンデスを見詰めるレシアクス。
「外には争いしか無かった。簡単な仕事だと思っていたあれは、恐ろしい結末を残した」
「アリステラド人ですか」
サンデスの体から、魔力が立ち昇る。
家がわずかに震動した。
「人の領域すら侵している力。あのときも、何か目標があるようだったが」
「キャメリアとアルセが居なければ、俺は生き残れたかどうか。戦いの最中に同士討ちするように精神操作系魔法を使用された。最後に2人目のアリステラド人が来なければ……」
「初めて死を感じた、戦いだった」
椅子から立ち上がり、両手で拳を作る。
「外には絶対、出させない。なんなら、フェトルを一生住ませてもいい」
「そこまで、でしたか……。わたしが、口を挟むのは止めます」
椅子から立ち、コップを洗いにいこうとした次の瞬間。
ガラスが砕ける音。
「ごめんなさい」
レシアクスは、散らばったガラスの破片を片付け始めた。
§ § §
3人は、何時も通りに朝ご飯を食べていた。
今日。失敗するとは知らずに、平然を装う3人。
彼女らは知らないが、サンデスは密林の中で待ち構えている。
「お母さん、今日は3人でアシックロード商店へ買い物に行くから」
「気をつけて……」
3人がリョリルの部屋へ行くのをただ、レシアクスは見続けた。
リョリルの部屋では――。
「包帯、絆創膏、ガーゼ、消毒液、綿棒、ピンセット。ハサミ、小型ナイフ3本、軟膏、ポーション」
ディレットの確認作業が終わる。
「生活用品、パナケイヤ、目薬、布、予備の背嚢。ティッシュ、保存袋100枚、水筒20本」
リョリルも完了。
「武器と防具、セイヴィアス皇国に行くまで使用する物は確認完了」
フェトルはただ、見るだけで終わり。
「最短で1週間ですから、こんなに必要ではないんですけど。万が一です」
荷物をグランデ鞄に詰め込みながら、リョリルは楽しそうに言った。
「フェトルさんの服を、仕立て屋から受け取った後。セイヴィアス皇国に向かいます」
仕立て屋でフェトルは服を受け取り、3人で早めの昼ご飯。
彼女らの目先に、道と言える物があった。
「ここは、通りません。若しかしたら、お父さんがいるかもしれないですから」
リョリルが道を指差す。
3人の内1人が道を見続ける。
「行こう、フェトルくん」
ディレットの呼び掛けに、フェトルは頷いて答えた。
リョリル、ディレット、フェトルがここから離れリヤブラム密林へ足を踏み入れた後。
見回り人が、お昼休憩から戻ってきた。
フェトルは、草木を自分の物では無い鉈で薙ぎ払う。
「やっぱり、こう言うのは男性に任せるのが一番ね。リョリル」
「そうですね。モンスターは出て来ませんし、平穏の4月に家を出れてよかった」
平穏の4月だけは、冒険者の間で使われる言葉。
モンスターが4月だけは、人を襲わ無くなることから名付けられた。
フェトルの動きがじょじょに遅くなっていく。
「疲れたのなら、交代するけど?」
ディレットは、フェトルに近づいた。
「少し、時間をくれないか」
フェトルが動きを止めたので2人も立ち止まる。
「直ぐに済む」
鉈を持ったまま、両手を合わせ一気に魔力を放出した。
フェトルは気づく。
「こっちに、来る」
彼女らの顔が強張る。
「お父さん……」
「そんな、嘘……」
バキバキと樹木が破壊される音の到来で、フェトルは鉈を落とした。
「説得するまで」
ディレットは強がる。心の中では泣きながらも腹立たしく思っていた。
轟音と共に、フェトルの左側にあった大木が砕け散った。
「子供のお遊びは、ここまでだ」
大木を砕いた人物こそ、サンデスだった。
「待ってよ、お父さん。お姉ちゃんの話に対して真剣に話さなかったよね」
フェトルがリョリルに抱いていた、淑女の称号が少し削れた。
「選択肢は2つだ。一緒に帰るか、俺を越えて行くか好きな方を選べ」
フェトルは2人を見る。
2人の瞳から、意思は固いと感じたフェトルは鉈を地面から引っこ抜き。
鞘に収めた。
「主導権は渡さん」
3人供、サンデスを見失う。
「きゃ!」
振り返って、2人を見ようとする前にフェトルは衝撃波を受けた。
