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神「賢者が魔法を使えるなんて、誰が決めた?」  作者: 源泉
第五章:検索結果が一致しません

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10白き拠点



白い建物群は、近づくほどに輪郭を増していった。


遠くから見たときは、丘の上に置かれた大きな館のようにも見えた。

けれど、街道を進むにつれて、それがひとつの建物ではないことが分かってくる。


遠くからまず目に入ったのは、中央に立つ細い塔だった。

その白さを中心に、礼拝堂らしき大きな屋根が横へ広がっている。


さらに近づくと、低い外壁の内側に、いくつもの建物が並んでいるのが分かった。

木剣を振る人影のある広場。

荷車が出入りする大きな倉庫。


列を作る人々が吸い込まれていく、治療院のような建物。


同じ形の窓が並ぶ、従者たちの宿舎。

そして、それらすべてへ向かうように、整えられた道が何本も門へ集まっていた。


街というほど大きくはない。


けれど、屋敷や砦というには、あまりに多くのものが集まりすぎていた。


リテナが、歩きながら小さく呟く。


「人が多いね……」


「ああ」


ケンサクは短く答える。



拠点へ向かう道には、絶えず人の流れがあった。

怪我人を乗せた荷車が、従者に導かれて門へ進む。

封をした書簡を抱えた使いが、その脇を足早に抜けていく。

白い布を頭に巻いた老人は、祈るように手を合わせながら歩いていた。

物資を積んだ商人は行き先を確かめ、木剣を背負った若者たちは緊張した顔で列に並ぶ。

勇者の印が入った腕章をつけた従者が、その流れを静かに整えている。

門の内側からは、治療を終えたらしい親子が出てきた。

母親に手を引かれた子どもの足取りは、少しだけ軽い。


誰もが静かに歩いている。


大声を出す者はいない。


列が乱れれば、従者が短く声をかける。すると人々はすぐに従った。


門の手前で鐘が鳴る。

澄んだ音が、白い壁に反響する。


その瞬間、何人かが自然に足を止め、頭を下げた。


リテナもつられるように少し背筋を伸ばす。

ホタルは、ケンサクの肩の上で静かに光っていた。

いつものような軽口はない。


ケンサクは白い建物群を見上げる。


白い壁。

高く掲げられた旗。


汚れを許さないように整えられた道。

音を立てずに動く人々。


その建物群は、どこか勇者に似ていた。


美しく、清らかで、誰もが見上げる。


けれど、近づくほどに、息の仕方を忘れそうになる。


「すごいだろ」


ゼドが少しだけ得意げに言った。


白い外套を揺らしながら、彼は迷いなく門へ向かって歩いている。


「ここが、勇者様の拠点だ」


リテナは門を見上げた。


「ここに、助けを求める人たちが来るんだね」


「そう」


ゼドは短く答える。


「魔物に襲われた人。争いから逃げてきた人。怪我をした人。報告を持ってくる人。みんな、ここに来る」


「それを、勇者様が見るの?」


「全部じゃない。でも必要なものは、勇者様に届く」


ゼドの声には誇りがあった。


ケンサクは門の前に立つ従者たちを見た。

彼らは訪れる者を静かに分けている。


怪我人は治療院へ。

書簡を持つ者は報告所へ。

物資を運ぶ者は倉庫へ。

祈りに来た者は礼拝堂へ。


誰かが大きな声を出すこともなく、人の流れは一定の速さで拠点の中へ吸い込まれていく。


「都市というより、仕組みだな」


ケンサクが呟く。

ゼドが振り返る。


「仕組み?」


「報告、治療、訓練、祈り。全部ここに集まって、振り分けられてる」


ゼドは少しだけ考え、それから胸を張った。


「勇者様が世界を守るための場所だからな」


門の近くにいた従者が、ゼドの姿に気づいた。


目を見開き、慌てて駆け寄ってくる。


「ゼド様!」


その声に、近くの従者たちも振り返った。


「ご無事でしたか」


「戻られたのですね」


ゼドは少しだけ顔を上げる。


「別に、無事に決まってるだろ」


「合流地点にお姿がなかったと聞いておりました。勇者様も心配しておられました」


その言葉に、ゼドの表情が一瞬だけ変わった。

ほんのわずかに、目元が緩む。


「勇者様が?」


「はい。戻られたら休ませるように、と」


ゼドはすぐに不機嫌そうな顔を作った。


「僕は疲れてない」


「ですが、勇者様が」


「疲れてないって言ってるだろ」


そう言いながらも、声の奥には隠しきれない嬉しさがあった。


ケンサクはそれを見ていた。

勇者はゼドを心配していた。


それも、きっと本当なのだ。


ゼドが勇者を信じる理由は、ひとつではない。


助けられたこと。

役割を与えられたこと。

そして、今も気にかけられていること。


そのどれもが本物だから、余計に簡単ではなかった。


ゼドは従者へ視線を戻す。


「勇者様は?」


従者は少し困った顔をした。


「昨夜お戻りになりましたが、今朝また出立されました」


ゼドの眉が動く。


「また?」


「急ぎの報告がありまして」


「どこへ」


