詐欺師
───この青年は、正気ではない───
それが率直な感想だった。
高木と名乗る青年が語るには、今はYouTuberとしてインターネット上で収益を得ることができ、そしてインターネット上の有名人である息子にはYouTuberとして成り上がるポテンシャルがある、との事であった。
───そんなわけないだろ、何を言ってるんだこいつは───
お茶を淹れてきた妻もテーブルにつき、リビングの四角いテーブルで妻と息子と共に高木の話を聞く。
数年前に順平がこそこそやっていたインターネット活動が今になって大人気を博し、何万人・何十万人というファン達が“syamu”の復活を待ち侘びているのだと。自分はその日本中のファン達の代理人として息子を迎えに来たのだと、高木はそう続けた。
順平は俯き、こちらと目を合わせようともしない。妻は終始不安そうな顔で私の様子をチラチラと伺っていた。
「高木さん、と言ったかな。正直な、ワシには信じられんのよ。順平にそんな成功の可能性があるとか、急にそんなこと言われてもな…」
高木の話を一旦聞き終わった上で、龍巳は口を開く。
「順平は今までずっとまともに働けんくてな、それが最近ようやく作業所通いを始めて、社会復帰に向けて頑張ろうとしとったんよ。順平の人生の中で大事な時期なんよ。それを今、そんな怪しい話に飛びつこうなんて思えんわなぁ」
「怪しいなんてとんでもないです、syamuさんがその気になればネット上で安定して収益を得るなんて簡単な事なんです。私が保証します、信じてください」
そう返す高木の目は真剣だった。まるで狂信者のような───いや、狂信者そのものだったのかもしれない。
「保証ってね…じゃあ高木さん、もし順平がうまくやれなかったらオタク責任取れるの?その時はオタクが順平の人生に責任持ってくれるの?」
「責任…持てます!代理人として責任を持って、“syamu”の復活を成功させます!」
わざとイジワルな質問をぶつけたつもりだったが、会話になっていなかった。そもそも高木は順平が必ずインターネットで成功すると信じており、失敗した時の事など考えていないのだ。失敗しても息子の人生は続いていく、そのことを理解できていないのだった。
───埒があかないな───
大きなため息を一つ付き、まだ黙りこくっている息子に視線を投げる。
「順平、お前はどうしたいと思っとんのや。この詐欺師について行きたいんか」
苛つきを抑えきれないまま息子に問いかける。
「自分のことやろうが、はっきり答えろや」
「…ガチコイジョシガ、オラヲマットル」
「…はぁ?」
「カノジョヲツクッテ、アンチニフクシュウスル‼︎」
眩暈がしそうだった。まさかここに来て、息子が高木側に付くとは想定していなかったのだ。
───何を言ってるんだこの馬鹿息子は。まんまと乗せられて───
「…お前、作業所はどうする気や。一緒に頑張るって約束したやろうが!」
思わず語尾が荒くなる。
「…モウイヤニナッタ…アソコハ、ジゴクダッタ!」
「地獄って、週1で2時間働くだけで何を言っとるんやお前…」
「オラハ、ハタラカナクテモイイノ!YouTubeデ、アソンデカセゲルンダデ‼︎」
「そうですよsyamuさん、動画を撮って投稿するだけで億万長者です。一緒にYouTubeドリームを掴みましょう!」
と割って入る高木を見て、龍巳はようやく全てを理解した。数週間前から順平がやり取りしていた相手、作業所を休み始めた理由、順平がさっきまで黙っていたこと…その全てを。
───そうだったのか、お前が順平を───
しかし自分が口を開く前に、妻が急に立ち上がり息子に縋り付く。
「ねえ順平、考え直して!アンタは私たちが居ないとダメなの!一人で生きていけないの!アンタみたいな何の取り柄もないダメ人間に、ファンの女の子なんて居るわけないんだから、冷静になりなさい!」
そうヒステリックに捲し立てる母親に、順平も顔を紅潮させながら反論する。
「ガチコイジョシハ、ゼッタイオル!オラハニンキモノダデ‼︎」
そう叫びながら思わず母親を突き飛ばす。
「順平が私に暴力を…」
尻餅を付いたまま、妻は怯えた表情で息子を見上げる。順平は「フスー!フスー!」と息を荒げながら続けた。
「…オラノコトヲ、ワカッテクレナイイエナンテ、デテッテヤル‼︎」
「ダメ!順平!!」
咄嗟に立ち上がり息子にしがみつく妻と、それを必死の形相で押し飛ばそうとする順平。二人の間に割って入る私と、順平を止めようとする詐欺師。
浜家のリビングはもう滅茶苦茶だった。
───今まで大切に育ててくれた母親を拒絶して、そんな得体の知れない男について行くんだな、順平───
何とか妻と子を引き離し、泣き出した妻を宥めながら息子の顔を睨みつける龍巳。しかしその瞳にあるのは半分が呆れ、残り半分が諦めだった。
「もう分かった、そこまで言うなら出ていけ」
順平は肩で息をしながら、ただ睨み返すだけだった。
「そこの詐欺師に寿司でも奢ってもらえ」
それは、実質的な最後通告だった。