ウォーターバインに体をぶつけるも、瞬時に体勢を整える。
目先に広がっていたのは、気絶したディレットを守るように両手を前へ突き出す、リョリルと言う光景だった。
リョリルは魔法の使用に対して躊躇いを持っていた。
相手を制圧することのみを考えた魔法では、お父さんの動きを止めることができないと、知っていたからだ。
フェトルが、リョリルの涙ぐむ顔を見た刹那、リョリルの前に入る。
前から、サンデスの角度を付けた突き。
フェトルは左腕を流すように右から左へ払い、サンデスの右手首を掴む。
「正しいことなのか、それは」
驚異的な力で右手首を掴まれたサンデスは、話すことにしたようだ。
「死の恐怖を、感じたことはあるか?」
「数え切れないほど」
フェトルの答えに、言葉を詰まらせるサンデス。
「俺のことはどうでも、いいんだよ。親がするべきことは、子供の邪魔をしないことだろ」
「ディレットたちが強くなったら、アリステラド人のフラルがくるんだぞ。中途半端な強さでは、命を落とすだけだ」
(アリステラド人だと……)
「お前の両親を亡き者にした。フラルの強さは驚異的、等では無く。神と言った方が」
「何を言っている、サンデス」
3人が異様な魔力質量を上空に感じる。
「面白く無いな、主たちは」
菫色の長髪が、ふわっと浮く。
軽やかに着地。
リョリルが地面に右膝を突いてしまう。
「改めて、我の名はフラル・スペクルム。と言う名のアリステラド人だ」
フェトルはアリステラド人の怖さを知っている。
「我も暇では無いので早速、本題に入ろう。フェトル・イーストラ=スズナ。
お主の強さは、我が能力強化付与魔法。《怒りの力》のおかげ」
「本当だとしたら、なぜ?」
「兵役受付所で見つけたお主に復讐のみに生きるよう。能力強化付与魔法と精神操作魔法。記憶の中にある、母親を具現化」
グランデ鞄から、形見のショートソードを取り出す。
抜剣。
「サンデスの言う通り。我がお主の両親を斬った」
(嘘だとしても、許せない!)
「渇望していた。刺激的な戦いを!」
フラルの声を無視したフェトルが地面を蹴った瞬間、リヤブラム密林は震動した。
フェトルの薙ぎ払いをフラルも抜剣し、応戦。
上からの叩き付けは、フェトルに体を入れられ躱される。
フラルはそこから、左後方へ回転しながら薙ぎ払った。
「魔力流下《突撃》」
フェトルは薙ぎ払いに突っ込む。
剣が交差し、重い金属音。魔力と火花が飛び散った。
「その魔技はアリステラド人の物だぞ」
剣を打ち合わせる。
「知るかよ」
魔力が飛び散り茜色に可視化された。
「少し、戦いにくいな……」
フェトルを蹴り飛ばしたフラルは、地面に右膝を突き。右手で地面に触れる。
「魔衝波!」
大地が震動した次の瞬間、円状に衝撃波。
フラルを中心とし、円を拡張するかのように草木が波の如く流れていく。
4人が吹き飛ばされた。
数10ロス吹き飛ばされたフェトルは、自分の魔力を放出して軽やかに着地。
「アリステラド人とは、出来れば一生。関わりたく無いな……」
直径6キロロスに亘って、密林が更地へと変わっていた。
「決戦の場は整った」
フェトルは、右膝を曲げ地面を蹴った。
2人が鎬を削る。
剣が重い金属音を奏でる。しばらくして互いの剣を削っていく、鍔迫り合いへと変わった。
「アリステラド人と言えど、魔力を込めなければ。竜人種と大差ないのだよ」
動揺したフェトルが、冷や汗を浮かべる。
「《突撃》には、その上がある。知っているかね?」
危険を感じたフェトルは、地面を蹴り後退した。
「魔力流下《急流突撃》」
今日の中で一番軽い、金属音。
砂埃。刀身が地面に刺さっていた。
(何だと……)
フェトルが保持していた剣の刀身は、3分の1すら残っていなかった。
形見の剣に、気を取られたフェトルへ斬撃が迫る。
「我、求めし力を水属性の精霊より借りる《積乱雲》」
リョリルの声で我を取り戻したフェトルは、右に大きく跳んで躱す。
行き成り、薄暗くなる。
上空が騒がしくなった。
「魔力変換。テナークス形成」
「《盾》」
魔力が半透明な盾を形成。
空間に浮いていた盾を右腕で掴み、フラルが左腕に装備した瞬間。