「詳しくは、我々も。ただ、北方からの使いが来ていたようです」


ゼドは唇を結んだ。


「そう」


短い返事だった。


リテナが少しだけゼドを見る。

ゼドは気づいたのか、すぐに顔を上げた。


「勇者様が向かう必要があるなら、仕方ない」


そう言う声は、いつも通り強かった。

けれど、ほんの少しだけ寂しそうにも聞こえた。


ホタルが小さく光を揺らす。


「一度戻って、また出かけたんだね」


ケンサクは何も言わなかった。


昨夜戻った。

今朝また出立した。


急ぎの報告。


北方からの使い。


最近、勇者は忙しそうにしている。


何か大きいことをやるつもりなのかもしれない。

条件が、また並んでいく。


だが、答えはまだ見えない。


従者はゼドの後ろにいるケンサクたちへ視線を向けた。


「こちらの方々は?」


「森で助けてもらった」


ゼドは短く答える。


「拠点を見せる」


「かしこまりました」


従者は深く頭を下げた。


「では、中へ。ゼド様のお部屋は整えてあります。皆さまの案内も手配いたします」


「分かった」


ゼドは当然のように頷き、門をくぐった。


ケンサクたちもその後に続く。


門の内側は、さらに整っていた。


白い石畳がまっすぐに伸び、その両側に低い植え込みが並んでいる。

どこにもごみは落ちていない。人は多いのに、混乱がない。


左手には訓練場があった。

若い従者たちが木剣を振っている。


その端に、背の高い剣士が立っていた。


鎧を身につけ、腰には長い剣を下げている。腕を組み、訓練する者たちをじっと見ていた。


一人の若者の足運びが乱れる。

剣士は怒鳴らない。


ただ、短く言う。


「踏み込みが浅い」


それだけで、周囲の空気が引き締まった。


若者はすぐに姿勢を直し、もう一度剣を振る。


剣士は小さく頷いた。

声を荒げることはない。


それでも、訓練場にいる者たちは自然に背筋を伸ばしていた。


リテナが小声で尋ねる。


「ねえ、あの人って……」


ゼドは誇らしげに答える。


「あの人は、勇者様と一緒に魔王を倒した人だ。剣士だよ」


「やっぱり!街で貼られてた絵で見たことあるよ」


リテナの声が小さくなる。


ケンサクはその剣士を見る。

勇者への忠誠はあるのだろう。


だが、ゼドのような熱のある信仰とは違う。


もっと静かで、職務に近い。

規律そのものが人の形をして立っているようだった。


その奥には、礼拝堂へ続く回廊が見えた。


白い柱の間を、人々が静かに行き交っている。

その一角で、白い衣の女性が負傷者に手をかざしていた。


淡い光が、男の腕を包む。


苦しそうに歪んでいた男の顔が、少しずつ落ち着いていく。


女性は穏やかに微笑んだ。


「もう大丈夫です。今日は無理をしないでください」


声は柔らかい。


けれど、その目元には薄い疲れが残っていた。


次の負傷者が、すでに彼女の前で待っている。


リテナはその様子をじっと見ていた。


「もしかして、あの人も……?」


ゼドが頷く。


「彼女も、魔王討伐の時から勇者様と一緒にいる。治療と祈りを担っている」


「すごい人たちなんだね」


リテナが呟く。


「当たり前だろ」


ゼドは胸を張った。


「勇者様と一緒に世界を救ったんだ。僕も一緒にね」


ケンサクは、訓練場の剣士と、礼拝堂近くの女性を見比べた。


規律。

治療。

祈り。

報告。

訓練。


人の流れ。


すべてが、勇者を中心に動いている。


勇者本人はいない。


それでも、この場所のどこを見ても、勇者の影があった。


白い旗。

整った道。

膝をついて祈る者。

怪我人を運ぶ従者。

短い指示で場を動かす剣士。

疲れを隠して微笑む白衣の女性。


勇者が築いた平和。

勇者を支える仕組み。


そして、その仕組みに救いを求めて集まる人々。


ケンサクは白い建物群を見上げた。


やはり、どこか勇者に似ている。


美しく、清らかで、誰もが見上げる。


けれど、近づくほどに、自分の呼吸の音まで大きく聞こえる。


リテナは隣で、少し緊張したように手を握っていた。


ホタルは何も言わない。


ゼドだけが、誇らしげにその場所を見ている。


「どうだ」


ゼドが言った。


「ここが、勇者様の守っている場所だ」


ケンサクは答えなかった。


守っている。


確かに、ここには救いを求める人がいる。


救われた人もいる。

傷を治す者もいる。

訓練する者もいる。

祈る者もいる。


だが同時に、ここには静かな圧があった。


乱れを許さない白さ。

迷いを許さない規律。

すべてをひとつの方向へ向けていく力。



ケンサクは門の内側から、もう一度拠点全体を見渡した。


勇者本人は不在だった。

それなのに、勇者はここにいるようだった。



白い塔も、礼拝堂も、訓練場も、人の列も、すべてが同じ方向を向いているように見えた。


そして、低く呟く。


「……これが、勇者の拠点か」


その言葉は、白い壁に吸い込まれるように消えていった。

第五章終わりです。第六章準備中。

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