盾が白濁した。
「《雷》接続、《稲妻矢》!」
轟音と共に閃光が過ぎ、リョリルの両手の中に微弱な振動を繰り返す。
稲妻で形成された、矢があった。
フラルは盾を基点に構える。
「行って」
轟音、矢は白紫色。光の軌跡を軌道上に描きながら、飛翔した。
盾に直撃するのと同時に、火花が散る。
「ぐががっ……。何と言う質量だ」
矢の押され地面を削りながら、後退させられていく。
「接続、《解放》」
矢が稲妻そのものへ変化。
体に電撃が走る。
地面に両膝を突く。
だが、フラルは叫ぶなかった。
「リョリル……、ありがとう。後は、全て任せてくれないか」
フラルは何事もなかったかのように、立ち上がる。
「この程度では、強化蜘蛛糸が編みこまれた服にすら疵は付かぬ!」
(今まで、俺は自分の人生を送って来れなかった……)
「頼む、リョリル」
(違う、送ろうとしなかっただけだ。今日から……)
「倒して、俺は本当の人生を送る!」
剣をグランデ鞄に入れ、紐を掴みグランデ鞄を放り投げる。
「やっと、本気を出すようだな」
リョリルは思い残しつつも、踵を返した。
フェトルは見せ付けるように、左掌へ右拳を打ち付ける。
小雨が降ってきた。
「戦いの無い人生ってのも、送りたいもんだ」
フェトルの呟きは、フラルが振るった剣圧で掻き消された。
衝撃波。
フラルの剣が砕ける。
「それが、本気……」
数ロス吹き飛ばされたフラルは、上空で体勢を整え降下。
着地。
直ぐさま、剣を捨て徒手戦闘に切り替えた。
音速を超えて、フェトルの右拳が打ち出される。
フラルは右手に魔力を込め前に出す。
大地が数センチロス陥没する。
0.04秒後に砂が舞い上がり、フラルは右掌でフェトルの右拳を受け止めた。
手と手の間から、白色に可視化された魔力が上空へ向かって飛び散る。
大地の震動と共に、一切の雲が上空から消失した。
2人の間に、虹色に輝く魔力が出現。
魔力が渦巻き始める。
危険を感じた2人は、地面を蹴って後退。
フェトルは着地に失敗し、背中を地面に打ち付けた。
無理に立ち上がろうとしたフェトルは、地面に両膝を突いてしまう。
(魔力を、ほとんど持って行かれただと……)
「これは、何だ。魔力にしては質量が高すぎる」
フラルは初めて恐怖を覚えた。
§ § §
人生は一回きりだ。
目の前にある。魔力の渦を見詰めながら、そんなことを思っていた。
体は、痺れと激痛に蹂躙されている。
行き成り、黒ずくめの平服を着た男が出現した。
「アリステラド惑星に到着。報告は後程」
背広を着た男が、左耳に右手を当てる。
「……誰なんだ?」
右ポケットから、四角い小さな箱を取り出し俺に向けた。
「MP値1、bp値1663、BTP682。転生者指数0%か」
(何だ、こいつは……)
「一応、名乗っておくか……」
アリステラド語を話した。
四角い小さな箱を右ポケットに捻じ込んだ。
「異世界往来監視局。特殊執行官、福岡本部第1特務科所属。異乃香薬っても解からんよな」
善く善く顔を見たら、明らかにこの世界の人では無いことに気づく。
色白で、鼻が低く黒髪。
男が渦の方へ体を向ける。
「……異界の者か、まだ。我は死ぬつもりは無いので、失礼する」
渦の向こうにいたフラルは消えた。
(瞬間転送魔法……)
「可笑しいな……、どこかと次元がつながっているのかよ。ありえねぇ」
男が右手を左耳に当てた。
「遠距離監視申請。アリステラドだ、早くしろ!」
「離脱する!」
背広の男が綺麗な水色。魔力で形成された輪っか状の物に、体を囲まれた次の瞬間。
姿が消えた。
「フェトルさん!」
リョリルの声。
魔力の渦が行き成り膨張してくる。
右手を出すと動きが止まった。
魔力を全て吸い取られる。
今まで感じたことが無い程に体は、軽くなった。
音が止む。魔力の渦に触れている右手以外の感覚が消えた。
(ひとつだけ、言わせてくれ。戦わなくて済む世界を1度で良いから見たかった――)
§ § §
この世界は、思っていたより面白くできている。
願った内容と近い物を、手にすることができた。
人と言うのは不思議だ。遠くにある理想を求め、近くにある幸せや幸運を見逃しているのだから。
人とは脆く、弱い。
原油を精製し、取り出したガソリンで走る自動車。前世には無かった物のひとつだが。それにぶつけられても怪我すら負わなかった、と思う。
日本において、石油は命。過去にそれが原因で起こった出来事は、数え切れない。
ニュースでよく見る。燃料電池自動車が、爽快な音を立て右側の車道を通り過ぎた。
学校での授業が終わり、下校途中。
同じ高校の制服。全体は勝色で群青色のラインが、入っているブレザーとスカート。
色とりどりの髪の毛。
2000年4月18日。これが俺の誕生日。
2000年。この年から生まれた子供は、新世代と呼ばれている。
左を通り過ぎた生徒の首より少し下辺りに空色のリボン。
亜麻色、茄子紺、煤竹色、鳶色、小麦色、等等。
2000年以降に生まれた子供には、黒髪がいない。
髪の色素を司る遺伝子が突然変異し、カラフルな色を発生させているらしい。
歩道用信号機は、赤だった。
女子生徒の隙間から、ところどころに苔が張り付き黒ずんだ石垣を信号待ちの間にただ、眺めた。
歩行者用信号機が、青へと変わったので右足を出す。
「で。怜矢、ピアノを弾いていた天奈に後ろから抱きついて!」
「それって、プエラ11月号の『本気で恋しろお嬢様!』だよね」
小麦色の女子が同意しつつ、同じ言葉を2度いい。通り過ぎた。
何故か、フェトル・イーストラ=スズナの記憶を持ったまま。
日本で、新たに16年と6ヶ月の人生を送っていた。
既に、老後まで考えた人生設計を行った。
そこに死角は無い。
高校を卒業したら、大手警備会社の社員になるつもりだ。
竹刀の素振りと筋力トレーニングを帰宅したら、行うと心に決め。
下校途中の生徒を走りつつ、躱して帰宅した。
§ § §
おはよう、と背後から聞こえてくる。だが、俺に対してでな無い。
撰振理高校の校門が、見えてきたので生徒の合間を縫って走った。
「おはようございます」
8人程度から挨拶を受け取る。
挨拶前に、開いておいたスライド式の扉を越え、教室の中へ足を踏み入れた。
自分の机に向かう。
「おっ! 海晴。直球のアウトライン、新刊読んだか?」
褐色の短髪。クラス1のイケてるフェイスなのに、ライトノベルオタク。
残念なイケメンだ。
「川一。新刊は、どんな内容だった」
「おいおい。まだ読んで無いのにネタばれ、止めろよな」
「悪りい北平」
「押忍! 直久さん」
髪型はツーブロック。
体は結構、がっちりしているのでダンスグループの一員みたいな男子は北平己太郎。
中学2年まで野球部に所属していたが、勾乃川一と教室が一緒になってから。
ラノベとアニメオタクへ職業変更した。
「直ラの話か、ラノベの常識を打ち砕いた。青春、野球ドラフト1位、ロボットアクション。
主人公が高校球児でドラ1位と言う、オリジナル性の限界突破にダメ押しの搭乗型ロボット」
川一は頷きながら、口を開く。
「無人機の方が効率だけを考えれば優れている。だが、そこにロマンがある」
机の周りにいた2人を躱し、椅子に座った。
鞄を机に置き、中から必要な物を取り出す。
椅子をガタつかせながら、立ち上がり鞄を置く、棚へ向かう途中。
橙色髪のセミロング。心山琴咲とすれ違った。
「川一くん。昨日、SNS見なかったよね?」
「琴。悪い、俺はライトノベルを読む為だけに生きてんだ」
俺の机をドンと叩き。
「それ、『まさか、俺がオタクになるとは……』でしょ。ふざけないでよ!」
先ほどの大人びた声とは、打って変わり妹キャラのような甘いロリ声。
「悪い。少し右にずれてくれ」
「ごめんなさい、直久くん」
心山に退いて貰ったので謝意を述べ、着席。
横5列。縦7列の机と椅子。
「来週の週末に、埋め合わせするから」
(いいよな、彼女持ちは……)
「おはよー」
平凡な挨拶で平凡な教諭が、教室の中に入ってきた。
「席に着けー」
教室が少しだけ騒がしくなり、静かになった。
教諭の話を頭に入れながら、考える。
日本人的に言うところの異世界人の俺が、オタクになるとは思わなかった。
ホームシックでもあるな。




